第19話
「……大丈夫?」
「うわぁぁぁ?!」
目を覚ますと、目と鼻の先の距離にセレスの顔があった。
「びっくりした……」
「ん……ごめん、治療しても全然起きないから、心配した」
セレスは少し心配そうな声でそう言う。
「……えっと、ここは?」
俺は辺りを見渡す。
俺はどうやらベッドではなくソファーに寝ていたようだ。周りには鏡やロッカー、メイク道具があることから推察するにここは……。
「ここは楽屋……柚がスタッフの人に頼んで貸してもらった」
柚……? そうだ、思い出した!
「そうだ! あの後、人狼はどうなったんだ?! 柚は平気か?」
確かライブ会場に人狼が現れて、柚たちを襲おうとしたんだ。俺は慌てて周りを見渡すも……柚の姿はどこにも見当たらなかった。
「大丈夫……柚は無傷。今、安全な場所にいる」
「そうなのか……? なら良かった……!」
俺はひとまず、柚の安否がわかって胸を撫で下ろす。
「でも……人狼は行方不明。死んだ痕跡がないから多分、逃げたんだと思う」
「じゃあ……」
さっきの魔物は、明らかに柚を狙っていた。
逃げたのであれば、柚が危ない。
「よし、すぐに探しに行こう」
俺はソファーから降りて立ち上がる。
折角なら……俺たちが生き残るだけでなく、周りの人にも生きていて欲しいからな。
「そういえば……さっき、柚の姉って自称してる魔対の人が来た」
「姉? 魔対? ……もしかして、果奈さんか!」
そういえば、今日、会場にいたもんな。
いち早く、駆けつけてくれたのにも納得がつく。
「あの人が言うには……全部魔対が対処するから静かにしていていいってことらしい」
「そんなの納得できるかよ……俺たちの手で倒さなきゃ、SPは手に入らないんだろ?」
「それには、私も同感……でも、律、今起きたばかりで大丈夫?」
「大丈夫大丈夫……セレスがちゃんと治療してくれたから、ピンピンだよ」
俺は軽く腕を回してみせる。
うん、体調は好調だ。
「じゃあ、向かおうか」
「でも……どこに?」
そんなの決まってるじゃないか。
俺たちには使っていないカードが一枚ある。
俺は、セレスに笑みを返すと、事件についての情報を知っているであろう人物の元へ向かった。
「速水さん、こんにちは」
そう言ったのは、警察服に身を包んだ一人の女性。
そう彼女は――
「――三月さん! こんにちは、すみません、突然呼び出してしまって」
「いえ、いつでも頼って良いと言ったのは私ですから構いませんよ」
そう、俺はカマキリの魔物を倒したお礼としてもらった三月さんを頼れる権利を、今、使ったのだ。
「それで今日は体どういった用でしょうか?」
すると、三月さんは首を傾げて質問してきた。
「えっと……それが――」
いや、待てよ? 周りに魔物のことを知らない一般人もいる状況でこのことを話していいのか。
「――ここで聞いたのは少し野暮でしたね。場所を変えましょうか! ついてきてください」
三月さんは何かを察したのか、俺たちを引き連れて、警察署の奥の方へ歩いていく。
「そういえば、今日はメイド服じゃないんですね」
俺は三月さんの後ろをついていきながら、ふと気づいたことを口にする。
今日の三月さんは前回のようなメイド服ではなく、警察服をビシッと着こなしており、少し違和感を感じたのだ。
「っ……あ、あれは色々と訳があってメイド服を着ていたんです! 勘違いしてほしくないんですけど、基本はこの警察服ですからね!」
あれって通常の服装じゃなかったんだ……。てっきり、三月さんはメイド服を着る趣味があるのかと思ってた……。
「ここです……どうぞ、席についてください」
案内されたのは小さな面談室のような部屋だった。俺たちは荷物を床に置くと、言われた通り椅子に腰掛ける。
「それで、どういった用件でしょうか?」
俺たちの向かい側に座った三月さんは鋭い目つきで、そう訊いてきた。
「実は――俺たちと魔対が協力できないかと思いまして」
「速水さん達が……魔対と協力、ですか?」
「はい、お願いします! 俺たちはあの魔物を絶対に倒したいんです!」
俺は三月さんに深く頭を下げる。
人狼を倒そうとしても、俺たちには人狼の居場所や弱点などの情報が全くなかった。だから、魔対の手を借りれないだろうかと思ったのだ。
「……ごめんなさい、この前のお礼としてこのお願いに応えたい気持ちはあるのですが…… 魔対は警察組織の一つでもありますので、速水さんのお願いであっても機密情報を明かすのはちょっと……」
「そこをなんとか……!」
俺がもう一度頭を下げようとした時、「しかし」という言葉が聞こえた。
「偶然、調査に関する資料を見てしまったのでは仕方がありませんけどね」
「え?」
「では、私は少しお手洗いに行かせてもらいますね」
そう言って三月さんは立ち上がり、面接室から出て行った。
カバンを残して。
「もしかして――」
カバンの中を確認すると、中には『黒岩柚魔物襲撃事件』と書かれた一冊の報告書が入っていた。
三月さん……あなたは神ですか!?
俺は報告書を読んでいくと『願い主候補一覧』と書かれたページにたどり着いた。
これだ、ほぼ戦闘力のない俺があの人狼を倒すためには願い主の願いを推測し、願いを消すしか方法はない。
そのページの他、重要そうなページの全てをスマホのカメラで撮影し、保存していく。
「さてと……三月さんから情報は貰ったものの、どうしようかな……」
俺たちは家に帰った後、スマホで撮影しておいた『願い主候補一覧』のページを見ながら、頭を抱えていた。
そのページには三人の名前が書かれていた。どうやら三人ともライブの時に最前列に座っており、魔物を生み出す可能性のある何かを抱えていたらしい。
一人目が瀬戸大翔という名前の五十代男性だ。彼は最近引退した政治家だが、SNSでしょっちゅうアイドルや芸能人に関する文句や不満を垂れ流しているらしい。その文句や不満が実際にアイドルを目の前にしたことで強い願いとなり、魔物を生み出したのではないかと書かれていた。
二人目が大河隼人という名前の二十代青年。彼はLaraiza……特に柚の熱烈なファンであり、以前インターネットで『柚を食べたい』『柚を犯したい』などの性的発言をしていたとのこと。実際に柚を間近で見たことで、元々抱いていた劣情が強い願いになり、魔物を生み出したのではないか、とのことだ。
最後の三人目は――
「は……? 雫……さん?」
三人目は卯月雫。一瞬、同姓同名かと思って報告書に載せられた顔写真を確認してみるもそれは間違いなくあの雫さんだった。
彼女が……人狼の願い主だと?!
「雫が……犯人?」
「い、いや、まだ容疑者リストに書かれてるだけだから雫だって決まったわけじゃない!」
俺は急いで、彼女に関する文章に目を走らせた。
卯月雫……彼女はLaraizaの大ファンであるが、大河氏のような過激な思想は持っておらず、健全なファンと言える。しかし、彼女の家庭環境は劣悪であり、魔物の出現地点から最も近かったため、最も怪しい容疑者である。
「……どうしてだよ」
なんで……雫さんが最も怪しいだなんて言われてるんだよ……!
「雫さんの魔物は、この前、俺たちが倒したばかりだから、絶対に有り得ないのに……!」
すると、セレスが申し訳なさげに口を開いた。
「多分、私たちが雫の魔物を倒したから、魔対は魔物が倒されたことに気づけてないんだと思う……これは盲点だった」
「くっ……」
セレスは慌てている俺に対して宥めるように声をかける。
「なら、真の願い主を見つけるか、他の二人が雫よりも怪しいことを証明すればいい」
「……でも、見つけるにしては情報が少なすぎないか?」
片方は強い嫉妬や嫌悪、もう片方は強い劣情……うーん、正直、この情報だけじゃ誰が願い主なのか特定できない。
もしも俺たちが最前列に近い場所に座っていれば何かに気づけたかもしれないが、残念ながら俺たちは会場の真ん中辺りに座っており何もわかることはない。
これは……容疑者の二人に直接聞くしかないのか?
「任せて……私にいい案がある」
すると、セレスが自信満々に胸を叩いた。
「いい案?」
「うん……これ、マギアローズ」
そう言いながら、二輪のバラを掲げるセレス。
水色と青色……記憶のマギアローズと転移のマギアローズだ。
「……これは律への体の負担が少し大きいからやりたくなかった……けど、これしか方法がない仕方ない」
セレスはじっとマギアローズを見つめながら話を続けた。
「今からやるのは、記憶のマギアローズと転移のマギアローズの両方を使った過去の記憶の再現」
「記憶の……再現?」
「うん……思い出すだけじゃなくて、過去の記憶を追体験できる」
「じゃあ、それを使えば……容疑者の怪しい動きがわかるってことか!」
「そういうこと」
「準備ができたら、この両方をライブの時を思い浮かべながら嗅いで」
「わかった」
俺はこくりと頷くと、水色と青のマギアローズに顔を近づけ――
「――あ、言い忘れてた……凄い頭痛くなるから気をつけて」
「へ?」
セレスの忠告を聞いた瞬間、俺はもうすでにマギアローズの匂いを嗅いでいた。
――刹那、強烈な頭痛が俺を襲ってきた。
「痛ぇぇぇ……」
俺は頭をさすりながら目を開けると、暗闇を照らす眩いネオンの光が目に入ってきた。
「本当に……ライブ会場だ」
「当たり前……私の力だから」
横に座っているセレスがそう返答してきた。
どうやらセレスも一緒に記憶を追体験しているようだ。
すると、セレスは無言で俺に手を差し伸べてくる。
「律、ほら」
「お、おう」
俺がその手を取ると――
「うおおお?!」
紫色のバラを嗅がされると同時に、俺の体は宙に浮く。
俺は今、マギアローズで透明になりながらセレスに抱えられながら空を飛んでいた。
「舌……噛まないでね」
セレスはそのまま観客席の最前列へ飛んでいく。
「みんな本当に今日は来てくれてありがとうー!」
柚の方では丁度、『夜の屋上』という曲が終わったところだった。
確か……この後、Laraizaが次の曲を歌い始めた時に人狼が現れたんだっけ。
「見つけた」
セレスが飛びながら、最前列に座っている二人を指差す。
あの後ろ姿……間違いない、容疑者の二人だ。
俺たちは地面に降り立つと――
「セレス、俺はあっちの青年の方を見ておくからもう片方を頼む」
「わかった」
俺たちは手分けをして容疑者を見張ることにした。
青年――大河隼人は観客席の右端辺りに座っていた。
俺は彼の顔を覗き見ると――
「ぐへへ……柚ちゃん、かわいいなぁ」
「きっ……」
彼は下衆な顔を浮かべ、柚のことを食い入るように見つめていた。
あ、危ない……衝動的にキモいと言ってしまうところだった。
「柚ちゃあん」
うん、キモい。
これで彼が柚に強い劣情を抱いているのは確定だな。
しかし……逆に言えばそれだけなのだ。度々、涎を垂らしながら柚の名前を呟くだけでおかしな挙動はなかった。
「そういえば、雫さんは……?」
俺は視線を他の席に走らせる。確か、雫さんも最前列にいたんだよな。
すると、最前列の真ん中に座っている雫さんが目に入った。
どうやら、最も柚との距離が近い席らしい。
待て、確かあそこって――
――ウォォォォン!!!
突然、黒いモヤが現れると同時にその中から二足歩行の狼が現れた。
現れた場所は――柚と雫さんの丁度真ん中のだった。
「っ……」
まさか、本当に雫さんが犯人だったのか?
俺は縋るような思いで雫さんの表情を見ると彼女は驚いた表情で魔物のことをじっと見つめていた。
一体全体、どうなってるんだよ……!
「律!」
すると、背後からセレスに声をかけられた。
「もう脳の負荷がギリギリ……すぐに戻らないと大変なことになる」
「そ、そんな……もう少しだけ」
「ダメ……もう無理」
セレスがそう言うと世界が歪み始め、俺はいつの間にかに意識を失っていた。
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