第1章 偶像の求心力 第3話 純白のアトリビュート
ある夜。
隣で寝転ぶ健太のスマートフォンが、不意に光った。
画面に流れているのは、清楚系インフルエンサー・さくらの動画だった。
淡い色合いの服。控えめな笑顔。
何かを主張するでもなく、ただ「そこにいる」だけの映像。
健太は無自覚に、鼻の下を伸ばしている。
自分には義務的な行為しか求めない男が、
画面の中の「記号」に、安らぎを預けている。
「……キモい」
吐き捨てた声に、健太は一瞬だけ肩を震わせた。
だが、すぐに曖昧な笑いで取り繕う。
「別に、好きとかじゃないって。みんな見てるしさ。
なんか……安心するじゃん」
その言葉が、すべてだった。
欲情でも、愛情でもない。
“安心する”という理由で選ばれる存在。
真希は、自分が最初から立っていない土俵を、
静かに突きつけられた気がした。
翌日。
オフィスでも、その名前は当然のように出る。
「さくらって、正直ちょっと鼻につかない?」
由香はそう言いながら、スマートフォンを操作する手を止めない。
画面には、さくらの最新投稿。
昨日と変わらない、清楚で、隙のある笑顔。
「でもさぁ……いいよね。ああいうの」
由香は溜息混じりに続けた。
「守ってあげたくなるし。男ウケ、最強でしょ」
嫌悪と羨望が、同じ口から零れ落ちる。
否定されながら、模倣される。
軽蔑されながら、消費される。
さくらは、もうそういう次元に到達していた。
誰もが目を逸らせず、誰もが勝てない――
絶対的なアイコンとして。
真希は、執念深くさくらの「検証」を始めた。
「これ、AI生成か過剰な加工じゃない?
ほら、関節の曲がり方が不自然よ」
リリスとして投げかけた指摘は、どれも決定打にならなかった。
大衆にとって重要なのは、
さくらが“本物かどうか”ではない。
タイムラインに提示される
「可愛いさくら」という結果。
それだけだった。
それは、アイドルの私生活に興味を示さないファン心理と同じだ。
さくらはもはや人間ではない。
二次元のキャラクターに限りなく近い、「記号」として完成している。
生身の肉体で欲望を刺激し、
支配を築いてきた真希にとって、
その在り方は正反対だった。
記号化されることを嫌い、
血の通った反応だけを糧にしてきた自分が、
最初から勝てない土俵に立たされている。
「……あんた、何者なの」
吐き捨てるように呟いても、答えは返らない。
タイムラインでは、炎上系インフルエンサー・RIN-Kが冷笑気味に煽る。
「偽物VS偽物。どっちが先に壊れるかな?」
一方で、のどかは聖女の顔でコメントする。
「さくらちゃんが可哀想。リリスさん、もうやめてあげて」
善意を装った言葉が、火に油を注ぐ。
他の参加者たちは、この泥沼をただのエンタメとして消費していた。
女なら誰もが感じる違和感はある。
だが、それを言葉にする決定的な刃が、どこにもない。
御子柴もまた、成り行きを見守るしかなかった。
このゲームの敗北条件は、
一週間連続のインプレッション最下位。
残された猶予は、あと三日。
胸の奥に、微かな焦りが芽生える。
最終手段はある。
だが、まだ切るべき札ではない。
――ならば。
御子柴の中で、別の選択肢が、
静かに形を取り始めていた。
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