第13話

「せ、セレス?! どうしてここに……?」


 そう、セレスは俺の襟を掴み、翼を使って空中へ引き上げてくれたのだ。


「ん……あまりにも帰りが遅いから、様子を見にきた……治療、必要?」


「い、いや……大丈夫。セレスが助けてくれたおかげで、怪我はしてない」


「なら、良かった」


 セレスは、目下の魔物に視線を向けると、驚愕で目を見開いた。


「あれ……特殊個体?!」


「特殊個体?」


 さっき、メイドさんも言っていたが、特殊個体ってなんだ?


「魔物の中でも異能みたいな特殊な能力を持っている個体のこと……律、あれと戦ってたの……?」


「ああ、とはいっても前半は異能を使える、あのメイドさんが戦っていたんだけどな」


 あれ? そういえば、メイドさんは大丈夫なのだろうか。


 俺が視線を移すと――


「不味いッ! 標的を失った魔物がメイドさんに向かってる……」


 あのままだと……殺されてしまう。


「律……あれは無理。私たちだけでも逃げた方がいい」


「ッ……」


 確かに、そうかもしれない。


 けど……信じる信じないの前に、人間として今から殺される人間を見殺しになんて出来なかった。


「セレス……あいつの特殊能力は、ある言葉を聞いた人間一人を動けなくするってものだ。解除のためには、額の宝石を壊す必要がある」


「だとしても無理。今の律には、特殊個体は早い……今まで通り、雑魚敵から少しずつ慣らしていくべき……」


 セレスは「万が一、律が死んじゃったら……」と心配するような声を漏らす。


 ただの協力関係である俺が死ぬのが、そんなに嫌なのか?


「……わかった。でも、一つだけやらせて欲しいことがある」


「……何?」


「一発だけ、願滅銃を撃たせてほしい」


「……空中からなら」


「よしっ……!」


 魔物との距離は約十メートル。狙う宝石は豆粒のように小さく見える。


 刹那、メイドさんに近づいた魔物は、前足を振り上げ、命を刈ろうとする。


 ――今だッ!


 パァンと乾いた音と共に、直径九ミリの銃弾が発射。


 異能で作られた銃弾は風の影響を受けず、真っ直ぐ進んでいき――


『ヴヴヴヴヴッ?!』


 宝石を木っ端微塵に砕いた。


 同時に、メイドさんは一瞬で掻き消えると――


「さあ、お仕置きの時間ですっ!」


 刹那、突如として現れたメイスが魔物の頭を大きく変形させた。


 魔物は、そのままどこかへ吹き飛んでいく。


 メイドさんは、それを追い始めた。


「律、凄い……この距離であんなに小さな宝石に当たるんだ……」


「願滅銃のおかげだよ」


 願滅銃は、体力をエネルギーに変換して発射しているため、実体がなく、空気や風の影響を受けなかったことが幸いだった。


「なあセレス、提案があるんだが、いいか?」


「ん……一つだけって言わなかった?」


 セレスは不機嫌そうに眉をひそめる。


「い、いやぁ……そうだっけ? なあ頼むよ、一生のお願いだッ!」


「……まずは要件を言ってみて」


「魔物の対処はあのメイドさんがしてくれていることだし……この間に願い主を見つけられないか?」


「ッ?! り、律、さっき私が言ったこと、覚えてる? あれは特殊個体……今の律には早い」


「でも、それだけあって得られるSPは多いんだろ?」


「それは……そうだけど……」


「大丈夫だよ、別に直接戦うわけじゃないんだ……それに、魔物がこっちにきたら、マギアローズで逃げればいいだろ?」


「……五分だけ。五分だけなら」


 よしッ! それだけあれば、十分だ。


『ミンナ……シンデシマエ』……恐らく、それが魔物の原因になった願いだ。


 であれば、あの魔物が無差別的に攻撃をしかけていることにも説明がつく。


「そうだ、セレス……周りに人が居ないか、探せるマギアローズはないのか?」


「……ある」


 セレスは紫色のマギアローズを取り出す。


 同時にマギアローズは紫色の光を発した。


「初めて見る色だな……」


「これは、音のマギアローズ……周囲の音を収集できる」


「音? それで何がわかるんだ?」


 すると、セレスは俺の胸に視線を向けた。


 胸……? ああ、そうか!


「心臓の音か!」


 セレスは、コクリと頷くと、紫色のマギアローズを鼻に近づけた。


「……周囲の心拍は計五つ……律とさっきのメイドさんを除けば、あそこのコンビニから三つ聞こえてくる」


「じゃあ、コンビニに向かってくれ!」


「わかった」


 セレスは徐々に高度を下げていき、コンビニの前に降ろしてくれた。


 俺は、願滅銃を構えながら、すぐさま店内に駆け込んだ。


 店内に入ると、中には、一人の店員と二人の客が居た。


 しかし――


「ッ?! い、一体、どうなってるんだよ」


 全員、地面に倒れていた。


 慌てて様子を見てみれば、全員、気を失っているだけだった。


「それは良かったけど……」


 今までの経験上、意識が朦朧としているかどうかで、願い主を判別できた。


 しかし、これだと――


「誰が犯人なのかわからない……ッ!」


 願滅銃は間違った願い主に撃つと、二十四時間、使えなくなるというペナルティが科される。


 当然、総当たりなんて強引なことはできない。


「律、落ち着いて……焦りすぎ」


「あ、ああ……そうだな。ゆっくり、推理していこう」


 俺は周囲を見渡すと、床には幾つもの商品が散らばっており、明らかに店内は荒れ果てていた。


 俺は、カウンターの近くで倒れている二人の客に目をむける。


 二人は――互いの胸元を掴みながら地面に倒れていた。


 何かが原因で、喧嘩をし、その時にもつれあって地面に倒れ、頭を打ったのではないだろうか。


 俺は両者の顔を見る。


 片方は、スーツを着た正義感の強そうな男性。


 もう片方は、髪を金色に染め、耳に幾つものピアスをつけた男性だ。


「それで、店員は……」


 店員さんの首には『津田』と書かれた名札がかかっていた。


 そんな彼は、カウンターの後ろで、壁に背中をもたれかかれせ、ぐったりとしていた。


 彼の周囲の地面には、背後の棚から落ちたであろう幾つものタバコが落ちている。


 恐らく、誰かに背後の棚に突き飛ばされ、衝撃で意識を失ったのだろう。


「あれ? ……手にタバコの箱が握られてる」


 もしかして……背後の棚からタバコの箱を取り、カウンターに置くまでの間に突き飛ばされたのか?


 となると――


「セレス、サラリーマンのポケットやカバンの中にライターがないか、探してみてくれ!」


「ん……わかった」


 俺は、金髪男のポケットの中を探す。すると、思った通り、そこには高そうなライターが入っていた。


「律……この人は、持ってないみたい」


「そうか、ありがとう! なら……わかったぞ!」


 まず、金髪男がタバコを注文し、店員がミスをした。


 そして、怒った金髪男は、店員を突き飛ばした。


 次に、それを見たサラリーマンの客が金髪男を咎め、殴り合いの喧嘩に発展。


 その際に、二人とも地面に倒れ、頭を打ち、意識を失った。


 ここまでわかれば簡単だ。


「明らかにこの二人は、喧嘩中に頭を打って、気絶した……つまり、願えない」


 喧嘩中に願った可能性も考えられなくもないが……流石に考え難い。


「つまり、犯人は――店員さんだ」


 俺は、願滅銃を店員さんに向ける。


 でも、心の中の引っ掛かりが俺に引き金を引くことを邪魔した。


 客に突き飛ばされたとはいえ……それだけで『みんな死んでしまえ』なんて願うか?


「もうちょっとだけ調べてみるか」


 俺は、カウンターを乗り越え、休憩室へ入る。


 そして、すると一枚のシフト表がホワイトボードに貼り付けられているのを発見する。


「これは……酷いな」


 シフト表は、津田という名前でびっしりだった。


 津田……さっきの店員さんの名前だ。


「勤務時間は……九時から二十四時まで?!」


 彼は、十五時間勤務を三ヶ月間、連続で行っていた。


「なるほどな……これであれば、みんな死んでしまえって願ってしまうことにも説明がつく」


 俺はセレスの元へと戻ると、彼女は不機嫌そうに頬を膨らませていた。


「律……残り時間、あと一分……」


「わ、悪い悪い。すぐに願滅銃を撃つよ」


 まだ戦っているのか、外からは激しい戦闘音が絶え間なく聞こえていた。


 メイドさんのためにも、早く終わらせないとな!


「願いは……『みんな死んでしまえ』だ!」


 俺は、願滅銃を店員さんに向け、引き金に手をかけ――


「……いや、待てよ」


 またしても、そこで指は止まった。


 一つの疑問が脳裏をよぎったのだ。


「魔物は、無差別に人間を攻撃するのに……どうして、ここにいる人たちは魔物に襲われてないんだ?」


 もしも、店員さんから魔物が現れたとして、真っ先に襲われるのは目の前の二人の客じゃないのか?


「もしかしたら……気絶してるから、既に死んだんだと勘違いしたのかも」


「そう……か」


 いや待て……だとしても、おかしい点はまだある。


「律? どうしたの……? この人が願い主なんじゃないの?」


「……なあ、セレス、さっきの魔物の横幅って……あの扉何個分あったと思っけ?」


「……? あの扉二個分はあったっと思うけど……ッ?!」


 セレスは何かに気がついたように目を見開く。


 そう、あの魔物がここを通って外に出たのであれば――扉が壊れていなければ、おかしいのだ。


「で、でも……マギアローズで探しても、周辺には五人しかいなかった……他は考えられない」


 確かにそうだ。セレスのマギアローズが間違えるはずなんてないし――


 いや、待てよ?


 ――刹那、脳に電流が走った。


「もしかしたら……ッ!」


「律? どうしたの?」


「セレス! 周囲をもっと調べてくれないか!」


「……? それはさっき、マギアローズで調べた」


「違う……ッ! セレスがマギアローズで探知したのは周辺の心臓の音だろ?! ……もしも、既に死んでいて心臓が止まった死体は探知できていないんじゃないのか?」


「ッ?!」


 セレスは、口を押さえ、目を見開く。


 つまり、願い主が既に死んでいるという可能性も、あったのだ。


「あんなに大きな魔物が生まれたんだ、きっと願い主がいた場所の周辺には、壊れた建造物があると思う……それを探してきてくれないか?」


「わかった……空を飛んで、確認してみる」


 すると、数十秒後にセレスは帰ってきた。


「律……! コンビニの後ろの壁が大きく壊れてた……!」


「後ろ?」


 後ろということは……トイレか?!


 俺は、トイレへ駆けていくと、扉には鍵がかかっていた。


 つまり――故障でもない限り、中に人がいるということだ。


 俺は、仕方がないので扉を蹴破ると――


「ッ?!」


 そこには、床に倒れた一人の少女と、大きな穴が開いた壁があった。


 そして、少女の周りには数えきれないほどの謎の錠剤が。


 俺の頭に一つの可能性がよぎる。


「オーバードーズ……」


 確かに、それであればトイレでも死ぬことができるはずだ。


「律……! この穴の大きさ、あの魔物とほとんど同じ」


「本当だな……」


 つまり、この少女が犯人で間違いない。


 俺は願滅銃の引き金に手をかけると――


「安らかに……眠ってくれ」


 発砲した。


 次の瞬間、外で鳴っていた戦闘音が、ピタリと止んだ。


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