第8話:投げ銭は、魔力供給
神殿からの「異端認定」と、チャンネル凍結要請。
それは、個人が国家権力に押し潰される確定的な未来宣告に見えた。
それでも、アイリスは動じなかった。
裏の回線で、相棒の「水晶技師」に淡々と指示を飛ばす。
「凍結までの猶予は?」
『結晶ギルドの規約によれば、要請から審査まで一時間。……あと四十分ってとこか』
「十分あればいいわ」
アイリスは、手元の『原初の水晶』の設定を書き換えた。
今まで封印していた機能――『魔力同調』の開放。
それは、視聴者が自身の魔力を水晶端末経由で配信者に送る機能だ。
投げ銭(魔力送金)。
だが、この世界では意味が違う。
魔力は、灯りや魔道具を動かすエネルギーであり、金貨と同等の価値を持つ「資源」だ。
「神殿は『言葉』を消せても、『魔力』は消せない。……だって、それは彼らが最も欲しがっている利権そのものだから」
アイリスは不敵に笑い、配信を再開した。
* * *
画面が映る。
アイリスは、膝を抱えて俯いていた。
「……ごめんなさい。もう、お話しできないかもしれません」
か細い声。
背景は薄暗く、絶望的な閉塞感が漂っている。
「私の言葉は、すべて消されてしまうから。……最後に、皆様に感謝を伝えたくて」
コメント欄には、神殿の「加護フィルタ」が常駐していた。
アイリスを擁護する言葉、神殿を疑う言葉は、即座に金色の粒子となって弾け飛ぶ。
画面上には、神殿を称える無機質な言葉だけが流れている。
視聴者は、無力感に苛まれていた。
何を書いても消される。思いが届かない。
そのストレスが限界に達した時、アイリスがぽつりと呟いた。
「言葉が届かなくても……皆様の『想い』を感じられれば、私は消えても構いません」
その瞬間。
一人の視聴者が、コメント欄の横にある《投げ銭(魔力送金)》の紋章に触れた。
『名無しの市民が、小魔石を捧げました』
ピロン、という硬質な音が響く。
画面の中に、小さな光の粒が舞い降りた。
それはアイリスの肩に触れ、ふわりと溶けて――『原初の水晶』へ吸い込まれていく。
「……あ。暖かい」
アイリスが顔を上げ、涙に濡れた瞳で微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、視聴者の中で何かが切れた。
言葉が消されるなら、魔力を送ればいい。
これなら届く。
これなら、彼女を暖められる。
──投げ銭ログ──
『Aが、中魔石を捧げました』
『Bが、大魔石を捧げました』
『Cが、結晶花束を捧げました』
『Dが、最高級魔力タンクを捧げました』
──────────
ピロリン、ピロリン、ジャラララララ!
通知音が重なり、轟音となって響き渡る。
光の雨だ。
数千、数万の視聴者が、鬱憤を晴らすかのように魔力を送信し始めたのだ。
水晶ネットワークを通じて送られた膨大な魔力は、『原初の水晶』に集約される。
そして、受けきれない余剰は、光として放散される。
――発光する。
「……っ、熱い、です」
アイリスの全身が、純白の光に包まれた。
演出用の照明ではない。
彼女自身が、高密度の魔力光源となって輝き始めたのだ。
その光は、薄暗い部屋を昼間のように照らし出し、粗末なワンピースを神々しい聖衣のように見せた。
皮肉な構図だった。
本物の聖女リリアは、美肌補正と豪華なセットで飾り立てた。
だがアイリスは、民衆から託された魔力で、本物以上に神々しく輝いている。
この世界において、「人気」とは曖昧な概念ではない。
集めれば物理的な光となり、熱となり、力となる「エネルギー」そのものなのだ。
──配信コメント(加護フィルタ処理遅延)──
「なんだこの光!?」
「後光が差してる……」
「リリア様より聖女じゃねーか!」
「俺たちの魔力が、彼女の力になってる」
「消えるな! もっと輝け!」
「#真の聖女アイリス」
──────────
あまりの流量に、神殿の「加護フィルタ」さえ処理が追いつかず、検閲をすり抜けた称賛の言葉が流れ始めた。
裏でモニターを見ていた水晶技師が、興奮した声を上げる。
『おいおい、すげえぞ! この魔力流量、王都の魔力消費の三日分だ! これだけの手数料が入れば、結晶ギルド(運営)も無視できねえぞ!』
そう。
水晶ネットワークを管理する「結晶ギルド」は、営利組織だ。
送られた魔力の三割は、場所代(プラットフォーム手数料)としてギルドに徴収される。
今、アイリスのチャンネルは、王国で最も巨大な「金脈」と化していた。
神殿の顔を立てて、金脈を封じるか。
神殿を黙らせて、莫大な利益を得るか。
商人の答えは、一つしかない。
配信終了間際。
画面の端に、神殿の警告を上書きする形で、新しい通知が浮かび上がった。
それは、結晶ギルドが「神殿の要請」よりも「アイリスの価値」を選んだ証明だった。
──結晶ギルド通知──
【審査結果】当該チャンネルの凍結要請は、証拠不十分により却下されました。
【資格付与】貴殿を「公認魔力パートナー(収益化対象)」として認定します。
【条件】政治的内容を含む配信には「広告表示」が義務付けられます。
──────────
***
(後書き)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
民衆の力が物理的な光となり、運営の方針さえもねじ伏せる。「ざまぁ」とは違う、経済的な勝利に「スカッとした!」と感じていただけましたら、
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皆様の「★(評価)」も、アイリスの執筆活動における重要な魔力供給です!
次回、**『第9話:会見、失敗/公式切り抜き投下』**
凍結を回避したアイリスに対し、王太子がついに「映像」での反撃に出ます。しかし、その表情は……? 泥沼の総力戦、お楽しみに!
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