その願いは魔物なりや【完結まで予約投稿済み】
わいん。
第1話
「死ぬのか、俺」
突き刺すような眩いヘッドライト。時速四十キロメートル前後で線路の上を走る鉄の塊。
そして――それらの目の前にいる俺。
つまり、俺は今、電車に轢かれそうになっていた。
間もなくそれは、現実となる。
激しい痛みと共に、電車と衝突した体は宙を舞った。
「ぐぁッ……」
消えゆく意識の中。
銀髪の少女が、心配そうに瑠璃色の双眸を向けてきたような。
そんな気がした。
「んん……」
まどろみの中。俺は、微かな違和感を感じた。まるで何かが、腹の上に乗っているかのような……そんな気がしたのだ。
俺は寝ぼけ眼を擦りながら、薄らと目を開けると――
「え……」
少女が俺をじっと見下ろしていた。俺の腹の上で。馬乗りして。
「起きた? おはよう……私、天使のセレス、以後お見知り置きを」
彼女はそう言って、小さく会釈をした。
「天使……」
比喩や冗談ではなく、本当に彼女は天使としか思えない見た目をしていた。
「そんなに見つめて……どうかした?」
天使――セレスはきょとんと首を傾げる。まるで、何か問題があったのか、と言いたげに。
背中に冷や汗が走り、肌が粟立つ。
俺の心は、突然の侵入者に対する驚愕と恐怖で埋め尽くされていたのだ。
「と、というか……まずは俺の上から降りてくれないか?」
俺は、馬乗りになって見下ろしてくるセレスを睨みつけた。
どうして馬乗り? 意味がわからない。
「ん……ここ、座り心地いい」
「だとしても、馬乗りするのはおかしいだろ……」
「……ダメ?」
彼女は、愛らしく首を傾げる。
「当たり前だ」
「むぅ」
セレスは渋々といった様子で、俺の腹の上から降りた。
「はあ」
一体、どうなってるんだ?
死んだと思ったら、生きていて、起きたら自称天使が馬乗りしていた。
……夢でも、もっとマシな展開だぞ?
俺は、一旦ベッドから起き上がり、天使から距離をとる。
「どうした?」
「どうしたもこうしたも、目を覚ましたら自称天使が部屋に侵入していた上に、馬乗りされてたんだ……距離くらい取るだろ」
すると、セレスは不機嫌そうに口を尖らせ――
「自称じゃない、本物」
――刹那、眩い光が俺を襲った。
「っ……?! な、なんだ?!」
光が晴れた時、俺の視線は、一点に吸い込まれた。
そこには――少女の背中から生えた一対の白銀の翼があったのだ。
「嘘だろ……」
「どう? これで信じた?」
非現実的だ。
こんな不審者の言葉、信じられない、信じたくない。
だが……上下に揺れる翼を見れば、信じずにはいられなかった。
「いや、これは夢か? または、誰かに幻覚を見させられているという可能性も……」
「……まだ疑うの?」
すると、セレスは不機嫌そうに口を歪ませ、無言でこちらへ歩み寄ってくる。
そして――俺の頬に手を伸ばし、優しくふれた。
温かく、柔らかな感触に、思わず変な声が漏れる。
「どう? ……これで、夢でも幻覚でも無いってわかった?」
「ッ……そう、だな」
俺はセレスの手を振り払う。
「ん……? 嫌、だった?」
「当たり前だろ! 天使だかなんだか知らないけど、俺は疑り深いんだ! 人の事なんて、簡単に信じられるわけない……ましてや、ボディタッチなんて……」
「じゃあ、私は天使だから、大丈夫」
でしょ? と、セレスは小首を傾げた。
「なわけないだろ……! 誰がお前みたいな不審者を信じられるか!」
「む……天使は人を騙したり、裏切ったりしない」
「嘘吐きはみんなそう言うんだよ」
俺は、それを痛いほど知っていた。
人を信じるなんてもう御免だ。
「嘘じゃない……速水律」
「ッ?! ど、どうして……」
どうしてこいつは、俺の名前を知っているのだ。
「もしかして、この部屋にあったものを勝手に見たな?」
「違う……天使の力で特定した」
「なわけあるか!」
俺の言葉に、セレスは眉をひそめる。
そして不満げに――
「律、蘇生してあげた恩人に対して、酷い……」
そんなことを言った。
「当たりま――は? そ、蘇生?!」
「あれ? 気づいてなかったの……? 律、電車に轢かれたの覚えてない?」
「電車……ッ!?」
刹那、頭に電流が走る。
そうだ、そうだった。
俺は電車に轢かれて意識を失って――
「それで、死んだ律を私が蘇生した」
「……意味がわからん」
「私は、意味がわからないことの意味がわからない。だって、私……天使。人間の蘇生くらいできる」
「そう……なのかもしれないが」
「まだ疑問があるの? そろそろ本題、入りたい」
「ちょ、ちょっと待った……その前に、お茶を飲ませてくれ。一旦、心を落ち着かせたいんだ」
「……わかった」
こいつが天使であることと、俺を治療してくれたということは、信じた。状況から信じざるを得なかった。
だが――まだ、セレス自体を信じたわけじゃない。
俺は彼女と十分な距離を取りながら、冷蔵庫へ向かう。
「……これが、冷蔵庫? 中に食べ物がたくさん入ってる……」
「……? ああ、そうだな」
その時、セレスのお腹から『ぐぅ』と可愛らしい音が聞こえてきた。
「……律、お腹が空いた」
「言わなくてもわかってる」
「ねえ……何か、食べ物貰っても、いい?」
すると、セレスは上目遣いでそう言ってきた。
「食べ物?」
もしも、あげなかったら何をしてくるかわからないし……仕方がない。
確か、ここら辺に……あったあった。
俺はお茶と一緒に、チョコレートを一箱、取り出した。
「はいよ。小腹くらいは満たせ――っておい?」
彼女は目にも止まらぬ速さで、それを奪い取ってきたのだ。
そして、パクパクとチョコを口に入れていく。
「……んぐっ、結構、悪くない味……」
「そんなに急いで食べても、チョコは逃げないぞ?」
全く……どれだけ、腹が減っていたんだか。
俺がお茶を飲み終わる頃には、チョコの箱は空になっていた。
「……それで、そっちの本題とやらはなんなんだ?」
するとセレスは言いずらそうな表情をする。
「実は、マギアローズは……人を完全に生き返らせることはできない」
「え? ……じゃあ、この命って?」
なんともいえない恐怖で、背筋に冷や汗が走る。
じゃあ、俺はもう、死んでいるのか?
「律が今持っているのは、私が授けた一年で消える仮の命」
「……は?」
頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
仮の……命? 一年で……消える?!
「ッ!? お、お前……ッ! お菓子より先に、それを言えよ!」
どうしよう……俺、あと一年で死ぬのか……。
すると、セレスは俺の手を掴むと――
「でも、まだ希望はある」
俺の目を見つめて、そう言った。
「魔物を倒すことで得られるエネルギー……SPを一万集めれば、完全に蘇生できる」
「魔物?」
頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
魔物というとRPGやラノベなどでは敵として出てくる化け物のことを指すはずだが……それが現実にいるというのか?
「うん、魔物っていうのは――」
「というのは?」
「……やっぱり、やめた」
「は?」
「多分、律は私が何を言ったところで信じない……それにこの国には『百聞は一見にしかず』って言葉があるくらい、でしょ? ……なら、実際に見せたほうが早い」
「はあ……?」
実際に見せる? 魔物を?
俺は色々と質問したかったが、セレスは質問しても答えてくれそうな様子ではなかった。
それどころか困惑して座りこんでいる俺に対してセレスは眉をひそめる。
「何をぼーっとしてるの……? 百聞は一見にしかず……でしょ? はやく立ち上がって?」
「お、おう……ちなみに、どこへ行くかくらいは聞いてもいいよな?」
「場所は――駅。それも、あなたが轢かれた……ね?」
「ッ……?!」
セレスは悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
そうして、彼女は歩いていく。
――冷蔵庫へ。
「――まさか、他のお菓子を持っていこうとしてるわけじゃないよな?」
「ん……?」
「いや、可愛らしく首を傾げても、誤魔化されないからな?」
はあ……なんなんだ、この天使は。
俺は頭を抱え、財布をカバンに入れたりと、身支度を始めた。
すると、セレスは不思議そうにこちらを見つめてくる。
「ん……? なんで、財布?」
「いや、だって駅まで行くんだろ? なら切符とか買わなきゃだし、財布は必要だろ?」
「ううん……不要。電車は使わない」
「はあ?」
もしかして、歩きで行くって言うのか? ここから、学校の最寄り駅まで、歩きだと二時間はかかるぞ?!
「大丈夫……これを使うから」
すると、セレスはどこからか、灰色と青色の二輪のバラを取り出した。
「え? ど、どこから取り出したんだ?! 手品……?」
「違う……これは、マギアローズ。私の持つ能力の一つ」
セレスは、自慢げにそう言うと、二輪のバラを俺の鼻に近づけてきた。
「あがッ……」
次の瞬間、バラの匂いと共に、激痛が頭に襲いかかった。
「なん……だよ急に……ッ! セレス、一体何を――」
俺は、頭を押さえながらセレスを睨みつけようとした。
しかし、俺の言葉はそこで止まる。
だって――
「どうして……俺は駅のホームに居るんだ?」
気付けば、学校の最寄り駅である『長谷駅』のホームに、立っていたのだから。
すると、セレスは自慢げに話しかけてきた。
「どう? 驚いた……?」
「お、驚くに決まってるだろ! ……もしかして、さっき嗅がせてきたバラの効果なのか?」
「ふふん、そーゆーこと……これで、私が天使ってこと、ちょっとは信じた?」
「っ……そ、それは……」
信じられない、信じたくないのだが……こんなものを見せられては、嫌でも彼女が天使だと信じざるをえなかった。
「律、こっち来て」
すると、セレスは改札に伸びる階段――の後ろへ駆けていく。
なんだなんだ?
「セレス、どうしたんだ――ッ?!」
俺も、階段の後ろへと回ると――そこには、髪の長い女が居た。
それだけならいいのだが――彼女の身長は、一般的な男性の二倍以上もあったのだ。
その上、顔面は蒼白で、手のひらは身長の半分ほどの大きさがあり、全身から、ただならぬ雰囲気を発していた。
まさに異形。化け物としか言いようがなかった。
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