第2話 条件
これで完全に終わった――拙者は、そう思った。
将軍家綱の正体が明らかになった瞬間、拙者の腹は底まで冷え切った。口を滑らせた代償は、仲間の名を吐く以上に重い。否、すでに吐く吐かぬの段階ではない。幕府は、最初から全てを掴んでいる。
松平信綱は、拙者を見下ろしながらも、責めるような視線は向けなかった。ただ、計りの上に置かれた品を量るような目だった。
「丸橋忠弥。上様より条件がある」
条件。その言葉に、胸の奥で何かが軋んだ。死罪に条件も何もあるものか。
だが、家綱は静かに言った。
「由比正雪、ならびに首謀に連なる者すべてが投降するならば――その後、牢の中にあっても、幕府に意見することを許す」
一瞬、意味が理解できなかった。
由比正雪。拙者は一度たりとも、その名を口にしていない。
それでも将軍の口から当然のように出たことで、悟った。拙者たちの企ては、始まる前から幕府に筒抜けであると。
信綱が何も言わないことも、異様だった。老中首座が反対しない。いや、口を挟まぬ。
これは将軍の独断か、それとも幕府としてすでに腹を決めているのか。どちらにせよ、軽い思いつきではない。
「その代わり」
家綱は、年相応とは思えぬ重さで続けた。
「お前たちは、表向きには処刑されたことになる」
拙者は、息を吐いた。そこだけは、予想の範囲だった。
「生きる場所は牢の中。一生だ。自由はない。名も捨てる。それでも――浪人の待遇について、意見を出すことを認める」
浪人。
胸の奥で、長く燻っていた火が、僅かに揺れた。
もちろん、何でも通るわけではないという。幕府にとって害になる意見は退けられる。だが、幕府もまた、浪人対策に行き詰まりを感じている。だからこそ、現場を知る者の声を集めたいのだと。
牢に閉じ込められたまま、世を動かす。
それは奇妙な話だった。だが、拙者には、夢物語とも思えなかった。
このままでは、どうなる。
拙者が口を割ろうが割るまいが、鎮圧は時間の問題だ。正雪先生も、志を同じくした者たちも、皆捕らえられ、処刑されて終わる。
何も残らぬ。恨みだけが残る。
ならば。
この話に乗るのは、裏切りか。
それとも、最後にできる、たった一つの抵抗か。
拙者は考えた。
否、考える余地など、最初からなかったのではないか。
選択肢があるように見えて、実のところ、道は一本しか残されていない。
「……正雪先生のもとへ行け、と?」
そう尋ねると、家綱は頷いた。
「説得しろ。命を捨てるな、と」
拙者は、目を閉じた。
正雪先生の顔が浮かぶ。あの静かな眼差し。理を信じ、世を変えられると疑わなかった人。
拙者は、ゆっくりと首を縦に振った。
「承知した。拙者が、説得に行く」
それは決意というより、確認に近かった。
この先に待つものが何であれ、拙者に選べる道は、もはやそれしか残されていなかった。
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