第8話



「えっと……何か、頼みますか?」


 ファミレスに着いた後、俺は二人にそう尋ねた。


「んー……あたしはドリンクバーだけでいいかなー」


「じゃあ、俺もドリンクバーだけで」


「ん……私も」


 セレス? そんなに辛そうな顔して我慢しなくてもいいんだぞ?


「やっぱり、パスタとピザも頼む」


「いや、結局、我慢しないんかい!」


「仕方ない……見てたら、お腹、空いた」


 さっき、俺が作った飯を食ったばかりでは……?


 すると、地雷系少女はくすりと笑った。


「二人は仲良いんだねー」


「仲……?」


 仲がいいと言われても、俺たちは今日、会ったばかりの関係だ。彼女が言うほど仲が深まってないと思うけどな。


 しかし、それを言うと話がこじれそうなので俺は黙っておく。


「そんじょそこらのカップルなんかよりも仲良さそうだよー! もしかして付き合って長い感じ?」


「今日、会ったばかり」


 しまった……! セレスはこう言う時、正直に言っちゃうんだった……!


「え、嘘でしょ?! 今日会ったばっかりでこんなに仲良いの?! すごい、二人とも相性抜群なんだね……! あ、でも、それだとお二人が恋人っていうのは嘘だったのかな?」


「ま、まあ……そうなりますね。お互いに協力関係を結んでいるというか……」


「ふぅーん」


 彼女がじっとセレスを見つめると、セレスは不思議そうに首を傾げる。


 この話題は少しまずいかもしれない、ちょっと話題を変えよう。


「そ、それで! あなたのことについて、少しお聞きしたいんですけど」


「あー、元々あたしに色々聞くために来たんだっけ? 二人の仲があまりに良すぎて、すっかり忘れてたー!」


 こほん、と少女は咳払いをすると、ゆっくりと口を開いた。


「まずは、あたしの名前ね……あたしの名前は卯月雫」


「俺の名前は、速水律です」


「私はセレス」


「律君にセレスちゃんね。おっけー覚えた! じゃあ、あたしのことは雫って呼んでよ」


「どうしてでしょうか?」


「いやさぁ、実は雫って名前は大好きだったお爺ちゃんが付けてくれたものだから、色んな人に呼んでもらいたいというか……ね?」


 雫さんは意味深長な笑みを浮かべると、話を続ける。


「実はあたし、両親が大っ嫌いでさぁー、両親と同じ呼び方されてるってだけで虫唾が走るんだよね」


 そう言う雫さんの顔は笑っているのに……目は全く笑ってなかった。


「よ、よっぽど嫌いなんですね……」


「そそ、ウチの親、あたしに無関心どころか、居ない者扱いしてくるからね……居場所も愛も食べ物も寝床も……何もくれなかったんだよ」


「そんなっ……」


「まっ、ここら辺にたむろってる人の中じゃあ、珍しくなんてないから! 気にしなくていいよー」


「そ、そうですか……」


 どうやら、これもあまり触れない方がいいようだ。


「え、えっとー……話は変わるんですけど、あの魔物について何か知ってることってありますか?」


「魔物?」


「雫が言ってた化け物のこと……私たちや他の人はあれを魔物って呼んでるの」


「へえ……! ていうかあれって他の人にも見えるんだね、それが一番びっくりなんだけどー! てっきりあたしにしか見えないヤバい奴かと思ってた……」


 すると、セレスがおもむろに口を開く。


「もしかして、雫ってお爺さんから魔物について何か聞いた……?」


「あー! そういえばお爺ちゃんが化け物について話してた気がするー! この世には普通の人には見えないおぞましい化け物がいるって……まあ、周りの人は妄言だって言って信じてなかったけど」


 なるほど、お爺さんから魔物について聞いていたのか。


「じゃあ多分、それが原因……魔物はその存在を認知しないと見えないから」


「そーなんだ……! もしかして、二人はそういう道のプロだったりするの?」


「俺たちは別にプロってわけではないんですけど……ちょっと事情があって魔物を倒さないといけないんですよ」


 死なないためにね……。


 はあ……俺も、今朝までは元々は雫さん側の人間だったのに、どうして魔物について説明してる側になってるんだか……。


 それはそうと、俺はもう一つの疑問を雫さんへ投げかけた。


「雫さんは……魔物が生まれた原因に心当たりがありますか?」


「心当たり?」


「えっと……魔物が負の感情を抱いた人の願いから生まれるってことは知ってますかね?」


「……そうなのぉ?!」


 雫さんは目を丸くしていた。どうやら魔物の存在自体はお爺さんから聞いていたようだが、それ以上のことは聞いていないらしい。


「雫……あの魔物は、多分、雫から生まれたものなの……」


「そう……だったんだ」


 雫さんは呆然とした様子で呟いた。


 そして、すぐにその表情は絶望に変わる。


 恐らく、思い当たる節があったのだろう。


「ま、待って……じゃあ、昨日、目を覚ましたらあたしを殴ろうとしたクソ親父が怪我してたのも……」


 恐らく、その時に魔物が生まれたのだろう。


 俺は、タイミングを見計らい、話を切り出した。


「雫さん……もしかしたら、魔物討伐の手がかりが見つかるかもしれないので、その直前に考えていたことや出来事について、詳しく話を聞かせてもらってもいいですか?」


「詳しく? うーん、そんなに面白い話じゃないと思うけど……」


「お願い、できますか?」


「うーん……まあ、ちょっとくらいならいっか」


 雫さんは苦笑いを浮かべると、静かに経緯を話し始めた。






「お前、もう帰ってくんなよ」


 一年前、あたしは父親からそう言われ、家から追い出された。中学を卒業する少し前の話だ。


 浮気を繰り返し、あたしには無関心な母親。その母親と離婚し、仕事や家庭環境のストレスを晴らすように私に暴力を振るう父親。


 最悪な両親だった。


 あたしは同じような境遇の仲間が集まる都会の繁華街に逃げ、互いに傷を舐め合った。


 でも――みんなはすぐに居なくなった。


「死ん……だ?」


 結局、みんな心が壊れていたのだ。


 救いなんてない、もう私も死ぬしかないと思っていた時。


「――雫! ようやく見つけた!」


 そんな言葉と共に、柔らかな笑みを浮かべたのはお爺ちゃんだった。


 お爺ちゃんは私が家から追い出されたことを知り、一ヶ月以上、私を探し回ったのだという。


 何もなくなった私に、お爺ちゃんはありったけの愛をくれた。


 ご飯も寝床も――そして、生きる意味も。


 でも――昨日、全てが崩れ落ちた。


 お爺ちゃんが……死んだのだ。






「そういう……ことですか」


 俺は顎に手を当て、深く考えを巡らせる。


 もし、この話が本当なのであれば……これを語るのはさぞかし辛かっただろう。


「それで、お爺ちゃんが死んだ後、父親がお爺ちゃんの家に押しかけてきてさ……『遺産をよこせ』って言って」


「ッ?! ……最悪じゃないですか」


「本当にそうだよねー。でも、その時、突然、意識を失って……気づけば父親が腕に引っ掻かれたみたいな怪我を負ってた……今思い返すと、あれは魔物の仕業だったんだね」


 誰も味方がいなくなった少女を守るために、魔物は現れたのだ。


 つまり、彼女の願いは――


「味方が……欲しい」


 あの魔物は雫さんの味方だったわけだ。だから、傷つけようとしてきた男たちだけを攻撃した。


 だから、雫さんを傷つける両親に怪我をさせ、追い返した。


「……」


 机の下で、俺は願滅銃を強く握る。


 願いはわかったのだ。


 ここで雫さんを撃てば魔物を討伐できる。しかし……本当にいいのか?


 撃てば……彼女の唯一の味方が消えることになるのだ。


 絶望に満ちた人生を送り、ようやく見つけた希望すらも打ち砕かれ――最後に抱いた願いも許されない。


 そんなの――残酷すぎる。


「――消していいよ」


 その時、雫さんは全てを諦めたかのような表情をした。


「……実は、魔物を消すと、そのまま雫さんの願いも消えちゃうんです」


「そうなの?! うーん……じゃあ、律君に判断を任せようかな」


「ど、どうしてですか?」


「私、あんまり魔物とかに詳しくないし、律君に任せた方がいいかなって」


「ッ……?!」


 そんなの……おかしいだろ。


 正直に過去を全部話したり、俺に大事な判断を委ねたり、おかしいだろ。


「なんで……俺のことを、そんなに信じられるんですか?」


「え?」


「だって、色々な人に裏切られてきたんですよね? なのに……なんで、まだ人のことを信じられるんですか?」


 俺は、こんなにも裏切られるのが怖いというのに。どうして?


 それは、嫉妬や羨望の混じった汚れた言葉だった。


「んー……確かに、あたしも人に裏切られるのは怖いし、一時期、誰も信じないように、親しくならないようにしていたこともある」


 けどね、と雫さんは続ける。


「やっぱり、無理だったんだよね……徐々に全身に不安や恐怖っていう毒が回ってきて……心がおかしくなってくるの」


「っ……」


 そして、申し訳なさそうな顔をして言った。


「律君も同じだよ……だって、この毒に耐えられる鋼の心を持っているなら、どんなことがあっても、セレスちゃんのことを拒絶したはずだから」


「ッ?!」


 俺が今まで、必死に目を逸らしてきた事実を。


「律君の心は、すでに限界を迎えてる……人間は社会的な生き物、誰とも親しくせずに生きていくなんて、到底できっこない」


「――じゃあ、どうしろって言うんだよッ!」


 現実を突きつけられた俺の心は悲鳴を上げた。


 店中に響き渡るような、大きな悲鳴を。


「り、律? 落ち着いて?」


「落ち着いていられるかよっ! なあ、雫さん……救われるためには、もう死ぬしかないのか?」


「……それも一種の手だと思うよ。そうしてきた人を、私は何人も知ってる」


 俺とほぼ同年代のはずの彼女は、様々なことを経験してきたおばあさんのような口調で言う。


「でもね、私は違うと思う……裏切られるかもしれないなら、いっそのこと――」


 こちらを見つめて。大きく呼吸をして。


 ――彼女の人生が導き出した結論を口にした。


「――裏切られてもいいやって思える人を信じればいいんだよ」


 考えたこともなかった。


 裏切られる心の痛みを知っているのに、それを許容するというのか?


「つまりはね、とんでもないくらい、相手を愛せばいいってこと!」


「……俺には、理解できないですね」


 でも、俺よりも多くのことを経験してきた彼女が、そう結論づけたのなら……いずれ、俺も同じように思う日が来るのだろうか。


 来るの……だろうな。


 さっき、雫さんが言った通り、セレスを拒絶しなかった時点で、『誰も信じない』という信念の瓦解は始まっているのだから。


「でも、突然、全部を信じろなんて言わないからさ、小さなことから信じてみればいいと思うよ」


「小さなこと?」


「うん、例えば、この人のこういうところはブレないし、信じられるな、みたいな」


「なる、ほど……」


 俺は、隣で黙々とパスタとピザを食べるセレスを一瞥する。


 彼女は謎が多いし、裏切られる可能性は大いにある。


 けど……こいつが食いしん坊であることは、信じられるな。


「ありがとうございます……ちょっと何かがわかった気がします」


「そう? なら良かったぁ!」


「それと、すみません、突然、大声を出しちゃって」


「いいのいいの、あたしこそ突然、気に触ること言っちゃってごめん! ちょー偉そうだったよね?」


「そんなことないですよ。俺よりも多くの裏切りを経験してきた雫さんは、実際、俺の先輩ですから」


「そうかなぁ?」


 照れるなぁ、と雫さんは頬をポリポリとかく。


 すると、真剣な表情に戻った。


「じゃあ、本題に戻ろっか」


「雫さんの魔物を消すか、消さないか、ですよね……」


「うん! 律君のしたいようにしてくれていいよー」


 雫さんは、ニコリと微笑みながらそう言った。


 こっちも命がかかっているのだ。


 俺としては……魔物を倒さないわけにはいかった。


 俺は願滅銃を強く握りしめる。


 引き金に指をかける。


「じゃあ、魔物を……願いを消しますね?」


「はいはーい。あたしはじっとしてればいいのかな?」


 雫さんはニコニコと笑みを浮かべる。


 俺は――引き金を引いた。


 銃弾は雫さんの体に吸い込まれていき――雫さんは意識を失い、バタリと倒れる。


 これで魔物は討伐され――SPが手に入った。


 でも、代わりに、雫さんの願いは消えた。


 この決断が正しいのかどうか、それは、今の俺にはわからなかった。


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