『おもてなしが過ぎる! 〜電撃王女と、敵をダメにする史上最強の従者〜』
家守 慈絵美
第1話 その指先、国家機密につき
「お嬢様、おはようございます。本日の目覚めに最適な湿度は五五%。このオトモ、昨晩から空気と対話して調整しておきました」
王女ライラの寝室に、涼やかでいて熱を帯びた声が響く。
ライラが重い瞼を持ち上げると、そこには一ミリの狂いもなく完璧な角度で一礼する従者、オトモの姿があった。
「……あんたね、空気と喋る暇があったら、少しは私のプライバシーと喋りなさいよ。なんで毎日、私が目を開ける一秒前に枕元に立ってるのよ」
「もったいないお言葉です。お嬢様が覚醒される瞬間の『美の揺らぎ』を観測するのも、従者の重要な責務ですので」
オトモは爽やかな笑顔で、さらりと変態的な発言をのたまう。
彼はそのまま流れるような所作でワゴンから銀のポットを取り出した。ライラが最も好む茶葉を、その日の体温に合わせて秒単位で蒸らした至高の一杯だ。
だが、給仕を続けるオトモの視線は、天井の隅——わずかに空いた隙間に固定されていた。
「お嬢様、本日の紅茶は少しだけ安眠効果を強めております。……あちらの『お客様』の体調が、あまりに深刻なようですので」
「は? お客様……?」
バリバリバリィィィン!!
凄まじい爆音と共に、寝室の豪華な装飾天井が崩落した。
砂煙の中から現れたのは、黒装束を纏った少女——隣国の刺客スヤミィ。
三日間、飲まず食わずで潜伏していた彼女は、漆黒の隈(くま)を刻み、目は血走り、全身を小刻みに震わせていた。
「なっ……ぜ察知した……! 殺気は完璧に殺して……」
「『殺気』よりも、その限界突破した『リンパの滞り』が、私の奉仕精神を逆撫でするのです!」
スヤミィが短剣を突き出す。ライラが拳を固めた瞬間、オトモが音速で割り込んだ。
「お客様! そのガチガチの肩甲骨では暗殺など不可能です! ちょっと失礼」
「なっ、何を……ひゃ、ひゃんっ!?」
オトモの「神の手」がスヤミィの首筋を的確に捉える。
孤独に殺意を研ぎ澄ませてきたスヤミィの神経が、一瞬で「ふにゃり」と溶けた。
「あ、ああああ……そこ、指が、めり込んで……脳が、とろけるぅ……」
「三日間も体育座りなど! 骨盤の歪みを矯正し、究極の安眠へ誘いましょう」
スヤミィは抵抗する間もなく、オトモの膝の上で安らかな寝顔を晒して爆睡した。
「お嬢様! 彼女の睡眠不足は人道に反します。地下の**特製リラックスルーム(旧・地下牢)**へご案内して参ります!」
「待ちなさいオトモ! あれは刺客よ!? なんで私邸の地下に連れ込んで……ちょっと、待ちなさい! どこへ連れて行く気なの!?」
オトモがデレデレと鼻の下を伸ばし、スヤミィをお姫様抱っこした瞬間、ライラは慌てて追いかけようとする。
「閣下! 和平会議のお時間です!」
「離しなさい! あのバカ、他所の女を抱っこして……信じられない! 離してって言ってるでしょ!!」
王女としての責務に阻まれ、ドレスの裾を掴まれたライラが地団駄を踏む。その横を、オトモは恍惚の表情で、深い地下へと消えていった。
数時間後。王城地下・第一監獄。
そこは今や、最高級のシルク寝具とアロマが漂う聖域と化していた。
「……う、ん……」
スヤミィが目を開けると、自分を膝枕し、黄金の耳かきを構えたオトモのデレデレ顔があった。
「おはようございます、お客様。ちょうど今から仕上げのお耳掃除を——」
「……え?」
敵の膝で爆睡し、「パパ……」と寝言まで言った記憶がフラッシュバックする。
「な、なんで……私、暗殺に来たのに……なんで、こんなに、体が軽いのよぉ!」
「お客様の耳垢が、私を呼んでいたのですよ。さあ、お耳を」
「……っ!! 屈辱よ! こんなに骨抜きにされて……あんた、正真正銘の変態よ!!」
スヤミィは羞恥で顔を真っ赤にし、号泣しながら脱走。ツヤツヤになった肌を涙で濡らし、国境へと走り去った。
「……あ。お客様! まだ、お耳の清掃が終わっておりません!」
差し出した黄金の耳かきを手に、オトモが絶望に打ちひしがれたその時。地下牢の壁が粉砕された。
「オトモォォォォォォ!! どのツラ下げて不完全燃焼とか抜かしてんのよぉぉぉ!!」
公務を爆速で終わらせたライラが、全身から稲妻を放ちながら立っていた。
「あ、お嬢様。ちょうど良かったです。不完全燃焼なので、お嬢様に全力の耳掃除を——」
オトモがデレデレと顔を寄せた瞬間、ライラの怒りは頂点に達した。
「……なん言いよるとね! あんたは、いっつもそうやって他ん女にデレデレしてからに……!」
ライラの右拳に、バチバチと凄まじい雷光が宿る。
「………………オトモの、ばかちんがーっ!!」
ドガッシャァァァァァン!!
特大の電撃鉄拳をまともに食らい、オトモは幸せそうな顔で天井をぶち抜き、夜空の星へと消えていった。
静まり返った地下牢。
天井に開いた穴から見える夜空を、ライラは耳まで真っ赤にして見上げる。
「……ほんとに、バカ……。……うちがおるのに、他ん女ばっかり見んでよ……」
その頃。隣国・ゴルテナ帝国の黄金宮殿。
女帝ゴルテナは、スヤミィの装束に仕込まれたカメラ映像を凝視していた。
彼女は今、この世の誰よりも輝く「究極の美」を追求している最中だ。だが、その瞳に映ったのは、自身の追求を軽々と越えていくオトモの「美技」だった。
女帝は、声もなく武者震いしていた。
「……あの男。私の『美』を、さらに高みへと昇華させるために必要だわ」
追求すべき美の、その先。強欲な女帝の瞳に、抗いがたい渇望が宿った。
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