お祝いのエチュード
まさしの
第1話 「それは、おめでとう」だ
きょう、黒川くんが合格した。
もしかすると、昨日かもしれない。そこはよく分からない。
洗面所で歯を磨きながら、スマホを見ていた。
パジャマのまま、片足に体重を預けて、洗面台に肘をついている。
口の端から泡が落ちて、慌ててすすぐ。
コップを取る。
白いプラスチックで、縁の色が少し剥げている。小学生の頃から使っているやつだ。
口がバツテンのウサギの絵柄だ。その横に大きくひらがなで「ゆな」と書いてある。
油性ペンの線は、もうずいぶん時間が経つけど残っていた。
スマホの画面には1件のメッセージ。
「大学院に合格した。学費は親頼みだけど」
それだけ。
短いな、と思う。
でも、黒川くんはだいたいいつもこうだ。必要なことだけ言って、あとは置いていく。
補足も、感情も、回収は相手任せ。
親頼み、という言葉が、口の中に残った。
ミント味の歯磨き粉と混ざって、少し変な感じがする。
そういえば、と思う。
先週、親から食料が届いた。段ボールはまだ部屋の隅に置いたままだ。缶詰と精米と、菓子類がいくつか。中に入っていた母からのありがたいお小言は、読んでそのまま戻した。
黒川くんには「おめでとう」と返した。
深く考えるまでもない。この手の返答には、だいたいこれでいい。
すぐに既読がついた。
コップを伏せて、蛇口を閉める。
母へ電話する。
「あ、今から大学に行くんだけど。先週、荷物ありがとう。急いでるからこれで」
母の返答に相槌を打ちながら、朝の時間は過ぎていった。
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