第23話





「望む未来が手に入るまで……絶対にやめないッ!」


 ――その刹那。


 思わず目を瞑ってしまうほどの閃光が現れた。


 それは――セレスの胸元からだった。


「ど、どうして……?」


 セレスは胸元をまさぐると……そこから、眩い光を放つ無色透明のマギアローズが現れた。


 そう、万能のマギアローズだ。


「もしかして……律に反応してる?」


 万能のマギアローズは俺に近づくにつれて、光を大きくさせていく。


 どうして俺に?


 そんな疑問が脳裏をよぎったが、直感的にこの万能のマギアローズを使わなければならない気がした。


「セレス……それを貸してくれないか?」


「マギアローズは私が力を込めないと、使えないけど……わかった」


 セレスは俺の強い眼差しを見て、マギアローズを渡してくれた。


 マギアローズが俺の手に渡った瞬間、その輝きは一層、増す。


 まるで名月の月光のように世界を照らす。


 俺はマギアローズを鼻に近づけてみると――


「あれ……? 胸の痛みが……」


 嘘のように、胸の痛みは消えてなくなった。


「もしかして……ッ?! 律の願いの力に応えたのかも」


「俺の願いの力……」


「それなら……もしかしたら……ッ!」


 すると、セレスは何かを覚悟したように俺の持つ万能のマギアローズに触れる。


「一か八かだけど……私が死ななくても、このマギアローズを使えるかも……」


「でも……一か八かってことは……」


 つまり、失敗すればセレスは死ぬということか。


「大丈夫……私を信じて?」


 セレスは儚く微笑みながら、そう言った。


 誰も信じられない、みな裏切るこの世界で。


 俺は誓ったじゃないか。


 セレスのことは、信じるって。


「わかった……信じるよ」


「ありがとう……このマギアローズを律の願いの力と、私の半神としての力で発動させる」


「半神……?」


「ん……私は主神様と天使のハーフ。主神様の力が体に宿ってる……それを、使えば神に太刀打ちできるかもしれない」


 目には目を、歯には歯を。神には、神の力をということか。


 だが、そしたら――


「セレスは……死んじゃうんじゃ……」


「大丈夫。律の願いの力である程度、補填するから私が消滅することはきっとない……はず」


「へえ、今度は一体、何の方法を思いついたのぉ? まっ、何しても無駄だと思うんだけどねー」


「無駄じゃない……私たちはあなたに負けない。絶対に……ッ!」


 次の瞬間、セレスはマギアローズを握りながら、何かを祈り始める。


 すると、ただでさえ眩しかった光がさらに大きくなっていった。


「律……お願いッ!」


「ああ!」


 俺はマギアローズに触れると、願った。


 神を凌駕したい。


 セレスを守りたい。


 そして――


「セレスと……これからも一緒に居続けたいッ!」


 そんな願いを。


 脳が爆発しそうなほどに願った。


 その刹那。


 マギアローズは太陽と見紛うほどに眩く輝き――俺たちを、空を――世界を純白に塗り潰した。


「な、なにっ?! 一体、何をしたの?」


 光が晴れた時、俺の手には純白の拳銃が握られていた。


「律……その銃は希滅銃(アルカナ・キラー)。神の力を……神秘をも打ち砕く神殺しの銃」


「神……殺し……ッ?!」


「は、はあ? 何言ってるわけ? 人間と天使が手を組んだだけで、神を殺せるわけがないじゃん!」


「いいや、殺せるよ」


 俺は希滅銃を構え、へレディアに照準を、合わせる。


「だって、これは――俺たちの全身全霊が籠った願いと、セレスの神の力の結晶なんだから」


 片目を瞑る。


 もう怖くない。


 傍にはセレスがついているのだ。


 俺はゆっくりと――引き金を引いた。


「あぐッ?!」


 へレディアは必死に避けようとするも、銃弾から決して逃げられず、後頭部を撃ち抜かれた。


 次の瞬間。


「あぐッ?! どぉ……してぇ……」


 へレディアはその表情を苦悶に染め上げ、地面にうずくまる。


 銃弾が命中した後頭部からは、黒いモヤのようなものが溢れ出していたのだ。


「セレス……ッ! 何をしたァ……」


 へレディアはさっきとは明らかに豹変していた。


 睨みつけられたセレスは飄々とした様子で口を開く。


「これは異能を超越したもの――いってしまえば、神殺しの武器」


「なッ……たかが人間と中途半端な半神が神殺しの武器を生み出せるわけないだろッ!」


「ううん……可能。私は半神とはいえ、主神様の力を持っている。それに、へレディア、忘れてない?」


「は……? 何を?」


「律は、未来――世界を滅ぼす魔物を生み出す存在。大量の願いの力を生み出せる素質を持ってるの」


「ッ?! 嘘……でしょ、そんな、ふざけんなッ!」


 絶望と憎悪の混じった表情で、へレディアは膝をつく。


 完全に立場は逆転していた。


「律……もう一発、撃って」


「わかった」


 躊躇はしない。


 俺は、希滅銃を真正面に構え、へレディアに狙いをつけ――


「これで……終わりだッ!」


 引き金を、引いた。


 銃は苦しみで動けなくなったへレディアの頭に迫っていく。


 しかし、命中する寸前。


 へレディアがニヤリとこちらに笑みを浮かべた。


「ぐあッ?!」


 しかし、銃弾はしっかりとへレディアの眉間に命中した。


 彼女の体は、溢れ出す黒いモヤに覆われ、ついには黒いモヤしか見えなくなった。


 このまま消えるかと思われたその時。


 突然、俺の体に黒いモヤが纏わりつき、体が重くなった。


「――ふへへっ! 最後に……お前らに私が死ぬと一緒に死ぬ呪いをかけてやったよ」


「ッ?!」


 へレディアが死ぬと俺たちも死ぬ呪い?


 そんな余力が……まだあったというのか?!


「絶対に……お前らだけ幸せになるなんて、許さないんだからッ! アハハッ!」


 せっかく、へレディアを倒せるというのに、俺たちも道連れにされてしまうのか……?!


 俺は絶望で地面に膝をついた。


「私たちは死なないよ、へレディア」


 ――しかし、その絶望を打ち払ったのは、セレスだった。


「律……私と律自身に、呪いを消したいって念じながら希滅銃を撃って」


「え……わかった」


 銃を仲間や自分に撃つなんて……と思ったが、俺はセレスを信じることにした。


 セレスが言うなら……きっと、間違いではないはずだ。


 へレディアの呪いを消したい。呪いを消したい……!


 俺はセレスの胸と自分の胸に一発ずつ銃弾を打ち込んだ。


 すると、驚いたことに纏わりついていた黒いモヤが嘘のように消えていった。


「なん……で……」


「これは、神秘をも消滅させる銃……神秘によって生み出されたあなたの呪いなんて、簡単に消せる」


「そんな……ッ! 嫌だ、このまま死ぬなんて……絶対にお前だけは道連れに、道連れに……ッ! 道連れにィィィ!」


 それがへレディアの最期の言葉だった。


 へレディアの体は、溶けるように黒いモヤになり、霧散した。


「神に……勝ったのか?」


 俺は、へレディアの体があった場所を呆然と見つめながら呟く。


 自分が神を殺しただなんて……信じられなかった。


「うん……律と私は、へレディアに勝った」


 優しく微笑み、俺の手を優しく両手で包み込みながらセレスは言う。


 正直、怒涛の展開すぎて何が起きたのか、何を成し遂げたのか、いまいち実感がなかった。


 けれど、セレスの手の温もりは――セレスが隣にいてくれているという事実だけは、確かだった。


 そして、その事実があるだけで、俺は涙が溢れそうになる。


「律……よく、頑張った」


 くしゃりと笑みを浮かべるセレス。俺は思わず、彼女の頬に手を伸ばす。


 そして、言わずにはいられなかった。


 俺を選んでくれて、俺を信じてくれて、何よりも――俺と一緒に居てくれて。


「――ありがとう」


 疑ってばかりで、ずっと言ってなかった感謝の言葉を、口にした。


「私も……ありがとう。律には……凄く、助けられた……」


「そう、だな」


 そして、くすりと俺も笑った。


 セレスも笑った。


 何かがおかしくってくすりと。


 たったそれだけなのに……心は、温かい何かに満たされていた。






「んん……」


 まどろみの中。俺は、微かな違和感を感じた。まるで何かが、腹の上に乗っているかのような……そんな気がしたのだ。


 俺は寝ぼけ眼を擦りながら、薄らと目を開けると――


「え……」


 少女が俺をじっと見下ろしていた。俺の腹の上で。馬乗りして。


「おはよう……私、天使のセレス、以後お見知り置きを」


 彼女はそう言って、小さく会釈をした。


「セレス? 悪戯は程々にしてくれよ?」


「ん……ここ、座り心地いい」


「セレス? もう再現しなくてもいいからな?!」


「ふふっ、冗談」


 子供っぽく笑みを浮かべたセレスは、俺の腹の上から降りた。


 どうやら俺は帰宅後、すぐに眠ってしまったようだ。


「ねえ……律、お腹、空いた」


 すると、セレスはお腹をさすりながらそういった。


 本当に、セレスは相変わらずだな。


「そうかそうか……何を作ろうかなぁ」


 俺は作る料理を考えながら、冷蔵庫を開けた。


 これからもきっと、たくさんの困難があるだろう。


 でも……今はセレスとの平穏な日常を存分に感じていたかった。






「それで、律……変更する苗字は思いついた?」


 朝食の後。


 セレスは小さく小首を傾げる。


「ああ、思いついたよ」


 俺は、紙とペンを取り出すと、そこに苗字を書いた。


「ふぅん? ……面白いセンス」


「だろ? さあ、早速始めてくれよ」


「ん……」


 そうして、セレスは万能のマギアローズを握り、胸の前で手を組む。


 対して俺は、彼女に向かい合い、じっとその時を待ち続けていた。


「じゃあ、律……始めるよ」


「ああ、いつでも構わないぞ」


「ん……」


 セレスは静かに両眼を閉じると――


「代償は願いの力……望むは対象者の名前の変更……」


 次の瞬間、万能のマギアローズは眩い光を放ち――俺の体は光に包まれる。


 そうして数秒後。ようやく光は晴れた。


「これで世界の認識を変更できたはず……律、試しに学生証を確認してみて」


「おう」


 俺は、財布から学生証を取り出した。


 そこには『神楽律』と書かれていた。


 神楽とは、神を祀る宴での歌舞のこと。


 俺という人間と、神と天使の二つの要素を持ったセレスがこれからも幸せに生きていけるように。


 そんなささやかな願いを込めて。俺はこの名前を魂に刻んで生きていく。


 そうして――『速水律』は、世界から消えたのであった。

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その願いは魔物なりや【完結まで予約投稿済み】 わいん。 @wainn444

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