第1章 偶像の求心力 第4話 ひまわりの中身

どこかの安アパートの一室。

あるいは地方のネットカフェ。

あるいは、誰もいなくなった深夜のオフィス。

場所も素性も異なる十数人の男たちが、

暗号化されたボイスチャットで繋がっていた。

「また湧いてるな。リリスの“イヌ”ども」

無精髭の男が、モニターを見て鼻で笑う。

画面には、「加工だ」「中身はオッサンだ」という罵詈雑言が、

規則正しく流れていた。

「放っとけ。その分、数字は回る。

『お弁当失敗しちゃった』の予約、少し早めろ」

淡々とした指示が飛ぶ。

「隙を見せればいい。

バカな大衆はな、守る理由を与えられた瞬間、

敵を勝手に作り始める」

そこに、「さくら」という女性は存在しない。

女に相手にされなかった者。

女という生き物に幻想を抱き、裏切られた者。

元々は三人の男たちが、それぞれの技術を持ち寄って構築した――

究極の雌。

それが、「さくら」というシステムだった。

闇サイトを通じて、そのシステムは次第に複雑化していく。

今や何人が「さくら」を動かしているのか、

彼ら自身ですら全容を把握できていない。

「本物の女って、どうしてあんなに見苦しいんだろうな」

別の男が、リリスの自撮り画像を画面に映す。

露出の多い胸元を、指でなぞる。

「自分の肉体を切り売りして、

承認欲求を満たすだけの売女。

あんな剥き出しの欲望じゃ、

俺たちの作った“記号”には一生勝てない」

「女より、俺たちの方が

“理想の女性像”を理解してるんだよ」

嘲笑が重なる。

「滑稽だよな。

本物の女たちが、自分たちより遥かに精巧な

“偽物の女”に嫉妬して、勝手に壊れていくんだから」

誰も、そこに違和感を覚えなかった。

彼らにとって「さくら」は、愛の対象ではない。

支配と復讐を完遂するための、最適解に過ぎなかった。

彼らは合議制で、さくらを運用していた。

構成員の素性は、彼ら自身ですら把握していない。

SNSを介して雲のように集まり、

いつの間にか役割だけが残った男たちの成れの果てだった。

一人は、最新のコスメ情報を分析する。

一人は、「女子大生らしい不器用さ」を計算し、文章を整える。

一人は、背景に映り込んだ反射や影から

個人情報が漏れないよう、画像を加工する。

そこに感情はない。

あるのは、最適化された工程だけだ。

その徹底した「製造ライン」に、

生身の真希が勝てる道理はなかった。

さらに彼らは、

さくらを崇拝する「信者アカウント」を

数十、数百と用意していた。

称賛。

擁護。

共感。

そして怒り。

大衆が安心して熱狂できる感情は、

すべて事前に仕込まれている。

さくらに下卑たDMを送ってきた男は、

即座に特定される。

信者アカウントが一斉に動き、

衆人環視のもとで晒し上げる。

「ハングドマン(吊るされた男)の刑だ」

淡々とした声が、VCに響いた。

「さくらちゃんを汚そうとした罪は重い」

その断罪すら、正義でも防衛でもない。

さくらという偶像の神聖さを補強するための、

ただの演出だ。

吊るされる男。

それを見て安心する大衆。

そして、より純度を増していく「清楚なさくら」。

すべてが循環し、

消費されていく。

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