第22話

「本当にありがとうございますっ! じゃあ、向かいましょうか」


 にこやかに微笑みかけ、パトカーへ向かう三月さん。


 そんな彼女に――


「――いい加減、茶番はやめたら……?」


 そんな突飛なことを言い放ったのは、セレスだった。


「ちゃ、茶番? ……どうしたんですか?」


「そうだぞ、セレス……一体、急にどうしたんだよ」


 それでもなお、セレスは鋭い視線を三月さんに向け続ける。


「律……そいつから出来るだけ離れて」


「え……?」


 俺が困惑していると、突然セレスが襟首を掴み、後ろに引っ張ってきた。


「ど、どうしたんだよ、セレス!」


「そうですよ? セレスさん、どうかしましたか? 私は律さんに仕事としてお話を聞きたいだけなのですよ?」


 しかし、セレスは力強く首を横に振り、三月さんを警戒し続ける。


 そして――


「――だって、あなた、へレディアでしょ?」


 そう断言した。


「ま、待てよ……三月さんがセレスに呪いをかけたへレディアって神だっていうのか? さ、流石にそれはあり得ないだろ……」


 さっきの事件の時に、三月さんに関しても軽く調べてみたが、おかしな様子は全くなかったぞ?


 彼女は、ごく普通に責務をこなしてるだけの魔対だ。


「えっと……へレディアとは何でしょうか? 私の名前は三月六花ですよ……?」


「ほら、三月さんも困惑してるじゃないか……」


 すると、セレスは不機嫌そうに服の裾を引っ張る。


「律……何も気づいてないの? 私たちとこいつが初めて会った時、おかしな点が一つ会った」


「おかしな点……あっ、メイド服……」


 そういえば、どうしてあの時、三月さんはメイド服を着ていたのだろうか。


「すみません、あれは任務でメイドカフェに魔物の願い主がいるということで、潜入調査をしていたんです……確かにおかしかったですよね、勘違いさせてしまって申し訳ありません……っ!」


 すると、他の魔対が三月さんの言葉に頷いた。


 どうやら、嘘ではないそうだ。


「ほら、俺たちの勘違いだったみたいだし……セレス?」


 しかし、依然としてセレスは警戒を解いていなかった。


「律……思い出してみて、コンビニでの事件」


「それが、どうしてんだ?」


「よく考えれば……おかしくなかった? 意識を失っていた店員とお客さんの三人。明らかに魔物を生み出してもおかしくない状況。その状況に隠されていた真の願い主である少女……まるで、私たちのミスを誘ってるみたいじゃなかった?」


「それは……確かに。でも、あれは偶然じゃないのか?」


「勿論、偶然かもしれない……けど、私はあの状況を作り出せる存在を知ってる――そう、それが呪いと精神を司る神であるへレディア」


「呪いと……精神……ッ?!」


 あの時、金髪の客が店員のミスに憤慨し、店員を突き飛ばした。次に店員を守ろうとした他の客とも取っ組み合い、最終的に三人全員が意識を失ったという状況だったはず。


 その状況を、へレディアであれば客二人の精神を操り、怒りの感情を増幅させることで意図的に生み出すことが可能なのではないのだろうか。


「でも、そのへレディアという人が私である証拠はあるのでしょうか?」


「ある……それが、メイド服。律、メイドカフェと不審死で検索してみて」


「え……わ、わかった」


 すると、一つのネットニュースが見つかった。ここら辺のメイドカフェで働く女性の一人が路地裏で裸で死亡していたとのこと。死因は不明で調べている途中だとか。


「裸……もしかして……」


 あの時、三月さんが着ていたメイド服は……その女性から剥ぎ取ったもの……?!


 ま、まさか……そんなこと、あり得るわけない。


「だ、だって、さっき、他の魔対の人たちが三月さんはそういう任務を受けていたって言ってたし……」


「律? へレディアは精神を操ることができる」


「ッ……?!」


 そうか、なら……魔対の人たちを操ることだって……。


「――待ってください。だとしたら、どうして私はメイド服を着る必要があったのでしょうか? そんな怪しまれるような真似、普通ならしないでしょう?」


「……へレディア、その体は本当の三月六花から奪い取ったものでしょ?」


「奪い取る……?」


「うん。へレディアは三月さんから体を奪い取った。けれど、何らかの理由で服がボロボロだったから、近くの人を呪い殺して服を奪った……それが偶然、メイドさんだったってだけで」


 セレスは、へレディアのことを強く睨みつけると――


「いい加減諦めたら?」


 そう言った。


 対して、三月さんは不満げな表情をする。


「セレスさんが言っていることは全て証拠としては不十分。言いがかりみたいなものですよ」


「……確かにそう。でも、確証はある」


 セレスはニコリと微笑むと、一冊の本を取り出した。そう、未来が書かれている本だ。


「この本は本来、この世界が歩むはずだった未来が記されたもの。ここにコンビニの暴行事件も、メイドの不審死も……書かれていない……代わりに一個、書かれてることがある」


「……なんですか?」


「――三月六花の死。それが、この本には書かれている」


「ッ?!」


「つまり……私が言いたいことは一つだけ――どうして、あなたは生きているの?」


「ッ……?!」


 驚愕で目を見開く三月さんに、セレスはさらに畳み掛ける。


「魔物に襲われて死亡した三月六花の体をあなたは奪った。そして、近くの女性を呪い殺して魔物との戦闘でボロボロになっていた奪い取った」


 確かに、セレスの推理は全て筋が通っていた。


 しかし、本当に三月さんが犯人だとしたら、俺には不明な点が一つあったのだ。


「でも……だとしたら、どうして三月さんはコンビニで俺のことを助けてくれたんだ……? あのまま見殺しにすれば良かったんじゃ……」


 へレディアの目的は俺たちを殺すことのはず。


 そのため、あの時、俺を助けた理由がわからなかったのだ。


「――殺すだけなら……へレディアはいつでもできる」


「え……?」


「今、彼女が少し呪えば私たちくらいら簡単に殺せる……つまり、へレディアからしたら、私たちは地面を這うアリみたいなものなの」


「なっ……」


「だから、こいつの目的は私たちを殺すことじゃない。ヘレディアの願いは――私にできるだけ沢山の絶望を味わせること」


 セレスは「でしょ?」と三月さんに問いかけた。


 ――刹那、堰を切ったように大きな笑い声が上がった。


「アハハっ! そっかぁ……全部バレてたかぁ」


 そう言ったのは、まさに三月さんだった。


 彼女は顔を歪ませ、心底愉快そうに高笑いをする。


「まさか……本当に三月さんがセレスを呪ったへレディア……」


「そぉだよぉ? どう? 私が用意した探偵ごっこは楽しかったぁ?」


「ッ……お前……ッ!?」


 じゃあ、コンビニでの事件は全て彼女の仕業だったのか……ッ!


 命の恩人だと思っていた三月さんが……心優しいと思っていた三月さんが、俺たちの敵だったなんて……ッ!


 裏切られた悲しみと、怒りがふつふつと湧いてくる。


「あー、ほんっとうに愉快だったなぁ……セレスちゃんにより多くの絶望を味合わせるために、ちょっと助けてあげただけなのに、私のこと信頼しちゃってさぁ!」


「お前……ッ!」


「いやぁ、でも、まさかもうバレちゃうなんてねぇ……」


「ふん、どうせ、本気で隠そうとはしてなかったくせに」


「そーだっけ?」


 へレディアは、「まあいいや」と笑うと――


「ご褒美に、セレスちゃんの片方の呪いを消してあげるよ」


 唐突に、そんなことを言い出した。


「え……」


「速水律を殺すと死ぬ呪いと、一年以内に殺さないと死ぬ呪い……そのどっちかを消してあげる」


「ッ……?!」


 もし、セレスが生きることに執着するなら、前者を選ぶのが最善だ。


 後者を選べば、俺という存在を守りながら生きていかなければならないのだから。


 でも、不思議と俺は怖くなかった。


 セレスのことは信頼しているが、心を持つ者なら裏切ることはあるだろう。


 でも、セレスになら……裏切られたっていい。


 もう裏切りは恐れない。俺を裏切ってセレスが幸せになってくれるなら、それはそれで構わなかった。


「へレディア、ふざけてるの……? 私が律のことを見捨てるわけがない」


「ちぇっ……つまんないの」


 すると、へレディアはセレスに軽く手をかざす。


 次の瞬間、セレスの体から黒いモヤが空気中へ出ていく。


「驚いた……本当に解呪するなんて……」


「まあ、約束だからね……でも、今更後悔しても遅いからねー?」


 へレディアが意味深長な笑みを浮かべた瞬間――


「あがッ! 何を……ッ!」


 俺は、胸が裂けるような強烈な痛みを感じた。


 なんだ……これ……。


「それは、衰弱の呪い。その痛みは徐々に大きくなっていき、いずれ、死に至る呪いだよ?」


「ッ?! へ、へレディア……どうして……」


「セレスちゃんが悪いんだよ? さっき律君を裏切ってれば良かったのに……あまりにも美しい絆すぎて……それをぶっ壊したくなっちゃった!」


「そんな……」


「あはは! そうそう、その絶望した表情! 私はそれを見たかったの!」


 再び高笑いするへレディア。


 彼女は……敵なのだ。セレスを傷つけることに全てを賭けた敵。


「倒さなきゃ……なのに」


 あまりの胸の痛みで、俺は地面にうずくまってしまう。


「り、律……大丈夫?」


 すると、セレスが心配そうに駆け寄ってきた。治癒のマギアローズを嗅がせてくれたが……少し気分が良くなるだけで、ほとんど効果がない。


「無駄無駄! セレスちゃんのマギアローズじゃあこの呪いは解けないよぉ?」


「くっ……」


 それでもセレスは必死に治癒のマギアローズを俺に嗅がせ続ける。


 もう……そうするしか、方法がないから。


 俺たちはこのまま……共倒れしていくのだろうか。


 それは……嫌だ。せめて、セレスだけでも……ッ!


 俺を救ってくれた彼女だけは、俺を選んでくれた彼女だけは……生きててほしいッ!


「頼む……セレスだけは助けてくれ……」


「へえ、まだ数週間しか経ってないのに、随分と美しい絆だねぇ……はー、超ムカつく。死んじまえよ」


「あがッ?!」


 次の瞬間、俺の胸の痛みがさらに強くなった。


「律ッ?」


 セレスは俺に駆け寄って治癒のマギアローズを嗅がせてくるが……焼け石に水だ。


「へレディア! あなたが恨んでるのは私のはず……律を殺す必要なんてない……ッ!」


「えー? 嫌だけどぉ? 普通に殺したらセレスちゃんの絶望の表情が見れないじゃぁん!」


「さ、最低ッ……」


「キャハハ! 天使と神のハーフなんかに生まれてきたセレスちゃんが悪いんだからね」


 愉悦の表情で俺たちの苦しむ様子を見てくるへレディア。


 彼女はそんなにも、想い人の子供が憎いのか。


 でも……そんなので、セレスを殺されてたまるか……ッ!


 意を決した俺は、一歩、前に足を踏み出す。


「絶対に……」


 そして、もう一歩。


 少しずつ、少しずつ。


「絶対に……ッ!」


 そうして、ヘレディアのすぐ近くまで寄った俺は、拳を固く握り――


「セレスを殺させねえッ!」


 へレディアめがけて、拳を振り下ろした。


 しかし――


「ぷーくすくす、そんなへなちょこな攻撃じゃあ、私を傷つけることなんて、できないよぉ?」


 渾身の一撃は、いとも容易くへレディアに受け止められるのであった。


「どう……して……?」


「ふふっ、この体はもともと、魔対に所属していた人のものだからねぇ、一般人のパンチを受け止めるのなんて、簡単だよ〜」


「ッ……?!」


 人から体を奪っておいて、よくもそんな自慢げにいられるな……。


 絶対に許せない……けど、近接戦でも勝てないなら俺に勝ち目はもう……。


「せめて……願滅銃がこいつに使えれば……」


 よりにもよって、どうして魔物以外には効果がない、なんて能力なんだよ……ッ!


「クソッ……」


 俺は地面に膝をつく。


 呪いによって、全身から力が抜けていく。


 それに、眠くなってきた。


 ああ……そもそも、神に抗おうなんて無理だったのか……?


 もう、なんでもいいや。疲れた。


 このまま、眠気に身を任せて、消えてしまえれば……。


 俺は、静かに瞼を閉じた。


「律ッ!」


 その時、セレスの声が脳に響き渡った。


 思わず目を開ければ、そこには心配げに俺を見つめる瑠璃色の双眸が。


 そうだ……俺が死ねば、セレスも死んでしまうんだ。


 絶対に……絶対に、諦めちゃダメなのだ……ッ!


「最後の最後まで……争い続けるしかないんだ……ッ!」


 神を凌駕するのであれば、それは奇跡……いや、奇跡を超越した何かだと言える。


 ならば俺は願う。


 俺とセレスが両方笑って生きれる未来を……願う。


 願って願って願って……脳が焼き切れるほど、この願いを頭の中で願いを反芻し続けて。


 そして、全力でへレディアめがけて駆け出した。


 全て神頼みなんて……そんなのじゃあ、生まれるのは普通の奇跡だ。


 俺が望むのは奇跡を超越したもの。


 それは、きっと……俺が死ぬほど努力した先にしか存在しないはずだから。


「――俺は最後まで神に争い続けるッ!」


 俺は、へレディアの頬に拳を繰り出す。


 当然、鍛え上げられた肉体の前では、拳は容易く受け止められた。


 でも、止めない。


 二回でも、三回でも、千回でも、俺の体が朽ち果てるまで。


 俺は、へレディアを殴り続ける。


「な、なんなの……しつこすぎてウザいんですけど……ッ!」


 次の瞬間、俺はへレディアに腹を蹴り付けられ、後方へ大きく吹き飛ぶ。


 でも、それがどうしたって言うのだ。


 俺は絶対に止まらない。


「望む未来が手に入るまで……絶対にやめないッ!」


 ――その刹那。


 思わず目を瞑ってしまうほどの閃光が現れた。


 それは――セレスの胸元からだった。


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