序章 饗宴の招待状 第2話 大罪人のカルテ
ネクスト・ステージ。
その組織名を検索欄に打ち込んでも、返ってくるのは、実体のない砂嵐のような情報だけだった。
ドメインの取得先はアイスランド。
サーバーは複数の国を経由し、実質的な運営元を特定することは不可能に近い。
この手の仕組みは、裏方にいた頃、何度も見てきた。
意図的に足跡を残さない構造だ。
世界的な大企業であれば、ブランドイメージを揺さぶる、株価を意識させる、スポンサーに圧をかける――いくらでも抗いようはある。
だが、顔も住所も持たない組織に、法的手段やコンプライアンスを盾にした交渉は通用しない。
御子柴は、暗い部屋で一人、液晶の光に照らされていた。
まず、舞台の構造を知らなければならない。
だが、自分が今立たされている舞台の底が、どこまで続いているのかさえ分からなかった。
数日が経過し、SNSのタイムラインは「Kの座」を巡る狂騒に塗り替えられていった。
告発。
擁護。
考察。
陰謀論。
誰もが、自分だけは真実を見抜いているという顔で、言葉を投げ合っている。
御子柴は、その熱狂の外側から、画面越しに六人の参加者を凝視した。
自分以外に選ばれた、六つの名前と顔。
自分の役割は「強欲」らしい。
だが、御子柴はその言葉を、まだ自分の内側に落とし込むことができずにいた。
欲しいものは、もう何も残っていないはずだった。
タイムラインを埋め尽くしているのは、すでに名を知られた顔ばかりだった。
ネクスト・ステージが選んだ七人は、誰一人として無名ではない。
まず目につくのは、バッカス。
本名、金城流星。有名企業の御曹司であることを、隠す気は微塵もない。
一日百万円を使い切る生活。
余れば捨てると豪語し、その様子を動画にする。
金は手段ではなく、消費されるための燃料だ。
炎上すらも話題性として飲み込み、数字に変えるその姿は、もはや暴食という言葉がふさわしい。
リリスは、剥き出しの肌と視線で画面を支配する女だった。
彼女の投稿において、承認の単位は「いいね」ではない。
欲情だ。
どれだけ渇望させ、どれだけ奪えるか。
生身の身体を商品として差し出しながら、彼女自身もまた、その視線に溺れている。
さくらは、真逆の位置にいる。
顔は曖昧にぼかされ、言葉は柔らかく、生活は清潔に切り取られている。
女子大生。
その肩書きと幼さは、見る側が勝手に理想を投影するための余白だった。
彼女は何も主張しない。
ただ「清楚であること」だけを積み重ね、信者たちの虚飾を、際限なく肥大させていく。
RIN-Kは、炎の中にいた。
過去の知人、元恋人、消えたアカウント――
拾い集めた醜聞を切り刻み、娯楽として投げる。
怒りは燃料で、炎上は広告だ。
彼女自身が何者なのかを語ることはない。
ただ、燃えている場所に必ず現れるという事実だけが、名前の代わりになっていた。
正道執行チャンネル。
運営者である九条正道の顔は知られていないが、声と論調はよく知られている。
法、倫理、社会正義。
それらを掲げ、誰かを裁くことに一切の躊躇がない。
正しさを振りかざす者ほど、自分が裁かれる側に回る可能性を想定しない。
御子柴は、そこに奇妙な安定感を覚えていた。
そして、のどか。
彼女だけが、騒音の中で異質だった。
派手な主張も、過激な言葉もない。
「ちゃんと食べてるかな」
「無理しないでね」
そんな投稿を、誰にともなく流し続けている。
世界が敵になっても味方でいると、平然と言ってのけるその優しさは、
あまりにも綺麗で――だからこそ、不自然だった。
最後に、御子柴賢一。
彼だけは、インフルエンサーではない。
だが名前は知られている。
元・人気インフルエンサーKのマネージャー。
アカウントの代理人であり、案件の調整役であり、
Kという偶像の裏側を、最も近くで支えていた男だ。
Kが失脚し、姿を消した今、
大衆の視線は、当然のように次の標的を探している。
そしてその視線は、裏にいた人間へと向かった。
なぜ彼が選ばれたのか。
その答えを、御子柴自身はまだ言語化できていない。
だが一つだけ、確かなことがある。
この七人は、並べられたのではない。
――選別されたのだ。
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