第17話
【セレス視点】
主神様から使命を告げられ、未来が記されている本を渡された後。
「その殺害対象の名前は――速水律といいます」
主神様は、私にそう告げた。
普通の人間の高校生……だが、彼にはとんでもなく大きな奇跡を起こせる資質があるらしい。
彼は、一年後、とある理由で憎しみを抱き、途轍もなく大きな願いで世界を簡単に滅ぼしてしまうほど強力な魔物を生み出すのだという。
そのため、速水律が魔物を生み出す前に彼を殺す。
それが、使命の詳細であった。
「わかりました、その使命謹んでお受けいたします」
何も知らない人間を殺すのは、少し心が痛むが、世界のためなら仕方がない。
私は、律を殺すという使命を、受けた。
『では、後ろの扉をくぐれば並行世界へ転移できますのでよろしくお願いしますね? 我が娘よ』
主神様は微笑みながらそう言うとどこかへ去っていく。
私は主神様と主神様の愛人である天使がまぐわって生まれた半神。この事実は私と主神様と母以外は知らない秘密である。
ただ一人を除いて。
「あれっれー? セレスちゃん、新しい使命受けたのぉ?」
「っ?!」
突然、甘ったるい声が耳をくすぐる。
振り向くとそこには小悪魔のような薄汚い笑みを浮かべた少女が立っていた。
彼女の名はヘレディア……呪いと心を司る神だ。
「でもぉ、簡単そうでよかったじゃん! だって何の力もない人間を一人殺すだけでしょー? いいなぁー、セレスちゃんは主神様のか・く・し・ご! だから主神様から簡単な使命ばかり貰えて」
よりにもよってこの天界で最も性格の悪い神に、私たちの秘密がバレていたのだ。
そして、ヘレディアはこの秘密を盾にいつも私を揶揄ったり、嫌がらせしたりしてくる。
恐らく、ヘレディアは主神様のことが好きだから、愛人の娘である私が気に食わないのだろう。
「何か用でしょうか……ヘレディア様」
「えぇー! セレスちゃんも半分は神なんだから、そんな堅い言い方しないでよぉー」
「お願いします、ヘレディア様、その秘密がバレると私だけでなく主神様も困ります……あまり、大きな声で言わないでください」
すると、私の言葉を聞いたヘレディア様は顔をしかめ――
「チッ……一々正論言ってくんなよ」
神としてあるまじき口調でそう言った。
「あーあー、セレスちゃんが真面目すぎて萎えちゃったぁ! そんな真面目なセレスちゃんにはぁ……こぉーんな甘々な使命じゃ物足りないよねぇ? 確か殺す対象の名前は速水律って言うんだっけぇ?」
「何をおっしゃって――」
刹那、目の前にヘレディア様が現れた。
ヘレディア様は手を私の胸に伸ばす。
「ぐっ……!」
その手が胸触れた瞬間、息が苦しくなった。
一体、何を……?!
「な、何を……したん、ですか」
『何って、大したことじゃないよー、ただ私はもっとドキドキハラハラする使命になるように、ちょーっと呪いを二つかけてあげただけだよぉ』
「呪い……?! それも二つ……」
『そっ、ターゲットである速水律を殺すとセレスちゃんも死んじゃう呪いと、速水律を一年以内に殺せないとセレスちゃんが死んじゃう呪いを……ね?』
「天界での能力使用は禁止されてる……ッ!」
『あははっ、バレなきゃ犯罪にはならないのー』
くっ……ヘレディア様は呪いの神であるだけあって彼女の呪いはマギアローズの力程度では解呪できない。
はやく主神様や医神様に治してもらわないと……!
私は急いでこの場から離れようと翼を羽ばたかせた。
――が、それを見過ごすほどヘレディア様は馬鹿じゃなかった。
突然、私の首が掴まれる。
『おっとっと、逃げるなんてナンセンスだねぇ……ほーらよっと!』
そして、ヘレディア様は第四十六世界に繋がる扉へ視線を移す。
「待って、それだけは――」
『んじゃあ、速水律を殺すと自分も死ぬ呪いを楽しんでねぇー!』
抵抗虚しく、私は第四十六世界に繋がる扉へ放り投げられた。
ターゲットを殺しても殺さなくても呪いで死んでしまうという詰み状況。
それが、私の状況だった。
人間界に降り立って最初にした行動は、速水律の監視と情報収集だ。
私は透明化のマギアローズを使って、彼の部屋に潜入した。
「(速水律……あの人が世界を滅ぼす魔物の願い主?)」
私は主神様からいただいた本に載っている写真と実際の彼を見比べながら呟く。
普通の人間のようにしか見えないが、あんな人が世界を滅ぼすほど強力な魔物を生み出すの……?
私は彼の部屋の中でじっと律のことを観察する。
今ここで彼を殺せれば楽なのだが、そうするとヘレディア様の呪いで私が死んでしまう。だから、どうにかして私は呪いを解呪してから彼を殺さないといけない。
「行ってきます」
どうやら、彼は外へ出かけるらしい。
制服? と呼ばれるものを着ているあたり、学校へ行くのだろう。
私は彼の後ろにピッタリと張り付いて家の外へ出ると、彼の後をつけ続ける。彼は道中で誰かと会ったりせず一直線に学校へ向かっていた。
そこまでは何の異変もなかった。
――ガラガラ
彼は教室の扉を開くと、誰とも話さないどころか、誰とも目すら合わせずに自分の席へ直進。
そして、席につき荷物を横にかけるとすぐさま突っ伏し始めた。
「(友達、いないのかな……?)」
いわゆるボッチと呼ばれるやつだろうか。
重要かもしれないので、私は本の空白にメモした。
「帰りのホームルーム始めるぞー」
なんと、彼は学校から帰る時間になっても一回も人と喋っていなかった。
少し異常だが……一人が好きなタイプというのは少なからずいるものだ。かくいう私もそういうタイプだし……。
「(まあ……いっか)」
私はそれからも彼の後をつけづけたが、あまりにも変化がないので少し飽きてしまった。
「(何か飲み物……飲みたいな)」
すると丁度よく、たくさんの飲み物が入っている機械が目に入った。あれは確か、自動販売機と言うんだっけ……?
「(お金入れると、飲み物が出てくるのかな……?)」
財布を取り出し中身を確認すると、中には百円玉が二枚入っていた。なけなしのお金だけど……喉が乾いているので仕方がない。
私は二百円を自動販売機に入れ、飲み物を選ぶ。どうやら、お水からお茶、オレンジジュースまで色々あるようだが……どれにしようか。
そうやって悩んでいると、一つの飲み物が目に入った。
「(なにこれ……こーら? 不思議、色が真っ黒……)」
私は好奇心でその飲み物のボタンを押してみると、取り出し口から真っ黒な飲み物が出てきた。
早速、それを飲んでみると――
「(なにこれ……しゅわしゅわしてて甘くて美味しい……)」
これがこの世界のジュースなのか……。凄く美味しい。
「あれ……売り切れてる?」
聞き覚えのある声が耳に入り、振り返ると、律が自販機の一点を見つめながらそう言っていた。
彼の目線を追うとそこにはコーラの下に表示された『売り切れ』という文字があった。
どうやら、私が買ったコーラで最後だったらしい。
「仕方ない、別の場所に行くか……」
彼は別の自販機へ歩いて行く。
「(ちょっと申し訳ないけど……しょうがない)」
私は少し罪悪感を感じつつ、ちびちびとコーラを飲んでいく。
そうして、私がコーラを飲み終わり、再び彼のことを追おうとした時だった。
――ファァァン!
思わず耳を塞いでしまうほど大きな警笛の音がした。
「(な、何?!)」
私は急いで振り向くと、キィィィと音を立ててながら急停止する電車が視界に映った。
もしかして……いや、流石にそんなことはないだろう。
だって、もしもここで彼が轢かれていたら、世界を滅ぼした魔物の元凶にはなっていないわけだし。
しかし、そう考えても胸騒ぎが止むことはなかった。
「だ、大丈夫……だよね」
私は全容を把握するために、上空から線路を見下ろす。
一言で言うと、それは惨状だった。
血まみれになった線路、鼻を突く血の独特な鉄の匂い……人が轢かれたことは確かのようだ。しかし……一体誰が?
目を凝らすと電車の数メートル先に人のような何かが見えた。
「(嘘……まさか、あれって――)」
私は高度を下げ、その人に近づくと……私は確信してしまった。あれが速水律であることを。
「(あ……私の行動のせいで、未来が変わっちゃったんだ……)」
本来、律はあそこでコーラを買い、自販機の近くで電車を待つはずだった。
けれど……私があそこの自販機でコーラを売り切れにしてしまったせいで、別の自販機まで歩くことになり……結果、不幸にも魔物の標的になってしまったのだ。
「(ど、どうしよう……彼が死んでたら私も呪いで死んじゃう……!)」
とりあえず、彼の胸に手を当ててみる。
すると、まだ心臓は動いていた。良かった、まだ彼は生きている。
私は急いで転移のマギアローズで律を彼の部屋まで転移させた。
そして、すぐさま治癒のマギアローズを取り出し、彼に嗅がせる。すると、彼の体の傷はみるみるうちに塞がっていった。
「(良かった……ギリギリ助かったみたい)」
律の制服はボロボロになってしまったが、体は傷跡が一つもないくらいまで回復させることができた。
「(じゃあ……私は引き続き監視を続けよう)」
そう思って透明化のマギアローズを取り出したその時――一つの考えが頭に浮かんだ。
「(……彼にも協力して貰えばいいんじゃ……)」
どっちにしても、電車に轢かれたのに無傷なことに疑問を持たれる。
なら――いっそのこと、私が蘇生したと嘘をついて、私のために働いて貰えばいいんじゃないだろうか。
もしも、彼に魔物を倒してもらえば魔物が倒された時に放出されるエネルギー……願力を集められる。
願力は集めれば莫大なエネルギーになる。それを使えば、神の呪いを解呪することだって、できるはずだ。
「(うん……そうしよう。……最もらしくするために、完全に蘇生するためには一万SPが必要って嘘でいいや)」
そういうわけで私は律に質問された時に答えたのだ。
『律が今持っているのは、私が授けた一年で消える仮の命』という嘘を。
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