第3話
「あれは……魔物?!」
モヤはよく見ると直径五十センチメートルほどの球体の形をしていた。そこから、人間のように手足が生えており、球体の真ん中には――大きな一つ目が。
魔物は、ギョロリとこちらに目を向けてくる。
「ひっ……」
思わず、小さな悲鳴が漏れた。なんだよ、魔物ってあんな形もあるのかよ……ッ!
「……わかった?」
「い、いやいや! 『わかった?』じゃないだろ! 一体、どうなってんだよ!」
「見ての通り、この運転手の体から魔物が生まれてる」
「この人の体から……?」
俺は魔物を凝視する。
確かに魔物の体の半分は、運転手さんの背中に埋まっており、魔物は外へ這い出でるように動いていた。
「この魔物は……今、この人の願いから具現化しようと、してる」
「……ど、どうしてだよ? 一体、どんな願いを抱いて……」
俺がそう言うとセレスが少し驚いた様子で首を傾げる。
「……この運転手の顔を見ても……わからない?」
「……思い出せないな」
うーん、見覚えがあるような気はするが……具体的にどこで見たか思い出せない。
「そう? ……なら、ちょっとだけ私に近づいて」
「お、おう」
言われた通りに俺は近づいていくと、セレスは、どこかから水色のマギアローズを取り出した。
「待て、嫌な予感が――」
俺は咄嗟に後ずさろうとするも、それより早く鼻の前にバラが突き出された。
レモンやライムのような清涼感のある匂いが鼻をつく。
「ぐぁッ……」
が、それも束の間。
次の瞬間、さっきも感じた激痛が俺に襲いかかってきた。
「もう一度、訊くね……この運転手さんのこと、覚えてない?」
「だから、覚えてないって――」
俺は痛む頭をさすりながら、ダメ元で記憶を探ってみると――
「いや……覚えてる?」
頭は嘘のようにスッキリしていた。
だからか、彼に関する記憶もすぐに蘇る。彼は確か――
「俺を轢いた電車の……運転手だ」
「そう、彼は律を轢いた……轢いてしまった。それも運転手になって初めての走行で」
「っ……」
そこから先は言われずとも理解できた。
初仕事で人を轢いてしまった……その衝撃は俺にも計り知れない程のものだったのだろう。
結果――強い負の感情を抱き、強く何かを願ってしまった。
「生み出された魔物は人を襲うんだよな?」
「基本的に……そう」
「じゃあ……魔物を倒したらその後、魔物を生み出した人間はどうなるんだ?」
「別に……どうにもならない。その願いを抱いたまま、普通に生きていく」
「っ……」
俺は、運転手さんに視線を移した。
彼は、運転席の上で耳を塞ぎ、縮こまっていた。顔は恐怖で染まり、本当に苦しそうだ。
こんなにも苦しんでいるというのに……魔物を倒しても願い主はそのままだなんて……。
「俺はあの人を助けたい……というか、俺のせいで、ああなったんだから助けなきゃダメな気がするんだ」
突き飛ばされたとはいえ、俺を轢いたせいで心を病んでしまっているのだ。
できれば助けたい。
「ふぅん……私は、魔物を倒してくれるなら、なんでもいい……」
セレスは興味なさげに、そう呟いた。
なんだよ……天使のくせして人助けには興味がないのか?
「いいぜ、セレスになんか頼らずに、一人でどうにかしてやる……」
そもそも、こんなよくわからない天使なんて信じられるかよ。
俺は、文句を漏らしながら操縦室の扉に近づいていく。
すると、ボソボソと呪詛のような声が聞こえてきた。
「僕は……人殺しだ……人を殺したんだぁ……」
恐らく、事故現場に再びやってきたことで事故の時の光景がフラッシュバックしているのだろう。
「扉を開けてください!」
俺はドンドンと強く扉を叩いた。
「あ、ああ……また人を轢いてしまったら……」
しかし、運転手がそれに気づくことはなかった。彼は、両手で両耳を塞いでいたのだ。
一体、どうすれば……。
「お願いですから、扉を開けてください!」
俺はさらに声を荒げ、強く扉を叩いていく。
それでも尚、運転手が俺に気づくことはなかった。
幸い、彼はハンドルすら握れていない状況なため、電車が発車することはない。
とはいえ、あまりにもノロノロしていると異変に気づいた駅の職員が駆けつけてくるだろうが。
「頼む! 開けてくれ!」
俺は何度も何度もどんどんと扉を叩く。しかし、強化ガラスと金属で作られた扉はビクともしなかった。
すると、背後から小さなため息が聞こえてきた。
「律、力に頼りすぎ……仕方ない」
セレスはやれやれという表情をすると、青色のマギアローズを取り出す。
そして、俺の鼻に近づけた。
「あ……れ?」
一瞬、意識を失った直後、俺はいつの間にかに操縦室の中にいた。
もしかして、転移の効果のマギアローズか……。
「なんであれ、助かった……」
俺は、魔物と対峙する。
『ヴヴヴ……』
魔物は呻き声を上げながら、運転手さんの体から出ようと身をよじらせていた。
「っ……」
魔物を見れば見るほど、恐怖が心を支配していく。
「でも……やるしかない」
怖い……けど、一部は俺のせいで運転手さんは、こんな魔物を生み出してしまったのだ。
その責任は、果たさなければ――ッ!
俺は、意を決して魔物に近づいていくと――
『ゔゔ……ああッ!』
突然、魔物は俺に向かって腕を振り回してきた。
「残念だったな。そんなことしても、そんな短い腕じゃあ、届かない――ッ?!」
刹那、魔物の腕が俺のこめかみを掠めた。
「嘘だろ……腕が……伸びた?」
気付けば、人間の半分ほどの長さだった腕は、何メートルにも伸びていた。
『ヴヴヴッ!』
そこから、始まったのは魔物の猛攻だった。
伸びた二本の腕が鞭のように俺に襲いかかってくる。
「ま、不味い……ッ!」
俺は、咄嗟にしゃがみ、椅子を盾にしながら魔物の腕を回避する。
すると、魔物の腕が当たった背後の扉が、大きく凹んだ。
「これ……当たったらやばいな」
俺がさっき、どれだけ叩いてもびくともしなかったんだぞ?!
「流石にこれは無理だッ! せ、セレス! 助けてくれ!」
俺は、扉の外にいるはずのセレスに助けを求めた。
が……返事は何も返ってこない。
もしかして、聞こえていないのか?!
盾にしている椅子は魔物の攻撃を受け、徐々に壊れていく。
「不味い……このままだと……!」
『死』という文字が何度も何度も脳裏をよぎった。俺は、もう一度ここで……死ぬのか?
何も成せないまま、ここで……。
「――それは……嫌だッ!」
俺は、決死の覚悟で、魔物に飛びかかった。
狭い操縦席の中。魔物との距離は一メートルもない。
これなら、俺にもチャンスが……!
「――あがッ?!」
次の瞬間、俺の体は大きく吹き飛ばされた。
同時に、吹き飛ばされた勢いで体は扉に衝突。骨が折れたような鈍い音が身体中に響き渡る。
「一体……何が……」
飛びそうになる意識の中、目を開けると――運転手さんの体から完全に外へ出た魔物の姿があった。
「あ……」
つまり――時間切れだったわけだ。
完全体となった魔物は、今まで使えなかった足を使って俺を蹴飛ばしたのだろう。
「がっ……」
すると魔物は、動けなくなった俺を無視して、扉を攻撃し始めた。
どうやら、扉の外にいるセレスを殺したいらしい。
「くそっ……俺はいつでも殺せるってかよ」
俺は固く握った拳を解いた。
時間切れだ。完全体の魔物に……生身でなんの武器もない俺が勝てるはずがない。
「ああ、でも……」
俺は下唇を強く噛んだ。
せめて、せめて、この運転手さんだけは救いたかったなぁ……。
例え俺が死ぬことになったとしても、俺のせいで苦しめてしまった人くらいは、助けさせてくれよ。
「なあ神様……それくらいの願い、叶えさせてくれよ……ッ!」
そう願った刹那。
「ぐあッ?!」
突如として視界が眩い光に包まれた。俺は思わず目を瞑る。
「なんだ、一体何が……ッ?!」
光がなくなり、目を開けた時。
いつの間にかに自分の右手に、黒塗りの拳銃が握られていることに俺は気づく。
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