第14話
「――ほんっとうに、ありがとうございますっ!」
メイド服に身を包んだ女性は、俺たちに深々と頭を下げた。
「まさか、危ないところを助けてもらうだけじゃなくて、魔物も討伐していただくことになるだなんて……面目ないです……」
「いえいえ、お互い様ですよ。俺もあなたが居なければ、死んでいたでしょうし」
「ん……律を助けてくれて、ありがと」
「いえ! 魔対として市民を助けるのは当然の義務ですよ!」
やっぱり、この人、魔対だったのか。
「もしよろしければお礼させて貰えませんか?」
すると、彼女はそう言い出してきた。
「いやいや、お互い様ですし、気にしなくていいですよ」
「でも、魔対として一般市民に助けられたのなら、お礼くらいはさせてください!」
「まあ……そこまでいうなら……」
すると、彼女は満足したのかニコリと微笑み、一枚の名刺を手渡してきた。
「何かあったらこの電話番号にかけてください」
「これは……」
名刺には『魔物対策委員会神奈川支部所属』という単語と共に『三月六花』という名前が書かれていた。
「もしも、今後、あなたが魔物に襲われた時、この電話番号にかけてください。優先的に救出に向かいます」
「お、おお……ありがとうございます!」
それは、かなり助かる。俺はSPを集めるために、これから沢山の魔物と戦うことになるわけだし、保険はあるに越したことはない。
「でも……そんなの悪いですよ。今回はお互いに助けられたわけですし――」
その時、パトカーのサイレンが耳をつんざいた。音のした方向を向くと、一台のパトカーがこちらに近づいてきていた。
「大丈夫ですか?」
パトカーから現れたのは、警察服を着た一人の女性であった。すると、sさんは、女性に駆け寄っていく。
「黒岩次長! ど、どうか致しましたか?」
「……他の仕事の帰りに、偶然通りかかったら、やけに騒がしかったので寄ってみたのですが……杞憂だったみたいですね」
髪を肩までで切り揃えたクール系の彼女は、周りを見渡しながらそう言う。
……もしかして、この人はメイドさんの上司なのだろうか?
「はい……この青年の協力もあって、なんとか魔物を討伐することができました!」
「そうなのですか……初めまして。私は魔物対策委員会――いわゆる魔対の神奈川支部次長、黒岩と申します」
「え、えっと……速水律です」
「速水さんですね。この度は、魔物討伐にご協力いただき、ありがとうございます」
黒岩さんは、そう言いながら、深々と頭を下げた。
「い、いえいえ! 俺こそ三月さんに助けられたので、お礼なんて必要ないですよ!」
「――いえ、それでは魔対の名が廃れます!」
俺が遠慮した瞬間、三月さんはガシッと俺の手は掴むと――
「一般人に異能力者である私たちが助けられるのと、私たちが一般人を助けるのでは全然違いますって!」
三月さんは、有無を言わせぬ勢いで俺に迫ってきた。
「わ、わかりました、わかりましたから! 是非、困ったときは魔対に電話させてもらいます!」
「本当ですか!」
三月さんは頭を上げるとパアッと顔を明るくする。流石にこんなに頼まれたら俺には拒否なんてできなかった。
「では、楽しみに待ってますからね!」
そう言いながら三月さんは、黒岩さんと共にどこかへ去っていった。
いや、俺が電話するのは俺が困った時なんだから楽しみに待たれていても困るんだけどな……。
「じゃあ、律……私たちも帰ろ?」
すると、セレスが手を引っ張ってきた。
「ああ、そうだな、帰ろうか」
あれ? そういえば、セレスはどうして俺がピンチなタイミングで都合よく助けてくれたのだろうか?
まあ……偶然、だよな?
俺は、疑問を追い払うように頭を振るとセレスと、帰宅するのであった。
「ん……美味しい……やっぱり、ハンバーグが一番」
セレスは、恍惚とした表情を浮かべながら、パクパクとハンバーグを食べ進めていく。
「ったく……これで、さっき助けてくれたのはチャラだからな?」
「ん……」
こくりと小さく頷くセレス。
もしセレスが来てくれなければ、俺は死んでいたことだろう。ハンバーグはそれへの感謝だ。
すると、ハンバーグを食べ終わったセレスは、俺へ咎めるような視線を向けてきた。
「でも……律、危険な行動しすぎ……もっと自分の命を大事にして」
「意外だな、セレスが心配してくるなんて」
「私はいつも律が危ない目に遭わないか心配してる」
「なんだそれ、絶対に嘘だろ」
ただの協力関係の人間を、そこまで心配するものか?
俺は、少しの違和感を感じた。
「む……だって律の命は私があげたもの……それを無碍に扱われたら嫌、でしょ?」
「まあ……それはそうか」
セレスはいつも俺のことは気にしていない様子だから、てっきり死んでもいいや、みたいなスタンスだと思っていた。
案外……彼女は俺のことを考えてくれているのかもしれない。
「でも、今回のことに限っては仕方がなかったんだ……実は、柚があの魔物に襲われててさ……」
「柚が……?! そっか……そういえば……」
セレスは、顎に手を当て、一人で何かに納得していた。
「どうしたんだ?」
「ん……こっちの話。でも、買い物にしては律、長くなかった?」
セレスの鋭い視線が俺に突き刺さる。
「へ?」
「私が律を探しに行ったのは、律が買い物に出かけた一時間半後……流石の律でも、あの強力な魔物と、そんなに長い時間、戦えない」
「そ、それは……魔物に接敵するまで、買い物してて……」
「でも律、買い物袋持ってなかった……よね?」
「ッ……」
なすすべ無し。
俺の嘘は全て、セレスに見破られていた。
「ねえ、律……それまでの間、何してたの?」
「い、いや……べ、別に、何してたって俺の自由だろ!」
「ふぅん……?」
セレスは全てを見透かすような碧眼で、じっと見つめてくると――
「魔物、探してたの?」
心を読んだかのように、そう言った。
「な、なんで……わかるんだよ……」
「律の考えることくらい、全部お見通し」
「ッ……?!」
おかしい。
俺たちはまだ、関わって二週間なんだぞ? それなのに――俺の思考パターンをもう、理解したというのか?
今までも変だと思っていたが……あまりにも、セレスが知っていることが多すぎる。
「なあ、セレス……何か、俺に隠してないか?」
「――その前に、今は私の話」
ぴしゃりと俺の話は遮られた。
「……わかった、セレスの話が終わったらな」
「ん……律、どうして一人で魔物討伐に行ったの?」
「そ、それは……このままだと、SPが貯まらないと思って……」
「律、焦りすぎ……まだ十一ヶ月以上ある、お願いだからもっと命、大事にして」
「で、でも! しばらくの間、魔物の数が減ってるんだろ? それなら、命を大事にして家に引きこもってる暇なんてねえよ!」
「大丈夫……いずれ、魔物がたくさん現れる時が来るから」
それは、まるで未来を全て知っているかのような口調だった。
やっぱり……おかしい。
「なあ、セレス……今までも疑問だったんだが、なんでそんなことわかるんだ?」
「ん……天使の勘」
「嘘つけよ。勘ってレベルじゃないだろ……思い返せば、おかしなことはたくさんあった」
まるで、未来を予知しているような行動はこれまでに何回もあった。
「例えば、俺たちが出会った直後、どうしてセレスは駅に行けば魔物が見られると思ったんだ?」
俺が最初に見た魔物――女の長身の魔物。
偶然、ホームに転移したら、あの魔物がいたというわけはないだろう?
セレスのあの時の行動、言葉はまるで、未来を全て予知していたかのようだった。
「そ、それは……」
セレスは言いづらそうに言い淀む。
今度は、セレスが詰められる番だ。
「それに、運転手の魔物もだよ……どうして、運転手さんが魔物を生み出しているってわかったんだ?」
「ま、マギアローズ、マギアローズを使った」
「それ、嘘だろ? セレスは音を収集するマギアローズで生物を探知できたとしても、普通の生物じゃない魔物は探知できないんじゃないのか?」
もしも、普通の生物のように拍動していれば、心臓の音で、探知できるのだろう。
でも、人間の願いから生まれた魔物には、果たして通常の生物と同じ構造をしているのだろうか?
おそらく――違う。
「あ……いや、それは……」
「セレス……全部、話してくれないか?」
セレスは下唇を噛み、俯く。
すると、全てを諦めたかのように力無く顔を上げた。
「私は……ほとんどの未来を知ってる」
「……どういうことだ?」
「……これ」
すると、セレスは一冊の本を取り出した。
大きさは文庫本くらいだ。
「これには、本来、この世界が歩むべきだった未来が一年分、大雑把に記されてる」
「……やっぱり、そうだよな」
セレスは未来が見えている。そうであれば、今までの不可解な行動全てに説明がつく。
しかし……同時に、未来が見えているとしたらおかしな点も多く見つかる。
「なあ……本来、この世界が歩むべきだった未来ってなんだ?」
「この世界の一部は、本来の運命から外れた……私というイレギュラーが介入したから」
セレスは自身の胸に手を当てながら、そう告げた。
本来の運命? イレギュラー……?
なんだ? 一体、どういうことだ?
「つまり、私が律と関わらなかった場合の未来がわかる」
「……なるほど」
そう思うと、おかしな点にも説明がつく。
駅で生まれた魔物も、運転手さんもセレスが居ようが居まいが発生したものだ。
だから、セレスはその存在を予知できたということか。
「どうして、そんな大事なことを隠してたんだよ。それがあったら、いつ、どこで魔物が生まれるか……それに、原因となった願いだって――」
「――それは無理。この本には大雑把にしか未来が書いてない……つまり、いつどこで何が起こるかはわかっても、理由や原因はわからない」
つまり、超細かい時系列表のようなものか。
事細かに出来事が記載されているが、あくまで時と場所と出来事しか書かれていない。
「だとしても、どうして、今まで共有してくれなかったんだよ……」
「それは……ごめんなさい」
「っ……」
ああ、ダメだ。
気づいてしまった……セレスはまだ、何かを隠している。
「なあ……セレスの目的は一体、なんなんだ? 本当に、魔物の討伐が使命なのか?」
「っ……あ、当たり前。じゃなきゃ、律と協力してない」
「じゃあ、どうしてその本の存在を隠してたんだよ……魔物を討伐するなら、俺に未来が見えることを明かした方が、やりやすくないか?」
そっちの方が変な疑念も生まれないし、作戦も段違いに立てやすい。
なのに……どうして。
「……もう……隠せない……か」
全てを諦めたような口調だった。
――そうして、セレスはその重い口を開けた。
「……律の言う通り……私の使命は魔物討伐なんかじゃない」
「ッ!? やっぱり……」
俺は、思わず後退りする。
また、裏切られたのだ。
今までずっと、嘘をつかれていた。
「なあ……本当の、使命は……なんなんだ?」
声が震えていた。
どうしてだろうか。こんな天使なんて、どうでもいいはずだったのに。
俺の心は、懇願していた。
お願いだから――本当の使命は、まだ許せるものであってくれと。
折角、仲良くなれた――否、仲良くなってしまった彼女に、裏切られたくないと。
けれど、そんな願いは叶わなかった。
「私の使命は――律を殺すこと」
セレスが言い放った、次の一言によって、願いは絶望に塗り替えられた。
「……ど、どういうことだよ」
「どういうも、こういうもない……私は一年以内に律を殺さないといけないっていう使命を課されている」
「……じゃ、じゃあ! 俺を蘇生したのはどうしてなんだよ!」
裏切りを受け入れられない俺の頭は、必死に矛盾を見つけ出す。
俺を殺すことが目的なのであれば、蘇生したことに説明がつかないのだ。
「蘇生? 勿論、あれは嘘……私、律のことを蘇生なんてしてない」
「嘘……だよな」
「ううん、あれは全部、律を利用するために言った嘘」
「ぁ……」
その矛盾は――最後の希望は、一瞬で潰えた。
冷や汗が背中をツーッと流れる。
思わず、後ずさる。
今まで忘れていた絶望が――俺の心を再び、支配する。
セレスはそんな俺を、無表情でじっと見つめていた。
それが俺の絶望と恐怖をさらに加速させていく。
「化け物……じゃないか」
気付けば俺は、家の外へ逃げ出していた。
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