第2話 呪いの短剣、最高のアロマディフューザーに変わる

 その日の朝、ライラの王城は物理的に震えていた。

 ガタガタガタガタ、と窓ガラスが小刻みに悲鳴を上げ、高級な大理石の床からは、重低音の唸りが地響きとなって伝わってくる。

「……ちょっと、オトモぉ! 何ばしよるとや、朝っぱらから!」

 寝巻き姿のライラが、揺れる廊下を千鳥足で駆け抜け、私室の扉を勢いよく開け放つ。

 そこには、朝日に照らされてバキバキに目の決まった従者が、得体の知れない魔法陣の光に包まれて立っていた。

「お嬢様、おはようございます。本日の朝食は『超音波仕立て』でございます」

「……はあ? 超音波? 意味の分からんことば言わんでよ!」

「昨夜、刺客の方への奉仕が不完全燃焼に終わったせいか、私の『おもてなし欲』がオーバーフローしてしまいましてね。一睡もせずに城の防衛システムを書き換え、**『全自動・超多機能マッサージチェア』**に接続しておきました」

 オトモは、あたかも「洗濯機を回しておきました」と言わんばかりの爽やかな笑顔で、国家防衛の中枢をリラクゼーション器具に改造したことを告白した。

 

「城壁全体を微振動させることで、城内にいるだけで全員の血行が促進されます。お嬢様、さあ、揺れに合わせて咀嚼を! 消化効率が三割増しになる計算です。この振動、ふくらはぎのむくみにも効きますよ!」

「できるかぁぁぁ!! 城全体が揺れよったらお茶も飲めんし、何より酔うわよ! 戻しなさい、今すぐ!」


 ――バリバリバリィィン!!

 凄まじい破壊音と共に天井が崩落し、瓦礫の雨と共に一人の少女が降ってきた。

 昨夜、オトモにツヤツヤにされて敗走した刺客、スヤミィである。

「……今日こそ……あの屈辱(エステ)を……晴らす……!」

 彼女は頬を真っ赤に染め、禍々しい黒いオーラを放つ『呪いの短剣』を構えた。

 対するオトモは、地獄から救いの手を差し伸べられた聖者のような、狂気に満ちた歓喜の瞳で彼女を迎え入れる。

「素晴らしい! ちょうど『新鮮な負のエネルギー』の在庫が切れていたのです!」

「……え?」

 スヤミィが放った必殺の突きを、オトモは柳のようにスルー。そのまま流れるような動作で彼女を背後から優しく、かつ強固にホールドした。

 

「お客様、その素敵な『呪い』……有効活用させていただきますね」

 オトモは手際よくスヤミィを、城の心臓部である魔導核……を改造して作った**『全自動マッサージチェア』**へガッチリと固定し、『呪いの短剣』を台座にセットした。

「さあ、起動です。フルコース・マッサージモード、オン!」

 装置が唸りを上げると、椅子に固定されたスヤミィの全身に、魔力を介した超高速の揉み叩きが叩き込まれる。同時に『呪い短剣』から溢れる呪いが空調システムに直結され、城内には優雅な『ラベンダーの香り』が立ち込め始めた。

「な、何を……やめっ、ひゃあああん!? あ、あああああ……身体が、溶けるぅぅぅ……」

 全身をくまなく、逃げ場のない椅子の上で揉みしだかれ、スヤミィの殺気は瞬時に霧散。一分もしないうちに、彼女は骨を抜かれたクラゲのようにヘナヘナになり、恍惚の表情でよだれを垂らし始めた。


 呪いのエネルギーをアロマに変え、刺客をマッサージチェアの潤滑剤にするという暴挙。

 一方で、ライラは地獄を見ていた。

「ちょ、オトモ! 装置ば止めなさい! 出力が上がりすぎて城が壊れるわよ!」

 ライラは制御盤の巨大な緊急停止レバーにぶら下がり、全体重をかけて城の振動を抑え込もうと必死になっていた。髪は乱れ、額には汗が浮かんでいる。

 だが、その必死なライラの視線の先で、オトモはさらに「おもてなし」を加速させた。

 マッサージでヘナヘナになり、台座からずり落ちそうになったスヤミィの頭を、あろうことか自分の膝の上に載せたのだ。

「あぁ……お客様の耳の曲線美! なんという、磨き甲斐のある形だ!」

 オトモが銀の耳かきをキラリと光らせる。

「お嬢様! 見てください! 昨夜やり残した仕事(耳掃除)が、今、最高の素材で完遂されようとしています! お嬢様には『耳掃除は恥ずかしいから一生禁止、やったら即死刑』と厳命されているので、私は今、猛烈に感動しております!」

 デレデレと鼻の下を極限まで伸ばしながら、ヘナヘナのスヤミィに膝枕をして耳掃除を始めるオトモ。

 ライラの顔が、みるみるうちに真っ赤に沸騰した。

(……うちが禁止しとうとは、あんたに変な声ば聞かせたくなかからやろもん……! なんでその女には、そんな幸せそうな顔しよるとやぁぁ!!)

 自分が恥じらいから禁じている「最高の特等席」に、今、別の女が座っている。

 自業自得。わかってはいるが、レバーを握るライラの手に、怒りの雷力が宿る。

「……うちが我慢しとうことを、なんであんたが他の女としよるとやぁぁ!! 許せんもんは許せんのよぉぉ!!」


 怒りで理性が蒸発したライラは、城中に漂う『アロマ粒子』に、青白い稲妻の電撃を強制帯電させた。部屋全体が静電気を帯び、バチバチと火花が散る。

「あ、お嬢様. ちょうどいい。お客様の耳垢をふやかすので、その電撃を『人肌スチームモード』で出力してください!」

「……なん言いよるとね! あんたは、いっつもそうやって他ん女にデレデレしてからに……! うちが禁止しとうとは、あんたにだけは恥ずかしかところば見せたくなかからやろもん! なんでその女には自分から進んで膝枕ばしよるとやぁぁぁ!!」

「………………オトモの、ばかちんがーっ!!」

 ドガァァァァァン!!

 特大の電撃鉄拳が、装置の中心で炸裂した。

 過負荷に耐えきれなくなったマッサージ装置が大爆発を起こす。

「……極楽だわ……」

 スヤミィは、全身ヘナヘナのまま、天井の新しく開いた穴から空の彼方へ吹き飛んでいった。

 そしてオトモもまた、満足げな寝顔で夜空の星へと消えていく。

 静寂が戻った――。

 また一つ増えてしまった天井の穴から、冷ややかな風が吹き込んでくる。

 ライラは真っ赤な顔のまま、へし折ってしまった制御レバーを握りしめ、立ち尽くしていた。

 

 あんなに幸せそうに、別の女の耳を掃除して。

 思い出してまた顔が熱くなる。

 

 ライラは乱れた髪を指先で整え、オトモが消えていった星の輝きをじっと見つめると、誰に聞かせるでもなく、ぽつりと呟いた。

「……次に帰ってきたら……。……一回だけなら、耳掃除させてあげてもよかとよ」

 その声は、吹き抜ける風の音よりも小さく、けれど確かに夜の闇に溶けていった。

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