第20話

「律……大丈夫?」


 目を覚ますと、セレスが俺に馬乗りしていた。


 ちょっと慣れてしまっている自分が怖い。


「ああ……ちょっと頭が痛いけど大丈夫だ」


 俺は頭をさすりながら、セレスを押し除けて起き上がる。


「なあ、セレス……セレスは犯人が雫さんだと思うか?」


 俺はセレスにそう問いかけると、セレスは少し考える仕草をした。


「私は違うと思いたい……けど、雫の可能性もあると思ってる」


「っ?! で、でも雫さんの魔物はもうすでに倒しただろ? もう、現れることは――」


「奇跡は……願いが二つあれば、一人から二つ生まれることだってある……つまり、一人の体から二体の魔物が現れることもある」


「っ?!」


 初めて聞く情報だった。一人から……二人の魔物が生まれるだと?!


「つまり、雫の魔物を倒したことは、雫が犯人じゃないことの証明にならない……」


「そんな……」


 しかし、それを聞いても俺は雫さんを犯人だと疑う気にはならなかった。


 もし、雫さんのアドバイスがなかったら……今頃、俺はセレスとお別れし、絶望に暮れていたことだろう。


 もし犯人だったとしても……最後の最後まで雫さんを信じ続けたいのだ。


「でも……律、話くらいは聞いてみたら? 連絡先、知らないの?」


「それは……知らないな」


 くっ……こんな時のために、連絡先を交換しておけばよかった。


 じゃあ、今日できることはもう無いのか……。


 いや……そういえば、もっと俺たちよりもこの事件について知っている人物が身近にいたじゃないか。


「律? 急に立ち上がって、どうしたの……?」


「ああ、ごめん――ちょっと隣の家に行くだけだよ」


 俺は玄関まで歩くと、マンションの廊下に出て隣の部屋のインターホンを鳴らした。


 柚はあの場で襲われた本人であり、事件を誰より間近で見ているため、柚に訊けば、何か手掛かりが手に入るのではないかと思ったのだ。


 しかし――


「柚ー! 居るかー?」


 再びインターホンを押すも、返事はなかった。


「居ないみたい……」


「みたいだな」


 うーん、事件の直後だから病院とかに居るのだろうか?


「……探してみる?」


 魔物の発生地点の最も近くにいたのは柚だ。彼女から話を聞ければ、推理も捗るはず。


 なんとしてでも、話を聞きたいのだが――


「どこにいるかわからないからな……」


「魔対とかに聞いてみたら……? ほら、柚の姉って言ってる魔対の人」


「ああ! 果奈さんか! 確かに、果奈さんなら……」


 俺はまず、三月さんに電話をかけると、果奈さんに繋いでもらった。


「――あの! 突然で申し訳ないのですが……柚が今どこにいるか、教えていただけませんか?」


「柚の場所、ですか? もしかして、速水さんたちは願い主の捜査を……」


「い、いえ! そういうわけではなくて……単に安否が気になっちゃいまして。お見舞いとかにいけないかなーって」


 嘘は驚くほどにスラスラと出てきた。


 嘘は嫌いだが……セレスや雫さんのためなら、いくらでも言えたのだ。


「……ふぅん? そうなのですか……でしたら、申し訳ないのですが、それは無理ですね」


「ど、どうしてですか?!」


「実は、柚は魔物に命を狙われた存在。今は、姉である私が保護をしています」


「そ、そうなんですか……」


「でも、安心してください。絶対に魔対が願い主を見つけ、魔物を討伐してみせますから」


「あはは……お願いします」


「はい、では」


 すると、プツリと電話は切れた。


 得られた情報は、柚が果奈さんに保護されているということだけ。


 ほとんど無いに等しかった。


 すると、セレスが不安げに顔を覗いてくる。


「ダメ、だった?」


「ああ……果奈さんは三月さんと違って、俺たちに情報を与えてくれる様子ではなかったな」


「むぅ……それは残念」


 場所さえ聞き出せれば、透明化のマギアローズでこっそり話を聞きにいけたというのに……。


 俺はソファーにぐったりと全身を預ける。


「はぁぁぁ……どうしようかなぁ……」


「律、休んだら? もう夜……明日、また頑張った方がいい」


「そうだなぁ……」


 すると、どこかからか、腹の虫が鳴った。


 セレスか? 俺か?


「律、お腹鳴ってる」


「セレスも鳴ってたぞ?」


 両方だった。


 俺たちはなんだかおかしくって、くすりと笑い合う。


 友人の未来と、俺たちの運命がかかった大変な状況だが……セレスが隣に居てくれるだけで、心は随分とマシだった。


「じゃあ、今日は疲れたし、出前とかで届けてもらうか」


「出前……! 律、お寿司がいい」


「贅沢だな、おい? ……でも、まあ、今日くらいはいいか」


 両親は帰ってこないが、十分過ぎるほどの生活費を送ってくれているため、ちょっと貯金はあったのだ。


 というわけで……たまには、贅沢してみようかな。


 だって――俺たちはいつ、死ぬかわからないのだから。


 この刹那を大事にして生きていこう。








 翌朝。


「じゃあ、情報を整理してみようか」


「ん」


 自宅にて、俺たちは一旦、全ての情報を紙に整理してみることにした。


 まず、魔物は柚と雫さんの丁度間に生まれた。


 魔物の特殊能力は怪力である。


 魔対によると、容疑者は三人。瀬戸大翔と、大河隼人と……雫さん。


 瀬戸大翔と大河隼人は、柚を狙う魔物を生み出すほどの願いをしうる人間ではあったが、魔物の出現地点からは大きく離れた場所に座っていた。


 逆に、雫さんは魔物の出現地点のすぐそばに座っていたが、魔物を生み出すほどの願いしたとは到底、考えられない。


 ただ……雫さんの頭を覗けるわけではないので、雫さんが犯人ではないという確証はなかった。


「状況だけ見ると……雫が凄く怪しく見える」


「う……それは、そうだな」


 この状況では、魔対が雫さんが最も怪しんでいるのも、理解できる。


 ただ……絶対に俺は、雫さんが犯人だなんて、信じたくなかった。


 だって、人に傷つけられる苦しみを知っている彼女が、なんの理由もなしに人を傷つけるとは思えないのだ。


「でも……このままだと、雫さんが犯人に……!」


 それだけは避けなければ。


 周りの人間に裏切られ、大切な人に死なれ……そして、冤罪をかけられるなんて。


 そんなの、心が壊れてしまう。


 一つくらい、代わってやれればいいのだが……。


「……いや、待てよ?」


 その時、セレスが昔、言った言葉がフラッシュバックした。


 それがあり得るのならば――


「セレス、もう一度、推理し直そう」


「……?」


 俺は、紙に書かれた一文を消しゴムで消した。


『容疑者は三人』と書かれた一文を。


「なあセレス……魔物が一人から二体現れることがあるなら、一人から異能と魔物、それぞれ一つずつ現れることはあるのか?」


「ん……まあ、あるけど……」


 やはりか。


 それなら――


「犯人がわかったぞ」


 俺は、口角をニヤリと上げた。




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