序章 饗宴の招待状 第3話 正義の銃口
空腹を覚え、三日ぶりに外へ出た。
近所のコンビニでパンと牛乳を買い、うつむき加減でアパートへの道を歩く。
「……おい、あいつじゃないか?」
背後から、低く、湿った声が聞こえた。
振り返ると、派手な服装をした若者数人が、スマートフォンをこちらに向けていた。
レンズが、まるで銃口のように御子柴を狙っている。
「Kのマネージャーだろ。脚本家さんよ、次はどんな嘘を吐くんだ?」
「売春の斡旋、本当なんだろ? 薬もやってんのか?」
笑い声が混じる。
彼らにとって、御子柴は痛みを感じる人間ではなく、動画の再生数を稼ぐための「素材」でしかなかった。
御子柴は何も言い返さず、ただ肩を震わせ、早足でその場を去った。
部屋に逃げ込み、鍵を閉める。
一息ついてから呟いた。
「カメラの角度が雑だな……」
スマートフォンを開くと、正道チャンネルの新しい動画が投稿されていた。
【緊急告発:Kの失墜、その裏に潜む「真の黒幕」を暴く】
正道は、整った顔立ちに厳しい表情のアバターを通して、話し始めた。
「……Kの書類送検は、氷山の一角に過ぎません。その脚本を書き、彼を裏で操っていたマネージャー、御子柴賢一。彼こそが、未成年者の売春斡旋、さらには違法薬物の流通に関与していた疑いが浮上しました」
正道の声は、よく通る。
怒りを煽るには、少しだけ低く、少しだけ強い。
背後のモニターには、出処不明のスクリーンショットや、切り取られたメッセージの断片が次々と映し出されていく。
真偽はどうでもいい。
“物語として成立する”だけの情報が、過不足なく並べられていた。
「私は、この汚れた『正義』を許さない。
徹底的に、彼を社会から排除すべきです」
断罪の宣言。
それは判決ではなく、合図だった。
再生数は、投稿から数分で数万を超えた。
コメント欄は、怒号と嘲笑で埋め尽くされていく。
――当然だ。
御子柴は、そう思った。
画面の向こうで起きているのは、真実の追及ではない。
役割の受け渡しだ。
Kが消えた今、
次に「悪役」を引き受ける席が空いている。
御子柴は、画面の中の九条をじっと見つめていた。
その瞳から、先ほどまで確かにあった怯えが、潮が引くように消えていく。
代わりに浮かんできたのは、奇妙な納得だった。
(……ああ)
正道は、正しい。
正義の形式として、何一つ間違っていない。
証拠は揃っているように見えるし、
敵は反論できず、
大衆は怒りたがっている。
これ以上、都合のいい構図はない。
御子柴は、動画を止めなかった。
停止ボタンに指を置いたまま、再生を続けた。
一言一句、
正道の語りを、構図ごと、胸の奥に刻み込む。
(……なるほど)
彼は、初めて理解した。
自分は、裁かれているのではない。
“使われている”のだ。
そして――
使われる人間には、必ず次の役目が用意される。
御子柴の唇が、わずかに歪んだ。
それが笑みなのか、確認する者は誰もいなかった。
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