虚飾の戴冠

戸谷原夢叶

序章 饗宴の招待状 第1話 御子柴賢一

御子柴賢一は、誰の目から見てもやつれていた。

無精髭が、顎から頬にかけて伸びている。

整えようとした形跡はない。ただ、時間だけが経過したような伸び方だった。

着ているスーツは皺だらけで、サイズも合っていない。

いつからこうなったのかは、見ただけでは分からない。

彼はスマートフォンを見つめている。

操作はしていない。

画面が暗くなるたび、指でなぞって再び点灯させる。それを、何度も繰り返していた。

通知音は鳴らない。

それでも、彼は目を離そうとはしなかった。


人気インフルエンサーK、複数の嫌疑で書類送検 所在不明

登録者数二百万人を超える人気インフルエンサー・K(本名非公表)について、警視庁は○日、収賄および準強制性交、傷害の疑いで書類送検したと発表した。

捜査関係者によると、被害を訴える複数の関係者から事情聴取を行っており、K本人からも任意での事情説明を求めていたが、現在までに連絡が取れていないという。

Kはこれまで、企業案件や公共キャンペーンにも多数起用され、いわゆる「炎上」とは無縁の存在として知られていた。

関係各所は相次いで起用停止を発表しているが、所属事務所は「事実関係を確認中」とするコメントを出すにとどまっている。

なお、Kの公式SNSはすでに更新が止まっており、最後の投稿には、賛否を含む数十万件のコメントが寄せられている。


無機質にスマートフォンをなぞっていた御子柴の手が、ふいに止まった。

画面に、

「新着通知が1件あります」

という表示が浮かんでいる。


【重要】イベント開催のお知らせ

この度、我々ネクスト・ステージは、拡大を続けるSNS市場の健全な発展を願い、その次なる段階として、次期K決定戦の開催を決定いたしました。

本企画では、我々が選定した七名のインフルエンサーにより、一定期間内に獲得したインプレッション数を競っていただきます。

最も多くの成果を上げた参加者を優勝者とし、その願いを、可能な限り実現いたします。

さらなる富を得ることも。

名声から身を引き、別の人生を選ぶことも。

すべては、あなた次第です。


ここまで読んだ御子柴は、鼻で笑い、画面を閉じかけた。

文面だけを見れば、相当手の込んだ迷惑メールに過ぎない。

――少なくとも、そのはずだった。

最後の一行で、指が止まる。


あなたの役割は「強欲」です。

元・人気インフルエンサーKの脚本家

御子柴賢一 様


この送り主は、どこまで知っている。

そう思った瞬間、胸の奥で、得体の知れない感情が膨らんだ。

それが期待なのか、恐怖なのか。

あるいは、久しく感じていなかった高揚なのか。

御子柴は、まだ名前を与えなかった。

ただ一つだけ、確かなことがある。

それが――無視できる類のものではない、ということだった。

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