第12話

「も、もしかして、柚?!」


「り、律さん!?」


 柚は、驚愕で目を見開く。


 嘘だろ……!? 柚が、魔物に襲われるなんて……。


「柚! 早く逃げて――」


 俺が柚に早く逃げるように言った瞬間、魔物は邪魔してきた俺を殺そうと前足を振り上げる。


「あぶねッ?!」


 咄嗟にバックステップしたお陰で攻撃は俺の鼻先を通過し、地面に突き刺さった。


 速いし、威力もとんでもない……こいつ、今まで戦ってきた魔物とは格が違うぞ……ッ!


「柚! 俺は気にせず速く逃げろッ!」


「ひゃ、ひゃい!」


 すると、魔物の後ろを柚が走って逃げていった。


 よし、これで柚を気にする必要はなくなった。


「さてと……どうしようか」


 俺は、願滅銃を構えると……とりあえず、頭めがけて一発、発砲してみた。


 しかし、返ってきたのはカキンという銃弾が弾き返される音だった。


「やっぱり、願滅銃自体は効かないみたいだな……」


 他の部位より柔らかい手や足の関節に撃ってみれば、まだ可能性はあるかもしれないが……そんな精巧な射撃能力は俺にない。


 やはり、願い主を見つけて原因となった願いを推測するしか方法はないようだ。


 俺は周りにそれらしき人がいないか探してみるが……。


「誰も……いないな」


 周りには人っこ一人いなかった。


 これじゃあ、願滅銃の能力を発揮できない。


 こうなったら――


「逃げるが勝ちだぜ!」


 俺は回れ右をし、駆け出した。


 いくらSPに困っているとはいえ、勝てる見込みのない相手に挑むほど俺は馬鹿じゃない。


 俺の全力疾走によって、魔物と俺との距離はどんどん離れていく。


『ミンナ……シンデシマエ』


 ――はずだった。


「あ、あれ……?」


 魔物が何かを言った瞬間、俺の足は動かなくなっていた。代わりにさっきの柚のように手足が震え始める。


 なんだこれ……さっきまでは恐怖なんて一切感じてなかったのに……。


 ――どうしてこんなにも、こいつのことが怖いんだ?


 魔物はそんな俺を見て、嘲笑うかのようにゆっくり俺に近づいてくる。


「く、来るな……」


 足が震えるあまり、俺は地面に尻餅をついていた。


 魔物は俺の目の前まで近づくと、その前脚を俺に向かって振り上げる。


「ははっ……」


 ヒーロー気取りをして大した力もない奴が人助けなんてするんじゃなかった……ミイラ取りがミイラになっているじゃないか。


『ヴヴ……』


 魔物が前足の鎌を俺に振り下ろす。


 俺は痛みに耐えるために目を瞑った。


 ――カキィィィン


 しかし、いつまで経っても痛みが襲ってくることはなかった。


「へ……?」


 目を開けると、そこには白と黒の特徴的な服を着た女性がいた。まるで……その服はメイド服のように見える。


「大丈夫でしょうか?」


 秋葉原のメイド喫茶から出てきたようなメイドさんは、こちらを少し振り返ると少し心配したような表情でそう言う。


 しかし、俺の目はメイドさんの顔ではなく彼女が持つ巨大なメイスに向いていた。


 あれってもしかして……異能か?!


『ヴヴヴゥ……ヴァァァァ!』


「おっと、お喋りの前にこの怪物を倒さなくてはですね」


 メイドさんは枝のように細い腕でメイスを担ぎ上げると魔物と対峙する。


 やはり、この感じ、あのメイスは異能で間違いなさそうだ。


 じゃあ……あの人は魔対なのか?!


 すると、魔物は邪魔されたことに怒ったのか、標的をメイドさんに変えた。


『ヴヴヴッ!』


 刹那、魔物は目にも止まらぬ速さでメイドさんの目の前まで移動し、前脚を袈裟斬りのように振り下ろす。


 なんだ、この速度……?!


 俺だったら確実に避けられない。


 俺は目の前で起こるであろう惨状が脳裏をよぎり、反射的に目を瞑った。


「安心してください……私は弱くはないですから」


 しかし、次に聞こえてきたのはそんな言葉と金属と金属がぶつかったような甲高い音だった。


「え……?」


 目を開けると、そこには魔物の前脚をメイスで受け止めるメイドさんの姿が。


 ほ、本当にあの攻撃を防いだというのか?!


 すると、魔物は彼女が只者ではないことを理解したのか、バックステップし、一旦距離を取り――


『ミンナ……シンデシマエ』


 メイドさんを見つめながら、何故かを呟いた。


 不味い、あれは――


「ッ?! うご……けない。もしかして……特殊個体?!」


 メイドさんは苦しげな顔をして地面に膝をついた。やっぱりだ、あの呻り声を聞くとなぜか恐怖を感じ、動けなくなるのだ。


 動けなくなったメイドを見て、魔物は彼女にゆっくり近づいていく。ダメだ、またミイラ取りがミイラになってる。


 これじゃあ、どうしようもない――


「あれ……?」


 しかし、そこで俺は気づいた。さっきまで心を支配していた恐怖が嘘のように消えていることに。


 もしかして、動けなくする力は一人にしか効かないんじゃないのか?


『ヴヴ……ッ!』


 魔物は徐々にメイドさんに近づいていく。


 どうする……? 俺ならメイドさんを助けられる。


 けど――俺には信じられなかった。


 もしかしたら、助けてもメイドさんは魔物の能力によって動けないままで、結局、殺されてしまうかもしれない。


 魔物に勝ったとしても、その後、裏切られるかもしれない。


 何か、彼女には策略があるのかもしれない。


 様々な可能性が頭の中を巡る。


 ――やっぱり……逃げよう。


 一歩、後ずさったその時――


『――言わば……賭けみたいなものだよ』


 雫さんの言葉がフラッシュバックした。


『突然、全部を信じろなんて言わないからさ、小さなことから信じてみればいいと思うよ』


「小さな……ことから」


『ヴヴヴッ!』


 その時、魔物は前脚を大きく振り上げ、メイドさんに振り下ろそうとした。


「――助けてくれた人なら……信じるべきだッ!」


「きゃっ!?」


 俺はメイドさんの襟を思いっきり引っ張ると、魔物が振り下ろした前脚は空振りし、深く地面に刺さる。


「もう、ここまで来たらヤケクソだァッ!」


 俺は思いっきり地面を蹴ると、地面に刺さっている前脚を足場にして、大きく飛び上がり――


「全部、全部お前のせいだからなっ! クソカマキリ!」


 至近距離で魔物の目に向かって願滅銃を発砲した。


 流石の魔物も、目は柔らかかったのか、生々しい音と共に潰れた。


『ヴヴヴッ!!!』


 魔物は怒ったのか、前足の鎌を稲刈りをするように振り回しながら高速で近づいてきた。


 そのため、俺は咄嗟にバックステップで攻撃を避け続ける。


 隙を見計らって願滅銃を撃ってみるものの、全て胴体にあたり、弾き返された。


「くっ……」


 そうして、俺には反撃する手段がなく、魔物の攻撃がずっと続く。


 前脚による斬りつけ、足払い、突進……。


 様々な攻撃を俺は紙一重で避けていく。


 でも――


「これじゃあ……いずれ、攻撃が当たるッ!」


 今は運良く躱せているが、これじゃあ埒が開かない。


 俺は、まだ動けないでいるメイドさんを一瞥する。


 やはり、魔物の能力はまだ続いているようだ。


 俺では魔物に勝てない、頼りになるのはメイドさんのみ。


 どうにかして、魔物の能力の対象を俺にできれば――


「あのっ!」


 その時、メイドさんが俺に声をかけてきた。


「あなたの異能で、魔物の額の宝石を撃ってください! そうすればあの能力の効果がなくなります」


「宝石?」


 魔物の額……ああ、あったぞ! あれを折ればいいんだな……!


 俺は願滅銃を握り、隙を見計らい続ける。


「くっ……」


 ダメだ、動きが速すぎて当たる気がしない。


 唯一、可能性があるのは――魔物が鎌を振り下ろす瞬間だ。


 あの瞬間だけ、魔物は動きを止める。


 でも――


「リスクが……高すぎるッ!」


 狙いを定めるには止まらなければ無理だ。


 つまり、宝石を壊せたとして、次の瞬間には俺の首は体からおさらばしているだろう。


 ダメだ、他の隙を考えなければ――


「――お願いです! 私を信じてくださいッ!」


 メイドさんは、強い口調でそう言った。


「で、でも……」


「どんな危険な状況でも、絶対にあなたを助けますからッ!」


「ッ……」


 それは、自分の命を他者に委ねるようなものだ。


 俺は――そんなに人を信じられない。


「もう……無理なのか」


 その時だった。


「あっ……」


 魔物の攻撃を避けようとした時に、駐車場の車止めに足が引っかかったのだ。


 俺はそのまま転んでしまい、背中を地面に強く打つ。


『ヴヴヴッ……!』


 当然、その隙を魔物が見逃してくれるはずがなかった。


 顔を上げると、目と鼻の距離まで、魔物の前足が迫ってきていた。


 あ……終わった。


 もしも、メイドさんを信じて宝石を撃ち抜いていれば、結末は違ったのだろうか。


 人を信じられれば……こんなことにはならなかったのだろうか。


 俺はそんな疑問を抱えながら、魔物に切り裂かれた。


「――大丈夫?」


 はずだった。


 ――刹那、浮遊感が俺を襲ってきた。


「え……」


 驚いて目を開けると――そこは、空中だった。


 俺は、誰かに襟首を掴まれ、空中に引き上げられていた。


「律……大丈夫? 怪我、ない?」


 聞き慣れた無感情な声。


 声の方を振り向くと……そこには真っ白な翼で空を飛ぶ銀髪蒼眼の少女がいた。

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