第3話 【核心】女帝ゴルテナの審判――狙われた至高の指先

 ゴルテナ帝国の深奥――。

 そこは、世界中から奪い尽くされた「美」が、整然と並べられた巨大な宝石箱である。

 壁を埋め尽くす金箔と、歪みのない鏡。その中心に鎮座する玉座から、女帝ゴルテナは冷徹な眼差しを階下へ向けていた。

「……申し訳、ございません。ゴルテナ陛下」

 床に額を擦り付けているのは、暗殺者スヤミィ。

 かつて「不眠の毒蛇」と恐れられ、数多の標的を闇に葬ってきた女の指先は、今や小刻みに震えている。だが、その肌は皮肉なほどに瑞々しく、まるで真珠のような光沢を放っていた。

「妾の視界に、泥を投げ入れたな。スヤミィ」

 ゴルテナの声が、氷の刃となって広間に響く。

 彼女はゆっくりと玉座を立ち、スヤミィの前に歩み寄った。扇子でその顎を乱暴に持ち上げ、獲物を鑑定するような目で覗き込む。

「失敗した者に、明日はなし。ましてや、任務を忘れ、男に骨抜きにされた無能など、わらわの視界に入る価値さえない。妾が愛でるのは、完璧に整えられた『美』のみ。お主のような、乱れた心根の者は不要だ」

 ゴルテナの瞳が、鋭く光った。

 スヤミィの肌の質感、毛穴の一つまで消え去ったかのような極上の仕上がり。それは単なるマッサージではない。肉体を再構築し、魂までを悦楽で上書きする「神の技」の証だ。

「……本来ならば、ライラを殺し、その王家に伝わる雷の魔力で、この帝国の黄金すべてに永遠の輝きを与えるつもりであったが……」

 ゴルテナはスヤミィの頬を爪でなぞり、歪んだ笑みを浮かべた。

「スヤミィ、お主のその肌を見ればわかる。あのライラの傍らにいる従者……『オトモ』とやらは、生贄ライラ以上の価値があるようだな。ただ魔力を注ぎ込むなど、芸術性のない真似はもう不要。あの男の指先さえあれば、わらわの宝石箱せかいは、生きたまま至高の完成を迎えられる」

 ゴルテナはスヤミィを無慈悲に突き放すと、玉座の背後に控える巨大な影を見遣った。

「計画を変更する。ライラは後回しだ。まずはあの男を奪え。アルマ、お主が行け。金で済まぬなら、力ずくで。あの男をわらわの宝石箱せかいへ引き摺り込んでくるのだ」

 カツ、カツ、と重厚な軍靴の音が響く。

 現れたのは、黄金のフルプレートメイルに身を包んだ美丈夫、黄金騎士団団長アルマだった。アルマは一言の私情も挟まず、深く膝をつく。

「――御意。我が剣にかけて必ずや」

 スヤミィは近衛兵によって引きずられ、暗い牢獄へと連行されていく。

 彼女の脳裏に浮かぶのは、自分を辱め、戦士としての誇りを根底から破壊したオトモの、あのヘラヘラとした笑顔。

「あいつは……あいつだけは……私の手で、必ず……っ!」

 牢獄の扉が閉まる重苦しい音。

 スヤミィの瞳に宿ったのは、忠誠心でも恐怖でもない。

 己を「ただの女」に変えた男への、狂おしいほどの復讐心だった。

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