第1章 偶像の求心力 第1話 佐藤真希

佐藤真希には、ひとつの確信があった。

世の中には、有名な起業家や権力者と繋がることで、自分を大きく見せようとする女が溢れている。

だが、真希に言わせれば、それはただの寄生だ。

他人の肩書きにぶら下がっている限り、その人間は、自分の輪郭を持たない。

――身近に置く人間は、自分より下でなければならない。

そうでなければ、私という存在は、簡単に崩れてしまう。

だから真希は、あえてこの冴えない会社で、冴えないアシスタントを続けていた。

能力をひけらかすことも、上を目指す素振りも見せない。

周囲が自分より下であればあるほど、自分の価値は、静かに、しかし確実に浮き彫りになる。

昼休み。

由香が、わざとらしくスマートフォンを傾けてみせた。

「真希もさ、もっと自分磨きなよ。そんな地味な格好してたら、一生いい男捕まえられないよ?」

画面には、ホストとのツーショット。

金の匂いと虚栄心を隠そうともしない笑顔。

真希は、曖昧に微笑んだまま、心の中で冷笑する。

――平凡?

笑わせないで。

あなたは自分の価値を切り売りして、虚像の財布になっているだけ。

私は、あなたみたいな「商品の末路」を眺めるために、ここにいるのよ。

夜。

湿った埃の匂いがこもるアパートに帰ると、健太がゲーム機を握ったまま、視線も向けずに言った。

「おかえり。今日さ、寝る前にちょっとヤらせて。最近溜まってんだよね」

付き合って三年。

そこに愛情は、もうほとんど残っていなかった。

――最初から、こうだったわけじゃない。

ふと、どうでもいい記憶が蘇る。

記念日だと伝えていた夜。

待ち合わせの店で、真希は一人、冷めたグラスを見つめていた。

連絡は来なかった。

後から届いたのは、「ごめん、寝てた」の一言だけ。

たった、それだけのことだった。

怒鳴るほどでも、別れる理由にもならない。

ただ、心に小さな隙間が空いただけ。

その隙間を埋めるように、

あの夜、真希は初めてマッチングアプリを開いた。

適当に撮った自撮りを一枚。

深く考えもせず、放り込んだ。

――数分後。

通知が、画面を埋め尽くした。

数百を超える「いいね」。

内容なんて、どうでもよかった。

女であるというだけで、男は誘蛾灯のように集まる。

それが、この市場の原理だ。

その光景を前にして、真希の中で、何かがはっきりと分かれた。

ここにいる私は、ただの「女」。

欲望を集め、消費されるだけの器。

だが――

この欲望を操り、選別し、価値に変換する“私”が、別に必要だ。

画面に映る自分の顔を見つめながら、

真希は、心の中で名前を与えた。

――リリス。

欲望を引き寄せるための仮面。

弱さも迷いも切り捨てた、選ぶ側の人格。

それは逃避ではなく、最適化だった。

この世界で勝つために、生まれたもう一人の自分。

現在。

健太の声を背中で聞き流しながら、

真希は無言で頷いた。

拒むほどの感情は、もうない。

代わりに、スマートフォンの画面には、

リリスとしての通知が並んでいる。

確信がある。

自分は、ここよりも、もっと上の場所にいる。

――いや、もう、戻るつもりはない。

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