第7話

 夕食後。


「……美味しかったぁ……」


 セレスは唐揚げがお気に召したのか、お腹をさすりながら幸せな表情をしていた。


「それで……どうして、風呂に入っちゃいけないんだ?」


 俺は、洗い終えた食器を棚に戻しながら、セレスに問いかけた。


「そんなの、二度手間、だから」


「二度手間?」


「うん……どうせ、また入ることになるんだから、今入っても無駄」


「……はあ?」


 なんだそれ。どうせ汚れるんだから風呂には入らないでいいってか?


「セレス……もしかしてお前、風呂キャンセル界隈か?」


「風呂……キャンセル? 意味はわからないけど、馬鹿にされてるのは分かった」


 セレスは、はあ、とため息をつくと食器を仕舞い終えた俺の手を掴み――


「つまりは、外出するってこと。律、察し悪すぎ」


「が、外出? こんな時間に外出するなんて誰が予想できるんだよ……」


「私とバディを組むなら、察せて当然……とりあえず、準備して」


「はあ……?」


 いや、何をしに行くのかは教えてくれないんだな?


 俺はため息をつくと、渋々、身支度をするのであった。






「んで、何しに行くのか、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないのか?」


 日はすっかりと沈み、世界が暗闇に包まれた二一時。


 俺は街を歩きながら、セレスに尋ねた。


「夜の街中……これでわからない? 魔物討伐に決まってる」


「へ……?」


「夜は、特に人間の負の感情が強くなる……だから、昼よりも魔物が多い。つまり、SPを貯めるチャンス」


「……でも、さっきから色々な所を歩き回ってるけど、魔物なんて全然居ないじゃないか」


「っ……」


 かれこれ、一時間強は歩き回っているのだが……魔物の影はどこにもなかった。


 昼の出来事が、ただの白昼夢だったんじゃないのかと思うくらいだ。


「なあ、もうだいぶ遠くまで来たんだし、帰らないか?」


 今日の魔物討伐でだいぶ体力を使ったため、今日は早く寝て休息をとりたかったのだ。


 そもそも、ここら辺は、俺だって土地勘がないし、それに――


「確か、ここら辺って結構治安が悪かったはずだし……」


 噂では、不良やヤンキー、家出してきた少年少女たちがたむろしており、時には喧嘩も起こるとか。


 喧嘩なんかに巻き込まれたらたまったもんじゃない。


 しかし、それを聞いてもセレスの足が止まることはなかった。


「大丈夫……律がこれから戦うのは魔物。人間なんて怖くない」


「いや、両方怖いんだけど……」


 俺はため息をつくと、セレスの手を掴んだ。


「ほら、もう帰るぞ? ……あとちょっとで日付が変わっちゃうだろ?」


「む……でも、治療費、早く返してもらわないと」


「こんな生活してたら、その前に寝不足とストレスで、治療費を返す前に死ぬだろ……というか、異能がない俺じゃあ、魔物を見つけられても何も出来ないし」


「大丈夫。頑張って願い主を見つけて、さっきみたいに願いを消してあげればいい」


「それが、どれだけ難しいことか……」


 魔物の攻撃を凌ぎながら願い主を発見、願いを推測して消す。


 ……いや、正直、現実的じゃなさすぎる。


「大丈夫……いざとなったら、マギアローズで治療するし、逃がすから」


 だから安心して怪我して良いよ、とセレスはサムズアップする。


 ……いや、安心できねぇよ。


 そもそも、俺はセレスを完全には信用していない。


 見捨てられる可能性だって……十二分にある。


 ――あの時みたいに。


「はあ……とにかく、もう帰るぞ! どうせ、この様子だと魔物なんて見つからないだろ」


「そ、それは……り、律! あっちから魔物の鳴き声がする!」


「え? そんなの聞こえな――っておい!」


 セレスは俺の手を取ると、突然走り出した。


 しかし、走っても走っても、魔物らしき影はない。


「な、なぁセレス? 魔物なんて居ないじゃないか」


「っ……隠れた……のかも……しれないかも」


「嘘、だったんだな?」


「ち、違う……もん……あっち、あっちにいるはず!」


 セレスはそう言うと、指差した方向へ走っていった。


「ったく……一体、どうしたんだ?」


 どうして、それほどまでに魔物討伐を急ぐんだか。


 困るのは俺であって、セレスじゃないだろうに。


 俺は、追いかけると少し先の曲がり角にセレスは居た。


 曲がり角の向こうを覗いているセレスが。


「どうしたんだ? セレス」


「シーっ! ……あそこ、変な人達が居る……怪しい」


「はあ?」


 俺は、眉をひそめながらセレスと同じように覗いてみる。


 すると、そこには――


「っ?! あれは……」


 曲がり角の向こうにいたのは、三人のガラの悪い男と、地雷系の服に身を包んだ少女。


 それだけならいいのだが――


「――これくらい、いいじゃねえか!」


 そう言って、一人の男が白色の粉が入った小包を少女に手渡そうとしていた。


「――け、ケント? これってやばいやつじゃないの……? 冗談きついよー」


「冗談じゃねえよ、シズク! ガチめに頼む! これを届けるだけで、がっぽり金が入るんだって!」


「そ、そんなこと言われてもさぁ……あたし、犯罪行為に手ぇ染めるのはちょっと……」


「はあ? 断るっていうのか?! このアマ……! こっちが下手に出れば調子に乗りやがって」


 そう言って、男は少女の胸ぐらを掴む。


 うーん……どっからどう見ても、一般人が犯罪行為の片棒を担がされそうになっているヤバい現場だな。


 すると、ニヤニヤと笑みを浮かべたもう一人の男が少女の腕を掴んだ。


「なあ、ケント……シズクに手伝わせる前に、一回ボコさねえか? 俺、ムカついてきたわ」


「それいいなぁ」


 二人の男は下卑た笑みを浮かべながら、少女を取り囲む。


 シズクと呼ばれた地雷系の少女は、悔しそうに下唇を噛んだ。


「誰か! 助けて……っ!」


「黙れっ!」


 男たちは抵抗する少女の口を手で塞ぎ、地面に押し倒す。


 不味い……このままだと、あの女の子は……。


「くっ……」


 ま、まずは警察に通報するか?!


 俺は、急いでスマホを取り出そうとしたが――


「んー! んー!」


「だから、抵抗するんじゃねえ!」


 どうやら、男たちはそれを待ってくれないようだった。


 あーもう! 最悪、ボコボコされるだろうが……この女の子が、酷い目に遭うよりは、マシだ。


 俺は、覚悟を決めて、曲がり角から飛び出した。


「――おい! お前ら、いい加減やめろ! 警察呼ぶ――」


 刹那、俺の言葉はそこで止まった。


『ヴヴゥ……』


 だって、そんな呻き声を上げる熊の形をした魔物が、男たちの背後にいたのだから。


「でも……ど、どうして?!」


 それらしき存在は、さっきまで居なかったはずだろ? どうして……!


「おら、一発食らえよ――がはッ?!」


 すると、俺が困惑している間に、魔物は、少女を襲おうとしている男の一人の首根っこを掴んだ。


 首を絞められた男は、苦悶の表情を浮かべる。


 少女を襲おうとしていた奴とはいえ、死なせるわけにはいかない!


 俺は急いで異能を発動させた。


「当たれッ!」


 魔物の頭めがけて願滅銃を発砲。


 男たちに気を取られていた魔物に、見事、銃弾は命中した。


「は……?」


 ――しかし、甲高い金属音と共に銃弾は弾かれた。


「嘘だろ……ッ?!」


 銃弾が効かない……だと?


「ま、不味い……ッ!」


 魔物は男たちを殺そうと手に力を込めていく。


 それを見逃せるはずなく、ヤケになった俺は魔物にドロップキックをした。


『ヴヴ……ッ!?』


 流石の魔物も、ドロップキックには体をよろめかせ、男の首から手を離してくれた。


「はあ、はあ……なんだ、なんなんだよ! お、おい! 逃げるぞ!」


「へ、へっ?! お、おい、勝手にどっか行くなよ!」


 魔物の手から逃げた男は、一目散に逃げていき、他の二人も後を追うように走り去っていった。


「ははっ……また魔物と、タイマンかよ……」


 それに、今回は願滅銃を魔物に撃っても弾かれるときた。


 さらに、運転手さんの魔物の件で、俺の体力もそう多くは残っていない。


 いち早く、願い主を見つけて願いを推測しなければ――


「それで、願い主は……」


 それは考えるまでも無かった。


 俺たちを除き、この場にいた人は、さっき逃げ出した二人の男と――この少女だけなのだから。


「じゃ、じゃあ、原因になった願いは……?」


 すると、そこで俺は新たな事実に気づいた。


 熊の魔物は、男たちを追いかけず、俺に攻撃を仕掛けるわけでもなく、ずっと同じ場所で仁王立ちをしていたのだ。


 ――まるで、主を守る番犬のように。


「願いは……『自分を守ること』」


 俺は、願滅銃を少女に向かって発砲した。


 銃弾は少女に吸い込まれていき、魔物は――


『ヴヴヴ……ッ!!!』


 消えなかった。


「ッ……ハズレか? いや……」


 すると、魔物は苦しんでいる様子で身を悶えさせ始める。


 次の瞬間、魔物は苦しみから逃げるように走り去っていった。


「おい! 待てっ!」


 俺は、追いかけようとするも魔物の動きは俊敏極まりなく、すぐに見失ってしまった。


「くそっ……魔物って逃げることもあるのかよ」


 でも、どうして魔物は苦しむだけで消えなかったんだ?


 願いが当たっているにしても、外れているにしても、『苦しむ』というのはおかしい。


「なあ、セレス……願滅銃に耐性がある魔物なんて、いないよな?」


「それはない……多分、律の念じた願いが、完全には的中してなかったんだと思う」


「どういうことだ?」


「さっきの魔物……一瞬で現れた……おかしいと思わない?」


「ッ……?!」


 確かに、運転手さんの時は時間をかけてゆっくり魔物が生まれたのに、今回は一瞬だった。


 つまり……


「魔物は元々存在した……?」


「うん……それが、『自分を守ってほしい』っていう今回の願いに反応して現れただけだと思う」


 つまり、魔物の発生には、元々別の願いが原因になっているのか。


「じゃあ、それを解き明かさないと……」


 俺は、虚ろな目をして地面に横たわる少女に視線を移す。


 彼女が願い主なのは間違いない。


 どうにかして、魔物の原因になった本当の願いを聞き出さねば。


「――あの! 目を覚ましてください!」


 俺は、虚ろな目をしている少女の肩を揺さぶった。


「な、なにぃ……?」


 良かった、うっすらとだが、まだ意識があるようだ。


「深呼吸してください、深呼吸!」


「し、深呼吸?」


 少女は困惑しながらも、俺の言葉通り深呼吸を繰り返した。


「あれ? あたし、今まで何を……」


 少女は頭に手を当て、必死に何かを思い出そうとする。


「確か……ケントたちに変な頼み事をされてー……それを断ったら、殴られそうになって……ッ!?」


 すると、何かを思い出したように、ハッとした表情になった。


「もしかして……おにーさんが助けてくれたんですかぁ?」


「え? ま、まあ……そんな感じです」


 助けたわけではないが……詳しく説明するのも面倒だし、そう思わせておいた方がうまくいくだろう。


「そうなんだー! お兄さん、ありがとっ! 犯罪に巻き込まれるのはマジ勘弁だから、助かった〜」


「お、おう……」


 なんだこのノリ。これがギャルってやつなのか……?


 すると、セレスがこっそり耳打ちしてきた。


「律……どうにかして、この子の事情を聞き出したい……そしたら、本当の願いのヒントが見つかるかも」


「……そうだな」


 セレスの言う通りだ。俺たちは正義のヒーローごっこのために、ここに来たのではないのだから。


「あの……すみません、この後、時間ありますか?」


「へ? お兄さん、デートのお誘いですかー? こんなに可愛いらしい彼女さんがいるのに……」


「ち、違いますよ! 少しお話ししたいことがあるんです」


 すると、少女はバツの悪そうな顔をした。


「あー?……やっぱり、さっきのクマの化け物のこと?」


「ッ?! あ、あれが見えるんですか?」


「あー……実は私、昔っから変な化け物が見えるんだよねー」


「へえ……」


 先天的に魔物が見える人もいるのか?


「とにかく、その化け物について、ちょっと話がしたくて」


「ふぅん? ……まあいいよ! お兄さんのためなら、あたし、なんでも話してあげる!」


「ど、どうも……」


 そうして、俺たちは話を聞くために、近くのファミレスに向かうのであった。

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