第16話

 ――ピンポーン


 俺は速まる鼓動を抑えながら自分の家のインターホンを鳴らしてみる。


 しかし、中から返事はなかった。


「あれ……? 開いてる」


 ダメ元で扉を開けてみると、扉は何の抵抗もなく開いた。


 もしかして、この家を出て行ったのか?


「セレス! 居るか?」


 俺は大声で呼びかけてみるも、またしても返事はない。


 不味い、この家を出て行ったとしたら翼で自由に飛べるセレスを探すのは至難の業だぞ?!


 俺は大慌てでリビングに突入すると――


「セレ……ス?」


 リビングには誰も居なかった。


「ど、どう……なってんだよ?」


 頭の中のサイレンが鳴り止まない。


 俺はリビング以外にもトイレやキッチン……あまつさえクローゼットの中など家中のありとあらゆる場所を探した。


 しかし……どこを探してもセレスの姿はなかった。見つかったのは――テーブルの上に置かれた一枚の手紙だけだった。


「なんだよ……これ」


 俺は、恐る恐る、その手紙を開いた。


『花宮律へ ありがとう。さようなら』


 手紙には、そう書かれていた。


 花宮……? セレスは俺の苗字は速水だと知ってるはずだろ?


 一体、なんの意図が……。


「とにかく、セレスを探さないと……ッ!」


 あいつには寝床もお金もない。


 行く場所なんて、どこにもないはずだが……。


「考えても仕方がない……そこまで時間は経ってないんだし、遠くには行ってないはずだ」


 俺は急いで家から飛び出した。


「一体、どこに行ったんだよ……」


 考えろ、セレスならどこに行く? 


「もしや――」


 俺は急いで思いついた場所に向かう。


 頼むから……最後に一度だけ、セレスに会わせてくれ……!


 俺はそう懇願して――再び自分の家の扉を開けた。


 そして、できるだけ速くリビングへ向かう。


 俺の予想が当たっていれば――


「――り、律……?!」


 そこには純白の翼を広げて、無色のバラを握りながら、何か祈るセレスの姿があった。


 その上、彼女の体は眩く発光していた。


「セレスっ!」


 俺は急いでセレスの元に駆け寄ると、彼女の肩を掴んだ。


「どうして……さっき外に行ったんじゃ……」


 セレスは狐に包まれたかのような表情だった。


 俺はさっき、すっかり忘れていたのだ、セレスには透明化のマギアローズがあることを。


 その証拠にさっき、ソファーには明らかに人が座っていた跡が残っていた。


「なあ……どうして、俺から隠れたんだ?」


「そ、それは……」


 セレスは咄嗟に目を逸らし、俺から距離を取ろうと後ずさった。


「セレス……何か、俺に隠してることあるだろ」


「な、ない……というか、どうして、私を探してるの……?」


「そんなの……俺が、まだ、セレスのことを疑いきれてないからに決まってるだろッ!」


 裏切られるのは怖い。


 人のことは信じたくない。


 だからこそ――この数年間で、唯一信じられたセレスを、まだ信じていたいと思うのは悪いことだろうか。


「ッ……」


「さあ、答えてくれ……セレスの使命は俺を殺すことなら、どうして俺の命を何回も助けた?」


「……」


 セレスは無言を貫き通す。やっぱり、俺には言えない事情があったのだろう。


 俺は、なんとしてでも聞き出そうと詰め寄る。


 すると、彼女は諦めたようにため息をついた。


「……なんで」


「え?」


「……なんで律は……私に失望してどこか行ってくれないの……」


 それは質問ではなかった。


「そしたら……律は平和に命の危険にさらされる事もなく、生きていけるのに……」


「セレス。頼むから、隠してることを全部言って欲しい」


 俺は、彼女の肩を掴み、逃げられないようにする。


 そして、じっと瞳を見つめた。


 すると、セレスは諦めたように、ゆっくりとその重たい口を開いた。


「……私がさっき言ったことは全部本当。私の使命は律を殺すこと」


「ッ……」


「でも、同時に私には一つの呪いが課された」


 セレスは諦めたように俺の瞳を見つめ返すと――


「律を殺すと……同時に、私も死んでしまうっていう呪いが」


「じゃあ、セレスの目的は……」


「私の目的は、律を利用して魔物を殺させて、集めたSPで呪いを解呪。そして、律を殺す……ことだった」


「ッ……?!」


 俺にやたらと過保護だったのは、そのせいか。


 確かに、自分の命がかかっているとなれば、必死に守ろうとするもんな……。


「どう? これで疑問も晴れたでしょ……? 私は、結局、律を利用して最後にはあなたを殺そうとしてる」


「……本当に、本当にそうなのか?」


 おかしいのだ。


 俺を本当に利用したいのなら……まだ、SPが大して集まってない今、俺に使命を明かすのは逆効果。


 逃げてくれと言っているようなものだ。


 セレスはどうして、そんなことをしたのだろうか。


「本当に、それだけなのか? じゃあ、どうしてそれを今、明かした? じゃあ、あの手紙の意味は? じゃあ、どうして――さっき儀式のようなことをしていたんだ?」


「ッ?!」


 絶望したような、呆れたような表情と共に、セレスはぺたりと力なく床に座り込んだ。


「なんで……なんで?」


 いつもの無感情とは打って変わった、悲痛な声だった。


「なんで……律は、私のことを見限ってくれないの……」


「ッ……それは……」


「あんなに裏切られるのが嫌いで、人を信じたくない律が……どうして、私のことをそんなに信じてくるの……」


 まるで、俺に見限られることを求めているようだった。


「それは……裏切られるのが嫌だからこそ――俺は、セレスの裏切りを信じられなかったんだよ」


 俺は、床に腰を下ろし、彼女に目を合わせると――


「セレスを最後に……信じたかったんだ」


 そう告げた。


 すると、セレスはゆっくりと両手を開いた。


 手の中には無色のマギアローズが握られていた。


「さっきもそれを握ってたが……一体、そのマギアローズの能力はなんだ?」


「これは……万能のマギアローズ。どんな願いでも叶えることができる全能の力」


「なッ……」


「ただし、使うと代わりに……使用者の命が消える」


「ッ?!」


 それを……使おうとしていたというのか?!


 どうして? なんのために?


「もしかして……自分だけ犠牲になろうとしてないか?」


「ッ……?!」


 さっきの手紙も変だ。


 まるで、俺の名前を変えようとしているような……。


「……」


「だんまり……か? いいぜ、今まで何個も願いを推理してきたんだ……理由くらい、当ててやるよ」


 ヒントは二つ。


 なんでも願いを叶えられる万能のマギアローズを使おうとしていたこと。


 手紙での『花宮律』という名前。


 俺の家に置かれていた以上、手紙は俺以外に向けて書かれたものではない。


 つまり――


「俺の名前を、花宮律に変更しようとした……?」


「なんで……そんなに鋭いの?」


「そりゃあ、今まで何個も願いを推理してきたからな! ……それよりも、どうして俺の名前を変更しようとしたんだ?」


 すると、セレスは深いため息をついた。


 そして、諦めたように話し始めた。


「律は……未来、世界を滅ぼす魔物を生み出す」


「……は?」


「だから、律は天界で指名手配されてるの……私が殺さなくても、いずれ誰かに殺される」


 俺が……世界を滅ぼす?


 天使や神から指名手配されている……?!


 すると、セレスは震えた声で話を続けた。


「だから……そんなあなたのことは利用するだけ利用して、殺すつもりだった」


 セレスは、「でも」と言うと――


「話していくうちに、一緒にご飯を食べたり、魔物を討伐したりしていくうちに……この人はただ、世界に裏切られて歪んでしまっただけの普通の人なんだって気づいた……」


 震えた声に、涙が混じっていく。


「それで、気づいちゃった……こんな人を殺すくらいなら……どうせ呪われてる私が死んだ方が絶対にいいって」


「だから……俺の名前を変更しようとしたんだな?」


 こくりと、セレスは頷く。


 つまりは、指名手配犯の名前を変更し、もう狙われなくしようとしたわけだ。


 セレスは俺を裏切ろうとしていた。俺は彼女に裏切られるはずだった。


 けれど……セレスは優しくて、それができなかった。


 俺は……セレスに裏切られたわけではなかったのだ。


 むしろ……自分の命よりも大切に思われていたのだ。


「ありがとうな……」


 俺は、彼女の手をぎゅっと握る。


 手は、普通の少女のように暖かかった。


「……どうして?」


 セレスは降り出す雨のように、ポツリと言葉を漏らした。


「どうして、律は私のこと、嫌いにならないの……? 律が私のことを嫌いになってくれれば……私が犠牲になっても、律は悲しまないで済んだのに……」


「……多分、俺はセレスに救われてたんだと思う」


「そんなことない……律が電車に轢かれたのは、私の安易な行動のせいだった」


「――違う、それじゃないよ」


「……?!」


 轢かれた時の怪我を治療してもらったことなんかじゃない。


 もっと、俺にとって大事なこと。


「学校でも家でもどこでも一人ぼっちで誰も信じられなかった俺を――セレスが必要としてくれたことが俺は、嬉しかった」


 俺は、過去を思い出しながら、話を続ける。


「俺の作った料理を本当に美味しそうに食べてくれるのが嬉しかった。マギアローズで俺の手助けをしてくれるのが嬉しかった……セレスが俺の心の硬い殻を破ってくれたんだ」


 今まで、ずっと疑問だったのだ。


 どうして、誰も信じたくない、誰とも親しくなりたくない俺が、セレスの言葉をあんなに信じて、一緒に魔物討伐したり、料理を作ってやったり、ゲームをしたりしたのかと。


 それは全部――俺がセレスに救われていたからなのだ。


「わ、私は、元々、利用しようと思って近づいただけ――」


「――動機なんてなんでもいいよ。結果として――セレスに、俺は救われた」


 俺は、「だから」と付け加える。


「俺は、許せない」


「……」


「セレスが自分だけ犠牲になって、俺を救おうとしてることが……許せない」


 拳をぎゅっと握りしめる。爪が手に食い込んで、痛い。


「わざと俺に嫌われるような情報だけ言って、勝手に死なれて……それで俺が満足すると思ってるのか?」


 彼女は、驚愕で目を見開いていた。涙で輝く綺麗で儚い碧眼だ。


 俺はセレスの目をじっと見つめると――


「俺は……俺は、何にもないんだよ……セレスと会わない時までは良かった……一人でも十分満足して生きられてた……けど、俺は知っちゃったんだよ……誰かを思いっきり信じて、そいつと苦楽を共にしていく生活の楽しさを……ッ!」


 絞り出すように、悲鳴をぶちまけた。


 自分でも今まで気がつかなかった心の悲鳴を。


「なあ……頼むよ、セレス……俺を置いてどこかに行かないでくれ……」


 そしたら俺は……多分、壊れてしまうだろうから。


「……ごめんなさい」


 長い沈黙が過ぎた後。


 セレスは、心底申し訳なさそうに頭を下げた。


「確かに……取り残すようなことをするのは良くなかった……」


 セレスは、涙を拭うと、「でも」と付け加える。


「このままだと……私も律も、両方とも死ぬことになる。それくらいなら、どっちか片方が――」


「――なわけないだろ」


 そんな未来で――誰かと関わる幸せを知った俺が生きていけるわけがないのだ。


「なら、一緒に全部を回避できる方法を探せばいいんじゃないのかよ……」


「律の名前を変えるって言うのは……神を欺くのと同じこと。簡単にはできない……」


「で、でも! SPを集めたら神の呪いを解呪できるなら、俺の名前だって変更できるんじゃないのか?」


「……私一人じゃ、魔物は倒せない」


「なら! 今まで通り、俺が手を貸す! 願いを推理して、願滅銃でいくらでも魔物を倒す」


「……そ、それだと律が前みたいに死んじゃうかもしれない……」


 もしかして、セレスはこの前、俺が死にかけたのを気にしているのか?


 だから、俺に自分を嫌ってもらい、魔物討伐から離れさせようとしたんじゃ……。


「はあ……」


「……? どうしてため息?」


「あのなぁ……命の危険くらい、別にいいんだよ……俺が目指すはセレスと俺の両方が生き残る未来だ。多少のリスクなんて、気にしちゃいない」


「で、でも……」


「でもじゃない。この世界に取り残されるくらいなら、死んだ方がマシだよ」


 実際に……さっき、俺は死のうと考えていたし。


「じゃあ、これで決まりだな? 俺たちは自己犠牲をせずに、魔物を倒しまくって指名手配から逃れる! いいな?」


 セレスは、しばらく沈黙し、何かを考えると――


「……わかった」


 諦めたように頷いた。


 そうだ、それでいい。


「でも……一個だけいい?」


「ん? なんだ?」


 すると、セレスは地面に正座する。


 そして――


「今まで、利用してて……ごめんなさい」


 土下座した。


 あまりの出来事に、俺は開いた口が塞がらなかった。


「ど、どうしたんだ? 別に謝ることなんて何もないだろ……」


 すると、セレスは静かに首を横に振った。


「私が、律を騙して利用し続けたことは変わらない……なのに、謝罪もせずにまた律の手を借りるなんて……私が許せない」


「別に、それくらい、気にしないでもらっていいんだけどな……」


 始まりや動機がなんであれ、結局、俺はセレスに助けられたのだから。


「とにかく、顔を上げてくれよ……申し訳なく思うなら、これからの働きで返してくれればいいからさ」


「ん……ありがとう」


 顔を上げたセレスの目は、涙で赤く腫れていた。


「ああ、でも……もう隠し事はやめて欲しい」


「勿論……私の知っている情報は、なんでも話す」


「あはは……ありがとう。じゃあ、早速質問させてもらってもいいか?」


 セレスはこくりと頷いた。


「俺が指名手配されるに至った経緯と……あと、どうしてセレスが俺を殺すと死ぬっていう呪いをかけられているのか……教えて欲しい」


 俺はずっと気になっていたその二点を質問した。


 すると、セレスは静かに語り出した。


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