第18話

【律視点】


「そういうわけだったんだな……」


 随分と性格の悪い神も居たもんだ。仲間であるはずのセレスにそんな呪いをかけるなんて……。


 まあ、逆にその呪いがなければ俺とセレスがこうやって関わることはなかったため、少し有り難くはあったのだが。


「じゃあ、まずはセレスの呪いを解呪――」


「――その前に、律の名前を変える方が、いい」


「え……? どうしてだ?」


 すると、セレスは言いづらそうに口を開いた。


「実は……私が使命を達成するのがやけに遅いのに気づいて、明日にでも他の天使が律を殺そうとしてくるかもしれないの」


「ま、マジか……」


「だから、私たちは早く律の名前を変えなきゃいけない……」


 俺が死ねば、セレスも死ぬ訳だし……確かに、俺の名前を変更するのが最優先か……。


「でも、どうやったら名前なんて変えられるんだ? 役所で変更する……とかじゃダメだよな」


「当たり前……名前を変更するってことは、神を欺くってこと……でも、SPを一万、集めればなんとかなると思う」


「おお! 本当か!」


 それなら……まだ、希望はある。


 が、一年経つ前に他の天使が襲ってくる可能性があるみたいだし……なるべく急がなければ……。


「ちなみに、今はSP、いくつ溜まったんだ?」


「今は……四千」


「おお、案外溜まってるじゃないか!」


「前に倒したカマキリから三千弱のSPが手に入ったから」


「おお! かなり多いな!」


「うん……特殊個体は強いだけあって、得られるSPも莫大」


 じゃあ……特殊個体をあと二体倒せれば、一万SP貯め切れるのでは?


 ……いや、流石にそんなに上手くは――


「実は、本によると……今週、六千SPとが手に入る魔物が出現する」


「本当か?!」


 そんな上手いことがあった。というか、一体で六千SP?!


 これほどの好機、逃すわけにはいかない……ッ!


「じゃあ、そいつを倒そう! 場所は一体どこなんだ?」


「……場所はライブ会場」


 セレスは伏し目がちにそう言う。


 あれ……? その日程って――


「――Laraizaの三周年ライブ。そこで魔物が柚を襲撃する」


「え……」


 柚が……魔物に襲撃される?






「ここがライブ会場か……」


 翌日、俺たちは柚のライブを見にいくためにライブ会場に足を運んでいた。


 ライブ会場の隣にある看板にはデカデカと写真が張られた三人の少女とLaraizeという文字が書かれている。


「凄い……おっきい」


 セレスの言う通り、ライブ会場はめちゃくちゃ大きかった。多分、一万人くらいは入るんじゃないだろうか。


「じゃあ、もう会場内に入れるみたいだし、行こうか」


「うん」


 その時、見覚えのある後ろ姿が目に入る。


 あの後ろ姿にあの髪型……もしかして魔対の黒岩果奈さんか? 妹のライブだから見にきたのだろうか。


 折角だから、声をかけてみようかと思ったが果奈さんはすぐに人混みに紛れてしまい、俺は彼女を見失ってしまった。


「律……どうしたの?」


 この人混みの中だ、これ以上探しても無駄だろう。


 もしかしたら帰る時とかに果奈さんと会うかもしれないし、挨拶はその時にでもしよう。


 そうして、俺たちは会場内で、チケットに書かれた席に着いて待っていると――


 ――パッ


 ステージの中央がスポットライトで照らされる。すると、そこには三人の特徴な服をした少女が居た。


「みんなぁー! 今日は来てくれてありがとぉー!」


 中央の少女がそう言うと、観客らが物凄い歓声で彼女の言葉に応える。


 そう、その中央の少女こそが黒岩柚……俺にチケットを渡してきた少女だ。


 その時、俺が抱いた感想は『凄い』ただそれだけだった。


 だってあんな小さな体で、まだ幼い心でこんなに大量の人々を虜にしているのだ……逆に凄い以外の言葉が見つからない。


「凄い……」


 セレスも俺と同じ感想を口から漏らしていた。


「Laraizaはみんなの応援のお陰で三周年を迎えることができました! だから、今日はそのお礼のために歌います!」


 今度は柚の右隣の少女がそう言う。髪色も衣装も赤で統一されているため、イメージカラーは赤なのだろうな。逆に柚は髪色も服装も黄色で統一されており、イメージカラーは黄色なのだろう。


「では、聴いてください! ラブ・ラビリンス」


 柚の左隣にいる青髪の少女がそう言うとステージのスポットライトが消え、ステージが暗闇に染まると同時に曲のメロディが流れる。


 すると今度は天井の至る所から閃光のような光が出ていき、ステージを照らす。


「今、私が好きですって告白したとして〜君はなんて言うかな〜」


 歌声と共に柚が前に出ると観客席に向かって大きく手を振る。そして、それに応じるように会場内はペンライトの光の波が生まれる。まるで、ファンも一緒になってこの曲を作り上げているような……そんな気がした。


「勿論答えは『YES』か『はい』〜」


「『No』なんて無いからね〜」


 続いて二人がその美声を響かせる。コッテコテのアイドルソング。俺には無縁だった音楽。


 俺は興味なさげに見ていたはずなのに――


「っ……」


 いつの間にかに彼女たちが作る世界に魅了されていた。


 俺はセレスから渡されていた黄色――柚のイメージカラーのペンライトを振った。


「今、君が私に好きですって告白したとして~私はなんていうかな~」


「『YES』かな『はい』かな~」


「そんなの勿論~~~」


「「「私も大好きッ!!!」」」






「以上、夜の屋上でした!」


 それから三曲が続けて歌われた。


「これがアイドルか……」


 なるほどな、世の人々が夢中になるわけがわかった。とんでもなく可愛い女の子が美声で歌い、踊るのだ。


 夢中にならないのがおかしいくらいである。


 俺がそうやって頭の中で感想を言っていると、ふふと、隣から目線を感じた。


 セレスだ。


「律……夢中になりすぎ。私たち、なんのために来たのか、覚えてる?」


「ああ、ごめんごめん……アイドルのライブなんて、初めて見たもんで、つい……な?」


「もう……ちゃんと、警戒して……魔物はどこから現れるかわからない」


「そうだな……」


 俺は頭を振り、冷静になると、注意深く周りを見渡す。


 ……今のところ、怪しい人物や異変が起こる様子は全くない。


 すると、柚はマイク片手に観客席へ話し始めた。


「みんな本当に今日は来てくれてありがとうー!」


 彼女は、少し息を切らせながら観客席に向かって手を振り、左隣の青髪少女に目配せする。


 すると、青髪少女は神妙な面持ちで話し始めた。


「デビューした三年前はこんなに沢山のファンに応援してもらえるなんて思ってませんでした。正直、私たちはトップアイドルになるっていう夢を諦めかけていました……でも! みんなの応援のお陰で私たちはトップアイドルになれました」


 青髪少女は静かにそこで一礼する。それを見て、柚の右隣の赤髪少女が苦笑した。


「もう! レイラちゃん冗長すぎー! ……とにかく! みんな私たちを応援し続けてくれてありがとー!!! 私たちはこれからもみんなのために歌い続けるから! 応援してよねぇぇぇ!!!」


 すると、赤髪少女の言葉に答えるように会場内がどっと盛り上がる。


「じゃあ、次の曲は――」


 会場内の空気は最高潮。会場にいる誰しもがこのライブに夢中になっていた。


 ――だからこそ皆、気づいていなかったのかもしれない。


「……?」


 一瞬、どこかからか強い視線を感じた。あまりにも周りに人が多すぎてどこからなのかは特定できなかった……が、変な気持ち悪さがあったのだ。


 俺は眉間に眉を寄せなら、ステージの方を向き直すと――


「……」


 ステージ上では柚がなぜか、次の曲名を言わずにぼーっと無言で立っていた。


「ゆ、柚ちゃん、大丈夫?!」


「――え、あっ! ご、ごめん! ……なんだか、こんなに沢山の人に応援してもらってるんだなぁって思ったら感動しちゃって……えへへ」


「もぉー! 柚ちゃんったらぁ! ほら、次の曲は――?」


「ハッピー・プリンセスです!」


 柚が照れながらそう言うと、ステージのスポットライトが消え、メロディが流れ始める。


 おっ、次の曲も楽しみだな……。


「ねえ、律」


 すると、セレスが俺の服の裾を掴んできた。


「なんだ?」


「……今から、飛ぶ。舌噛まないように気をつけて」


「へ?!」


 突然のことに俺は理解が追いつかなかった。


「じゃあ……行くよ」


 セレスがそう言った次の瞬間、セレスは透明化のマギアローズを俺に嗅がせる。


「え、待っ――」


 次の瞬間、俺の体は宙に浮いていた。


 ――バサッ、バサッ


 天使の翼が上下に動き、俺たちは波打つペンライトの海の上を飛んでいく。


 俺はセレスに抱き抱えられていた。


「ちょ、ちょっと待て! こんな方法ってアリかよ?!」


「ありよりのあり……だって、柚の命が危ないんだから」


「え? でも……魔物はまだ現れてないじゃないか!」


「――もうすぐ、現れる」


 セレスがそう言うと同時に。


 ――ウォォォォン。


 狼のような吠え声が会場内に響き渡った。


 吠え声の方向へ視線を移すと――そこには黒いモヤを纏った化け物がいた。


「まさか……?!」


 俺はじっとそれを凝視する。


 灰色で毛むくじゃらの肌、人間と同じ二足歩行の体、頭から生える犬のような獣耳。


 まるで、それは童話などで出てくる人狼のようだった。


「あれって……まさか魔物か?!」


「勿論……そして、あれは特殊個体。特殊能力は、怪力」


「怪力……? そこまで厄介そうには思えないが……」


「一応言っておくと、あいつは片手で車を握り潰せる」


「マジかよ……ッ?!」


 全然厄介だった。じゃあ、あんなのに柚が襲われてしまえば――。


 ――ウォォォォン!!!


 人狼はもう一度、吠えるとステージ上の三人へ向かってゆっくり歩き出していく。


「ッ?!」


 柚は人狼が自分の方へ向かってきていることに気づき、焦ったような表情を浮かべる。


 対して周りの観客やLaraizaの他のメンバーはすぐそばに、危険が迫っていることなんて露も知らぬ様子でライブを楽しみ続けていた。


 そういえば、一般人は魔物を認識できないのか……!


「〜ま、魔法のように〜輝いて〜」


 人狼が徐々に柚に近づいていく中、ライブを止めるわけにも行かないので柚はそのまま歌い続ける。


「セレス! もうちょっと速くできないか?」


「……頑張る」


 セレスはバサバサッとさっきよりも激しく翼を動かす。


 不味い、このままのペースだと到底間に合わない。


「……律」


「なんだ?」


「怪我するかもだけど……許して」


「え?」


「絶対に死なせない……から」


 セレスがそう言うと同時に俺たちは上空に向かって上昇していく。


「待って、何を――」


 そして、体の向きを前方斜め下へ大きく傾け――


「――舌、噛まないようにね」


 グライダーで滑空するかのようにステージ目掛けて急降下した。


「ちょっと?! 待って待って死ぬ死ぬ死ぬッ!」


 目を開けているのも辛いほどの速さで観客席の上を滑空していく。


 セレスの狙いは的確で進行方向にはあの人狼が居た。


 いや、このままだと正面衝突して本当に死ぬんだけど?!


「あー、もうッ! こうなったらヤケクソだッ!」


 人狼の目の前まで来た瞬間、俺はセレスの腕の中から飛び出し――


「クソッタレがぁぁぁ!!!」


 人狼の顔面めがけてドロップキックをした。


 飛び出した時の速度もエネルギーに変わったお陰か、人狼は大きく後方へ吹っ飛び壁に叩きつけられる。


 しかし、それは俺も同じだった。


「うがッ」


 俺は勢いを上手く抑えることができずに床に体を打ちけられる。


 その衝撃のせいで意識を失うのであった。


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