第1章 偶像の求心力 第6話 侵食
一方、雑居ビルの一室。 「さくら」を運用する男たちは、これまでにない焦燥に包まれていた。
「……リリスのヤツ、あそこまでやるのか」 「数字が追いつかれる。大衆が『綺麗なだけのさくら』に、飽き始めてる」
彼らが作り上げてきた「清楚」という概念は、リリスが撒き散らす生々しい現実感に、確実に押し負けつつあった。
男たちは慌てて対策を練る。
「イメージを更新しろ。もっと幼く、もっと無垢に見せるんだ」 「“守ってあげたい存在”として、もう一段階下げろ」
かつて彼らが嘲笑っていた「女の必死さ」を、 今や自分たち自身が、なぞり始めていた。
用意された衣装。 過剰に計算された表情。 不自然なほど作り込まれた「隙」。
それらは確かに数値を動かしたが、同時に、 さくらが持っていたはずの「自然な清廉さ」を、少しずつ歪めていった。
「……おい、このリプライ」 「信者だったやつらが、リリスに流れてる」
「『さくらちゃんは綺麗だけど、リリスは俺たちを“求めてくれる”』だと?」 「クソ……」
彼らは歯噛みする。
「やつらは身勝手すぎる。 性欲と庇護欲を、都合よく切り替えやがる」
だが、その言葉は、そのまま自分たちにも突き刺さっていた。
運用チームの中で、怒号が飛び交う。
「もっと刺激を入れなきゃ勝てない!」 「やめろ。看板を下ろした瞬間、さくらは“ただの女”になる!」
合議制という名の完璧だったはずのシステムに、 初めて、明確な亀裂が走った。
佐藤真希の日常は、もはや薄氷の上ですらなかった。
オフィスのデスクでキーボードを叩く指先が、微かに震えている。昨夜のライブチャットで酷使したせいだ。
「真希、顔色悪いよ? ちゃんと寝てる?」
由香の声が届くが、真希の意識は別の場所にあった。
(……あんたみたいに、男に選ばれるのを待ってる女とは違う)
昨夜のインプレッションは、さくらを捉える寸前まで跳ね上がった。 だが、まだ足りない。
あの「清純」という名の厚い壁を破るには、もっと決定的なものが要る。 加工でも、演出でもない。 剥き出しの「生」だけが、あの偶像を汚せる。
帰宅したアパート。 健太は相変わらず、散らかった部屋でゲームに興じていた。
「なあ、真希。いつまで生理なんだよ。疲れてんのか? 次の連休、旅行でも行くか?」
その無神経な声に、真希は吐き気を覚えた。 この男は、自分の隣にいる女が「リリス」として数万の男を狂わせていることなど、微塵も知らない。
(……もう、こんな義務に付き合う必要はない)
真希は何も言わず、寝室へ向かう。 鍵をかけ、背中を扉に預けた。
胸の奥で、何かが音を立てて崩れ始めていた。
佐藤真希の日常は、もはや薄氷の上ですらなかった。
オフィスのデスクでキーボードを叩く指先が、微かに震えている。
寝不足と、身体の奥に残った鈍い疲労のせいだ。
「真希、顔色悪いよ? ちゃんと寝てる?」
由香の声が届くが、真希の意識は別の場所にあった。
(……あんたみたいに、男に選ばれるのを待ってる女とは違う)
昨夜のインプレッションは、さくらを捉える寸前まで跳ね上がった。
だが、まだ足りない。
あの「清純」という名の厚い壁を破るには、もっと決定的なものが要る。
加工でも、演出でもない。
剥き出しの「生」だけが、あの偶像を汚せる。
帰宅したアパート。
健太は相変わらず、散らかった部屋でゲームに興じていた。
「なあ、真希。いつまで生理なんだよ。疲れてんのか?
次の連休、旅行でも行くか?」
その無神経な声に、真希は吐き気を覚えた。
この男は、自分の隣にいる女が「リリス」として数万の男を狂わせ、
昨夜もまた、別の男の腕の中にいたことなど、微塵も知らない。
(……もう、こんな義務に付き合う必要はない)
真希は何も言わず、寝室へ向かう。
鍵をかけ、背中を扉に預けた。
胸の奥で、何かが音を立てて崩れ始めていた。
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