第9話
【???視点】
「天使セレスティーネ……あなたに第四十六世界再生の使命を与えます」
真っ白な空間にポツンと置かれた玉座に座る無表情の神――主神アルカディアは私にそう告げた。
「再生とは、どういうこと、でしょうか」
「第四十六世界が滅んだことはあなたもご存知でしょう?」
「はい」
第四十六世界……確か地球と呼ばれる星に知的生命体である人間が高度な文明を築いている世界だ。
人間たちはその知能と主神から授かった奇跡を起こす願いの力でかなり高度な文明へと発展していった。
しかし、少し前に謎の超強大な魔物が誕生し、瞬く間にその魔物が地球を滅ぼした。その魔物はそのまま全宇宙へと侵攻し――世界自体が荒地と化した。
「第四十六世界が滅んでしまったため、新たな第四十六世界を作るために第四十六世界の並行世界に降臨してもらいたいのです」
世界が滅んだ場合、その世界の予備として用意されている世界――並行世界を新たな世界とする。
世界が滅んだ時の主な対処法だ。
しかし、並行世界は元々の世界とほぼ同じであるため、このままだとまた同じ運命を遂げることは避けられない。
「具体的に……何をすればいいんですか?」
「並行世界は第四十六世界の一年前の世界線です……そこで、とある存在を殺して欲しいのです」
「とある……存在」
「説明は時間がもったいないので、この本に書いておきました」
すると、主神様は文庫本程の大きさの本を私に渡してくれた。
「私からのサービスで、その本に、過去一年間、第四十六世界で起こった全ての出来事も書き記しておきました」
「つまり……未来が書かれているようなものですか?」
「ええ、そういうことです」
並行世界は元となった世界とほぼ同じ運命を辿る。
つまり、元となった世界で起こった出来事を知っていれば、並行世界の未来が見えているようなものなのだ。
試しに、本を開いてみると、そこには二千二十四年、六月四日、長谷駅で魔物が発生し、魔物に背中を押された中山太郎という男性が電車に轢かれて死亡する。と書かれていた。
他にも、その魔物を、翌日の朝に長谷駅で魔対が倒す、だとか人を轢いたことで心を病んだ運転手が新たな魔物を生み出す、だとか……とにかく、ありとあらゆることが書き記されていた。
私は、一通り目を通すと、本から顔を上げる。
「主神様……ありがとうございます」
「いえ、これくらい構いません……では、頑張ってくださいね?」
すると、主神様は愛娘を見るような優しい目つきで見つめてきた。
「わかりました、その使命謹んでお受けいたします」
私は迷うことなく了承した。
未来がわかっているのなら、たとえ何であろうと簡単に倒せると思ったから。
そう、簡単にこの使命は終わるはずだった――
【律視点】
「ん……んん?」
まどろみの中。腹に微かな違和感を感じた。
もしかして――
「おい?」
俺は腹の上でじっとこちらを見つめてくるセレスを、睨みつけた。
「……んー?」
「なんで、俺にまた、馬乗りしてるんだ?」
「ん……律、全然起きてくれないから」
はあ? もうそんな時間か?
俺は、スマホで時間を確認すると、まだ朝の六時だった。
「今日は休日だぞ? 昨日は夜遅かったんだし……もう少し寝させてくれよ……」
「お腹、すいた」
「いや、ガキかよ……勝手に冷蔵庫の中のもの食べたらどうだ?」
「冷蔵庫見てみたけど、ほとんど食材、なかった」
あれ? そうだっけ……。
そういえば、俺はご飯はあまり食べないため、いつも冷蔵庫に食材は置いてなかったんだった。
「困ったな……」
正直、セレスを放置してもう少し寝ていたいのだが、それではまた、馬乗りされそうだし……。
「仕方がない、外で食べるか」
「外?」
「おう、この時間ならカフェでモーニングとかやってるだろうし」
確か、ここの近くにモーニングをやっているカフェがあったはずだ。
「もーにんぐ?」
「おう、簡単にいうとお店が出してる朝食だな」
「つまり……外食?!」
「まあ、そういうことだな」
「律……すぐ、行こう!」
セレスは目を輝かせていた。
「はいはい、じゃあ、支度が終わったらすぐ行こうか」
やっぱり、こいつ、飯のことには目がないんだな……。
俺は苦笑しながら外出の準備をするのであった。
「これが、もーにんぐ……!」
セレスは運ばれてきたお盆の上の大きな三つのサンドイッチを見て、セレスは目を輝かせる。
ここのカフェのモーニングは結構、量が多いことで有名なのだが、大丈夫だろうか?
「律は……それだけいいの?」
すると、セレスは俺の前に置かれた一杯のコーヒーと小さなパンを一瞥するとサンドイッチに伸ばした手を止めた。
「朝はあんまり食べないタイプだからな、遠慮せずに食っていいぞ」
それに、もしもセレスが食べきれなかった時に、俺も腹一杯だと残すことになってしまうからな。
「じゃあ……遠慮しない」
セレスはサンドイッチに豪快にかぶりついた。朝なのに凄い食べっぷりだ。
「ん〜! 美味しい!」
「そ、そうか、なら良かった……でも、急がなくてもいいからな?」
セレスはこくりと頷くと、口を大きく開け、またサンドイッチにかぶりつく。
……この調子だと、マジで一人で全部のサンドイッチを食べ切ってしまうのでは……?
俺はコーヒーを一口飲みながら、苦笑する。
「んぐ……んぐ……」
食いしん坊セレスさんや、ほっぺたがひまわりの種を詰めまくったハムスターみたいにパンパンですよ?
結局、セレスは三つあったサンドイッチを全て食べ切るのであった。
「ご馳走様……美味しかった」
「セレス……お腹大丈夫か? 爆発しない?」
俺は、セレスの小さなお腹を見つめる。
あのお腹のどこに、大量のサンドイッチが入ったんだ……?
「大丈夫……まだ、腹八分」
え……? 嘘だろ、これで腹八分?
セレスの胃袋って異空間に繋がってるのだろうか?
天使だから有り得なくもない。
「……私の胃袋はいたって普通」
セレスは俺の考えを見透かすようにジト目でそう言う。
「人間界のご飯が美味しすぎるせい」
「あはは……」
多分、今月の食費は先月の三倍くらいになるんだろうなぁ……。
俺は、苦笑を浮かべることしかできなかった。
『――今日のお天気の時間です! お天気キャスターの佐藤さ〜ん』
すると、その時。店内で流れていたテレビから、そんな音声が聞こえてきた。
「ねえ……律」
セレスが俺の服の裾を掴むと――
「人ってみんな苗字がある……。私だけないのって、もしかしておかしい?」
不安げな表情で、そんなことを言ってきた。
「え? ……まあ、確かに苗字がないのは少し変かもしれないが……」
「じゃあ、律……苗字、考えて」
「へ?」
「もしかしたら今後、聞かれるかもしれない……私は、何がいいのか、わからないから律に考えて欲しい」
「な、なるほどな……苗字かぁ……」
セレスといえば何だ? 天使だから……
「白羽とかどうだ?」
「そのまま過ぎじゃない……?」
セレスはジト目をして俺の提案を却下してきた。悪くないと思ったんだけどな。
「うーん……あっ、なら天塚とかどうだ?! 天使の『天』に貝塚の『塚』で天塚」
「天塚……? ちなみにどうして……?」
「いや、天使を別の読み方すると『あまつか』になるじゃん」
「却下」
セレスはさっきよりも勢いよく却下してきた。
……ど、どうしてだよ!
「律が付けられて嬉しい苗字にして……」
「俺が嬉しい苗字……?」
うーん、俺が嬉しい苗字ねえ。まあ、かっこいい苗字とかじゃなくても普通の苗字だったら俺は嬉しいけどな。
「じゃあ……花宮とかどうだ? ほら、セレスはマギアローズをよく使うじゃんか」
「花宮……わかった花宮」
どうやら、これにセレスは納得してくれたようだ。
いや待て、花宮セレス……少し日本人らしくないというか、違和感がありまくるというか。
「せ、セレス……もっと西洋人っぽい苗字の方が良かったんじゃないか?」
「ん……大丈夫、私はこれで気に入ってる」
セレスは満足げな表情をしていた。
気に入ったのなら、いいのか……?
「そういえば、律……この後はどうするの?」
「この後? ……流石に今日は疲れたし、コンビニでセレスのために昼飯買って、二度寝かなぁ」
昨日は、運転手の魔物に続き、雫さんの魔物の二体を倒したのだ。
流石に十分だろう。
「まあ、休憩は大事……昨日倒したので、合計千SP手に入ったし、許す」
「おう……って、千?! 意外と溜まってるんだな!」
てっきり、まだ百ぐらいだと思っていた。
予想外だ。
「……魔物の強さによって集まるSPは変わる……昨日戦った魔物は、中の上くらいの強さはあった」
「中の上? 意外だな」
あれで中の上なら、少し拍子抜けだ。
もっと強い魔物も、頑張れば倒せるんじゃないのか?
「一応言っておくけど……昨日は偶然、魔物が本領発揮できてなかったから、簡単に倒せたけど……本当は、あの魔物たち、もっと強い」
「そ、そうなのか?」
「うん……律の命が十個あっても足りないくらい」
だ、だいぶだな……。
でも、言われてみれば、運転手の魔物は生まれたてだったし、雫さんの魔物に関しては、そもそも俺を狙って来なかった。
「だから、油断は禁物……わかった?」
「おう、了解だ」
「それに、律に死なれたら、私も困る……」
すると、セレスは小声でそう呟いた。
そしたら、新たな協力者を作ればいいと思うのだが、そうはいかないのだろうか?
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