第5話





「なんであれ……初めての魔物討伐と異能の発現、おめでとう」


 転移のマギアローズで家に帰ってきた後。


 セレスは、パチパチと拍手してきた。


「拍手されても全く嬉しくないなんて初めてだよ……」


 俺は、拍手しながら、パクパクとお菓子を食べていくセレスに、苦笑いを浮かべる。


「ん……たくさんマギアローズ使ったせいで、疲れた……今は、エネルギー補充タイム」


 どうやら、マギアローズの使用には体力を使うらしい。


 だとしてもだろ。時と場所は弁えろ?


「……でも、まさか、ほぼ無傷で魔物を倒せるとは思ってなかった……律、魔物討伐の才能、あるかも」


「逆に俺が怪我するとわかってて魔物と戦わせてたのかよ?!」


「ま、まあ……片腕くらいは無くなることを想定してたかも……」


「だいぶだな?! おい!」


 いくらなんでも、人に命を張らせすぎじゃ無いか?


「勿論……戦えなくなるくらい傷を負ったら、身を挺してでも守るつもりだった」


「そんなの、本当だか」


「でも……透明化で真横で見守ってたの、知ってるでしょ?」


「それは……そうだけど」


 確かに、助けてくれる気はあったのだろうな。


 それは……好印象だ。


「――だ、だとしても、俺はセレスのことを信頼しないからな?!」


「はいはい」


 セレスは面倒臭そうにポリポリとお菓子を貪り食う。


「お、お前……あからさまに面倒くさそうな態度取るなよ……」


「ん……実際に律、面倒……律が嫌がることがわからない」


「そりゃあ、人を信じることだろ」


「じゃあ、お店で買い物する時も、『詐欺されるかも』って思ってるの?」


「違うけど……」


「じゃあ、矛盾、してる」


「っ……」


 確かに、矛盾はしている。でも、俺が嫌なのはそういうことじゃないのだ。


「俺は……誰かと親しい関係になった人に裏切られるのが嫌なんだよ」


 だから誰も信じたくない。誰とも仲良くなりたくない。


 そうすれば、裏切られることはないから。


「どうだ? わかったか? 俺はこういう捻くれた人間なんだよ……変えようとしたこともあったが、むしろ苦しくなるだけだったし」


 俺は自分を自虐するような口調で、言ってみせた。


「ふぅん……いいんじゃない?」


「え?」


 なのに、セレスから返ってきたのは予想外の言葉だった。


「別に……何もおかしい考えじゃないと思う。誰とも親しくしなくても、この世界は生きていける」


 確かに、友達も恋人もいなくてもこの社会で生きていける。


「でも……それって世の中のいう普通じゃなくないか?」


「……律は、普通になりたいの?」


 そういうわけではのだが……普通ではないことが怖いのだ。


「自分がおかしいって思うと……少し心細くなるものなんだよ」


「ふぅん? ……じゃあ、安心していい。私も天界では一人ぼっちでおかしいから」


「へ?」


 突然のセレスの告白に、俺は目を丸くする。


「私も律と同じ……だから、心細くなる必要はない」


 セレスは、平然と淡々とそう言った。


 でも、彼女の言葉は明らかに俺を気遣っていた。


 そんな姿に、つい俺は――クスッと笑ってしまった。


「確かに、セレスの言う通り、心細くはないな!」


「む……どうして笑う?」


「いや、ちょっと面白くってさ」


 すると、不機嫌そうにセレスは口を歪めた。


「……やっぱり、律、面倒臭い」


「全部、聞こえてるからな?!」


 おい、誤魔化すように小首を傾げるんじゃねえ。


「でも、これで安心した」


「安心?」


「律が嫌なのは、親しい人に裏切られること……つまり、親しくならなければいいだけだから」


「まあ、そうだな」


「それなら、ちょー簡単」


「ほう? ……人の家のソファに寝っ転がって菓子食べるとかいう、親しい人が相手じゃなきゃできない行動をしておいて、よくそんなことが言えるな?」


 俺は、じーっとセレスを見つめる。


 こいつはさっきから、ずーっと俺の家でぐーたらくつろいでいたのだ。


「え……いや、それは……」


「さあ、早く出ていってもらおうか! 天使なんだし、一旦、天界にでも帰ってくれ」


「っ……」


 すると、セレスは言いづらそうに目を逸らした。


「じ、実は……使命が終わるまで、天界には帰れないルールなの……」


「は、はあ? ……じゃあ、ホテルとかは?」


 すると、セレスは無言で小さな小銭入れを取り出すと、チャックを開け、逆さまにした。


 中からは、百円玉が三枚だけ落ちてきた。


 ……嘘だろ。


「あー、そ、そうだなぁ……いっそのこと、野宿とかでもいいんじゃないか?」


「……この豪雨の中?」


 セレスは、激しく窓を打ちつける豪雨へ、視線を移す。


 すると、俺の手を掴み、目を潤ませながら――


「お願い……っ! しばらくの間、家に泊めさせて欲しい」


 そう懇願してきた。


「えっと……無理だ」


「む……この神々しい姿を見ても同じことが言える?」


 セレスは両手を広げて、その真っ白な翼を誇示する。


 これがもし、動画であればキラキラとしたエフェクトが出てきそうなほど神々しくはあるが……セレスの素性を知っているため、子供が一生懸命大人の真似をしているような感じしかしない。


「いや、普通に無理だけど」


「……この神々しい姿を見ても同じことが言える?」


 今度は両手を胸の前で組み、目を閉じて祈るようなポーズをする。


「いや、しれっとTake二するなよ! ポーズの問題じゃねえから!」


「む……そっか、なら――コホン、コホン」


「Take三はやめろよ? 声の問題でもないからな?!」


「……私、天使のセレス、以後お見知り置きを」


「そこから?!」


 ファーストコンタクトからやり直そうとするんじゃねえ! そういう問題じゃねえよ!


 こいつ、意外とポンコツなのか?


「でも、この家がないと、私はずっと野宿することになる……律、酷い……梅雨の中、私にびしょ濡れになりながら夜を明かせっていうの……?」


 セレスは涙を拭うように目を擦る。


 泣き真似のつもりなのかも知れないが、指の隙間からチラチラとこちらの様子を伺っているのがバレバレであり、わざとらしさが隠しきれていない。


 しかし、このまま追い返すのも少し心が痛む。


 協力関係を結んでいる以上、雨に濡れて体調を崩されても困るし……。


「……わかった。いいけど……関わるのは最低限だからな?!」


 一緒に暮らしていく内に親しくなってしまう、なんて結末だけは避けたい。


「やった……! これで寝床の心配がなくなった……っ!」


 すると、セレスは嬉しそうに小さく飛び跳ねた。


 今まで、ずいぶん苦労してきたのだろう。


「でも、お菓子はこれ以上食べさせないからな?」


「そんな……!」


 俺は、セレスの持っていたお菓子を取り上げた。


 すると、潤んだ目でセレスは見つめてくる。


「ねえ……律ぅ……お願い、私、お腹ペコペコ……今日、お菓子食べるまで三日間、ご飯食べてない……」


 いや、逆に凄いな……。


「でも、お菓子は禁止だ」


「え……」


「代わりに、ちゃんとした飯を作ってやるよ。お菓子なんかじゃ、いくら食べてもお腹は満たされないだろ?」


「料理、出来るの?!」


 バサッと翼が羽ばたく音がした瞬間――鼻息を荒くしたセレスに、俺は押し倒されていた。


「お、おう、そりゃあ一人暮らしだし、料理くらい出来るぞ」


 俺はセレスに肩を掴まれながらそう答える。物凄い食いつきに俺は少し驚いていた。


「だったらお願い……! 何かちゃんとした料理が食べたい……」


「……ちょっとだけ待っていてくれ、冷蔵庫に確かあれが……」


 俺はセレスを押し退けて起き上がり、冷蔵庫を確認すると――


「お、ちょうどあった」


 中にはタッパーに入ったハンバーグのタネとパックご飯が入っていた。


 戸棚にインスタント の味噌汁もあったはずだからそれも出しておくか。


「ちなみに、天使にアレルギーとかってあるのか?」


「あれるぎー……? なにそれ?」


 どうやら無さそうだ。


「じゃあ、ハンバーグでいいな?」


「はんばーぐ? ……よくわかんないけど、お腹が満たされるならなんでもいい」


「はいはい……じゃあ、作ってくるから、ちょっと待っていてくれ」


 俺はフライパンをコンロに置いて油を引くと、火を点火する。


 そして、フライパンが温まるのを待つ間に俺はデミグラスソースを電子レンジで温める。


「本当に作ってる……」


 気付けば隣でセレスがフライパンを覗き込んでいた。


「おい、危ないから近づくなよ……その翼とか、めっちゃ引火しそうで怖いんだからさ」


「ん……じゃあ、しまう」


 すると、セレスの翼は光の粉になって消えた。


 どうやら、何がなんでも退く気はないようだ。俺が毒とか入れないか疑っているのか?


 フライパンに手を近づけると、十分温まっていることが確認できたのでフライパンにハンバーグのタネを四つ入れていくと――ジューっと焼ける音が聞こえてきた。


「いい音……それにいい匂い」


 そうやって匂いを嗅ぐセレスの姿は、まるで夕飯を待つ子供のようだった。


「天使はこうやって料理を作らないのか?」


「天界にいる間は空気中から呼吸と共にエネルギーを吸収できるから、料理や食事はあくまで娯楽……だから、天使の中でも食事や料理をする人は殆ど居ない」


「なるほどな……じゃあ、今も食事する必要はないんじゃないのか?」


「それは違う」


 セレスは首を横に振った。


「人間界の空気中には天界と違ってエネルギーとなる物質がない……だから天使であってもちゃんと食事を摂らなきゃいけない」


「へえ、意外と天使の体も万能じゃないんだなぁ……」


 俺は温められたデミグラスソースを取り出し、入れ替えるようにパックごはんを電子レンジで温める。それが終わったら俺はハンバーグをひっくり返し、裏面が焼けるまで待つ。


「そうだ、折角だから前から聞きたかったことを聞いてもいいか」


 少し暇になったところで俺はセレスにそう問いかけた。


「なに? 今は機嫌がいいから、ちょっとなら答えてあげる」


「いやさ、最初に女の魔物を倒してた警官服の二人はなんだったんだ?」


「あれ? あれは魔対」


「またい?」


「うん。魔物対策委員会の略。警察の組織で、魔物を討伐したり、魔物による被害を受けた人のサポートをしたりしてる」


 そんな場所があるのか。まあ……確かに、この世界が、魔物が生まれる世界なら、俺以外にも魔物を倒す人間がいないとおかしいもんな。


 おっと、そろそろハンバーグが焼き上がる頃か。丁度、ご飯も温め終わったところだし、飯にしよう。


「よし、セレス……お茶碗に米をよそってくれ」


「お茶碗に米……? でもどうやって……」


「そこにしゃもじがあるじゃん、それでいい感じによそってくれ」


 その間に俺はハンバーグを小皿に二個ずつ乗せると、デミグラスソースをかけてテーブルに運んでいく。


「あ、あれ……? 全然お米がしゃもじから取れない……!」


 俺がハンバーグを運び終えた時、セレスはまだ米をよそうのに苦戦していた。


 どうやらしゃもじに水をつけていなかったため、米がしゃもじにこびりついているらしい。


「大丈夫か?」


「だ、大丈夫……これくらい私一人でどうにでも……!」


 俺は子供を見守る父親のように後ろでじっとセレスとこびり付いた米との勝負を見守る。


 結局、セレスが完全に米をよそい終えたのは俺がインスタント味噌汁を入れ終わった後だった。


「で、できた……!」


「おー、偉い偉い」


 これだけで俺は確信してしまった、セレスに絶対、料理をさせてはいけないと。


 多分、とんでもないダークマターが出てくる。


「よし、じゃあ、食べるか」


 食卓にはハンバーグ、白米、インスタント味噌汁の三品が並ぶ。圧倒的に野菜が足りていないが……今日はくらいこれでもいいだろう。


「す、凄い……ちゃんといい匂いがする……てっきりとんでもないダークマターが出てくると思ってた」


 セレスは驚いた様子で並んだ料理を見ながらそう言った。


「おい、俺をなんだと思ってるんだよ……かれこれ料理自体は三年くらいやってんだぞ」


 それに、ダークマターなんてレシピ通り作れば決して生まれないんだぞ? 人のことをなんだと思ってるんだか。


「まあ、それはいいとして冷めないうちに早く食おうぜ」


「う、うん」


 急かされるままにセレスは椅子に座る。


 いつも一人で食べることしかないため、少しテーブルの上が窮屈に感じた。


「「いただきます」」


 俺とセレスは同時にそう言って手を合わせた。

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