第2話





「わかった?」


「『わかった?』じゃねえよ! あれ、なんなんだよ?!」


「ん……? もちろん、魔物」


 あれが……魔物……?!


「じゃ、じゃあ俺たち、このままじゃ襲われちゃうじゃないか!」


「大丈夫、透明化のマギアローズを使ったから、魔物には気づかれてない」


「そうなのか……?」


 そういえば、バラを二輪、嗅がされたっけ?


 片方は転移で、片方は透明化の効果だったのか。


 俺が驚愕で目を見開いていると、二つの足音がどこからか近づいてきた。


「――居ましたよ! 例の魔物ですッ!」


「――では、直ちに討伐しましょう」


 その二つの足音は――二人の女性警察官のものだった。


「異能、発動します」


 次の瞬間、片方の警察官の手は淡く光り――一瞬で、宝石が取り付けられた杖が現れた。


「では、私も発動します!」


 すると今度は、もう一人の警察官の手に、巨大なメイスが現れた。


「いつも通り、私からいきますね? ……我、炎を願う者――」


 杖を持った警察官は、何かの呪文のようなものを詠唱し始める。


「――炎の奇跡を今ここに……詠唱、完了しました! 炎の異能、発射しますッ!」


 刹那、杖からは竜のブレスのような業火が、魔物めがけて放出された。


『ヴヴヴアアア!!!』


 魔物は、悲鳴を上げながら全身を炎に焼き尽くされていく。


 なんだこれ……一体、何が起きているんだ……?


「トドメですッ!」


 最後に、もう一人の警察官が、メイスを持ちながら魔物へ駆け出した。


 あんな巨大なめいす、普通の女性では到底、扱えないはず。


 ましてや、持ちながら走るなんて……不可能だ。


 それなのに、目の前の彼女は、とんでもない速さで魔物に肉薄し、メイスを魔物の首めがけて振り下ろしていた。


『ヴアアアッ……』


 魔物は、短い断末魔を上げると、光の粉になって消えていく。


 俺は、理解が追いつかず、空いた口が塞がらなかった。


「よし! これで討伐は完了です。……さっさと帰るとしましょうか」


「そうですね」


 魔物の討伐を確認した彼女らは、早々にこの場を後にした。


 ……は? い、一体……何が起こっているんだ?


「……どう? これで大体、わかったはず」


「いや、何がだよっ! 何も理解できねぇよ!」


 ただただ、困惑しただけなんですけど?!


「魔物って存在がいるってことはわかった……けど、アレはなんだったんだよ! 女の方に限っては、魔法みたいなもの使ってるし!」


「ん……? 説明、してなかった……? あれは、『異能』」


「い……のう?」


 確か、杖を持った警察官が『異能、発動します!』とか『炎の異能、発射します』とか言っていたような……。


『異能』ということは、あれは特殊能力とかなのか?


「正確に言うと、特殊な能力を持つ武器を召喚する力……炎を出したり、所有者が怪力になったり……能力は色々」


 つまり、あの杖とメイスは異能だったというわけか……。


「はあ……」


 天使、魔法のバラときて……次は魔物と異能かよ……。


 ガラガラと、俺の中の常識が崩れていく音がした。


「ど? 理解、した?」


「魔物や異能が存在することは理解した……けど! そもそも、魔物も異能もなんなんだ? どうして俺はその存在を今まで知らなかったんだ?」


「……説明、面倒。それも説明しないとダメ?」


「ダメに決まってるだろ」


「ちぇっ……」


 セレスは面倒くさそうな表情をすると、家から持ってきたお菓子を口に放り込む。


 おい、俺よりもお菓子優先かよ。


「しょうがない……説明してあげる」


 するとセレスは、近くのベンチに座って説明を始めた。


「律はきっと、魔物について、知っているはず」


「知っている?」


 生憎、俺の知り合いに魔物みたいな奴はいないのだが……?


「覚えてない? 律が電車を待っている時、線路に落ちた理由」


「線路に落ちた理由か……? あれは、誰かに後ろから突き飛ばされたんだ。絶対に俺からじゃない」


「その押した奴が……魔物」


「いや……流石にそんな訳ないだろ」


 あんな化け物が背後にいたら、流石の俺でも気がつくに決まってる。


「証拠が欲しいなら……試しにスマホで駅の名前と人身事故、この二つのワードで検索かけてみて」


「わかったが……」


 それで何がわかるんだ? 俺は半信半疑になりながら、俺が轢かれた駅である長谷駅と人身事故というワードで検索してみた。


 すると……『長谷駅で人身事故発生、最大一時間の遅れ』というタイトルのネットニュースが本当に見つかった。そのネットニュースの日付は六月四日――ちゃんと昨日だ。


「それで、その記事の中身を確認してみて……人身事故について、なんて書いてある?」


 ネットニュースでは人身事故によって発生した電車の遅れや、事故が起こった時の状況が事細かに書かれていた。


 ――そして、その中には事故の詳細もあった。


「線路への飛び込み自殺……ッ?!」


 ネットニュースにはそう書かれていた。おかしい、あんなに人が多いところで俺は突き落とされたのだから絶対に誰かは犯人の姿を目視しているはず。それなのに原因が自殺?!


「ま、待て、このサイトが間違っているという可能性も……」


 俺は慌てて他のサイトも調べてみたが……結果は同じだった。


「基本的に、魔物を普通の人は目視できないし、声を聞くこともできない……だから魔物に突き飛ばされても、周りからは自分から線路に飛び込んだようにしか見えない」


「っ?! ……そんな……」


「ちなみに……私が魔物について詳細に説明したおかげで、律はこれからもっとはっきり魔物を認識できるようになった……おめでとう」


「なにしてくれてるの?!」


 絶対にそれ、認識できない方が幸せに生きられるやつだよね?!


「大丈夫……どうせこれから魔物を討伐することになるから」


「大丈夫……なのか?」


 そもそも、魔物がどういう存在なのかわからない以上、何とも言えない。


「なあ、一体、魔物の正体は何なんだ? なんで人間を狙ってくるんだ?」


「……うーん」


 セレスは難しそうに眉をひそめると、一つの質問を投げかけてきた。


「ねえ律、なんで人間は願うのか、わかる?」


「願う?」


 俺は突然の質問に戸惑う。


 なんで人間が願うのか……そんなの考えたこともない。


「人間が発展していくため……か? ほら人間はこうなればいいな、ああなればいいなって願ってきたから発展できたんじゃないか」


「……ちょっと違う」


 違うのか、無難で的を射ていること言ったつもりなのだが……。


「うーん……じゃあ、お互いを分かりあうため? とかか? ……ほら、願いがあれば同じ願いを持っている者同士で共感し合えるじゃないか」 


「律がそれ、言うんだ……不正解」


「なんか今俺、煽られた?」 


 ただただ不正解とだけ言えばいいのに余計な言葉をつけるなよ……。


 確かに、人を信じられない俺には分かりあう相手なんて居ないけど。


「じゃあ、なんなんだ? そういうのは哲学だから答えがないはずだぞ?」


「……違う、これは哲学なんかじゃない。願いっていうのは――人間が奇跡を引き起こすために、神様が与えたもの」


「いや、奇跡は起こらないから奇跡と言われるんだろ?」


「違う……元々奇跡っていう言葉は人間の力や自然現象を超えたできごとを指す言葉だったの」


「……じゃあ、今、俺が願えば本当に奇跡が起きるのか?」


「うん、強い感情で強い願いを抱くと……願いがエネルギーになって、具現化して……奇跡が起こる……この願いのエネルギーを願力。奇跡を引き起こした人を、願い主って呼んでる」


 つまり、願力によって人間は奇跡を起こしてきたというのか?


 ……あまりにも論理が飛躍しすぎている。そうだとしたら、願うだけで人を蘇生させたり、殺したりもでき――いや待て、そういうことか?!


「まさか、さっきの魔物と異能は、奇跡によって生まれたものなのか?!」


 すると、セレスは満足げに頷いた。


「強い願いを抱いた時、その人間が負の感情を持っている上に、願いがネガティブなものだった場合は魔物になって、それ以外の人間のポジティブな願いは異能になる」


「は、はぁ……でも、願いってどれくらい強ければいいんだ? そう簡単には魔物は出現しないんだよな?」


「それは、個人差……だけど基本的に、物凄く強く願わないと無理。それはもう……命を代償にしてでも叶えたい願いとか、死んでしまうほどの強い願いとか」


「へえ……」


「だから、異能に目覚めようと意識して強く願っても無理」


「うぐっ……」


 折角なら、今、試してみようと思ったんだけどな……。


 流石にそう簡単にはいかないらしい。


『まもなく、二番線に各駅電車が参ります。危ないですので黄色い線の内側までお下がりください』


 すると、そんなアナウンスが聞こえてきた。


「――律、行くよ?」


 同時に、セレスはベンチから立ち上がった。


「へ? ど、どこに?」


「とにかく、ついてきて……」


 そう言ってセレスは駅のホームを、ずんずんと歩いていく。


「なあ……これ、どこに向かってるんだ?」


 階段を通り過ぎた辺りで俺は違和感を覚えた。駅の外や駅員さんに用があるなら階段は普通、上がるはずだ。


「……」


 セレスは無言だった。まるで黙ってついてこい……そう言いたげな背中だ。


 そうして、歩くこと数分。


「ここ」


 セレスはようやく立ち止まった。


「ここって……」


 そこはホームの一番端。一号車の一番ドア。それだけあって人気はなく、辺りには誰もいなかった。


 その時、電車がゆっくりと近づいてきた。


「見て、これ」


 電車が完全に停車した後、セレスは操縦室の中にいる運転手を指差した。なんだなんだ? 一体、何が――


「っ?!」


 俺は驚愕で目を見開いた。


 それもそのはず、彼の背中から黒いモヤのようなものが溢れ出していたのだから。


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