第7話:聖女参戦(自爆)、しかし背後は強い

 正午。

 王都中央広場に設置された巨大な幻影スクリーンが、一斉に起動した。


 同時に、水晶ネットワーク上でも公式生中継が始まる。

 タイトルは『聖女リリアによる、真実の祈り』。


 アイリスは、自室の窓を厚いカーテンで閉ざし、手元の水晶でその様子を監視していた。


「……始まったわね」


 画面が明るくなる。

 そこには、計算され尽くした――あるいは、見誤った「聖なる空間」が映し出されていた。


 純白の祭壇。

 金糸で刺繍された最高級の絨毯。

 そして、無数の聖花に囲まれて祈りを捧げる、聖女リリアの姿。


 彼女はゆっくりと顔を上げた。

 水晶の「美肌補正術式」が最大出力で掛かっているのか、その肌は不自然なほど発光し、瞳は宝石のように輝いている。


『王都の皆様。そして、水晶を通じてご覧の皆様……』


 リリアが口を開く。

 鈴を転がすような、完璧に作られたソプラノボイス。


『わたくしは、悲しいです。愛するアイリス様が、あのような誤解を招く配信をなされたことが……』


 彼女は胸に手を当て、涙ぐむ仕草を見せた。

 その指には、大粒の魔石が嵌め込まれた指輪が光っている。

 背景には、王宮から持ち込まれたと思われる豪奢なティーセットや、護衛の聖騎士たちが整列しているのが見切れていた。


 アイリスは、冷めた紅茶を一口啜り、小さく呟いた。


「……馬鹿ね」


 リリアは美しい。それは事実だ。

 だが、彼女は今の「空気」を致命的に理解していない。


 国民が見ているのは、「深夜に震えながら謝罪した、やつれた令嬢(アイリス)」の姿だ。

 その対比として、「真昼間に、贅沢な品々に囲まれ、上から目線で語る聖女」が出てきたら、どう映るか。


 答えは、コメント欄にあった。


──配信コメント──

「なにこのキラキラ」

「王族は優雅でいいですね」

「アイリス様は地下牢(疑惑)なのに、こっちはお茶会かよ」

「指輪の値段で、俺たちの村が一年食えるぞ」

「『誤解』って何? 暴力はなかったって言いたいの?」

──────────


 拒絶反応。

 リリアの完璧な演出は、貧困や重税に喘ぐ庶民の神経を、最も効率的に逆撫でする形で行われていた。

 彼女が悪人だからではない。

 ただ、「持てる者」としての無自覚さが、今の文脈では「悪」として機能してしまうのだ。


『アイリス様は、混乱されているのです。わたくしたちは、彼女を救いたい一心で……』


 リリアはコメント欄を見ていないのか、あるいは見えないように設定されているのか、脚本通りの「綺麗な言葉」を紡ぎ続ける。

 その乖離が、炎上の火力をさらに高める。


──配信コメント──

「救いたいなら地下牢から出せよ」

「白々しい」

「聖女っていうか、ただの世間知らずじゃん」

「#アイリスを救い出せ」

「#贅沢聖女」

──────────


 同時共鳴値は一万を超えた。

 だが、その大半は「冷やかし」と「反発」だ。

 宮廷情報局の広報官が、画面の端で顔面蒼白になっているのが見て取れる。彼らも計算外だったのだろう。聖女のカリスマがあれば、理屈を超えて民衆を魅了できると踏んでいたのだ。


「勝負あった、かしら」


 アイリスがそう判断し、次の仕掛け(投下)を準備しようとした、その時だった。


 画面上のリリアが、ふと悲しげに微笑んだ。


『……悲しい言葉が、たくさん見えます。皆様の心に、闇が巣食っているのですね』


 彼女が手をかざす。

 それは、比喩ではない「加護」の行使だった。


『光よ。迷える子羊たちの言葉を、浄化したまえ』


 カッ! と画面が白く染まる。

 次の瞬間、コメント欄に異変が起きた。


 「贅沢だ」「偽善者」といった批判的なコメントが、金色の粒子となって弾け飛び、消滅したのだ。

 モデレーターによる削除ではない。

 大神殿の要請で適用された「加護フィルタ」が、ここでも作動した――そう思わせる消え方だった。


「……っ!?」


 アイリスは息を呑んだ。

 削除された跡地には、即座に新しいコメントが湧き出してくる。

 だが、それは先ほどまでの罵倒ではない。


──配信コメント──

「聖女様、申し訳ありません」

「心が洗われました」

「リリア様こそ正義」

「アイリスのデマに騙されるな」

「光の加護を」

──────────


 仕込みではない。いや、仕込みもいるだろう。

 だがそれ以上に、信仰の熱狂が空気を塗り替えていく。

 神殿が抱える数万の信徒たちが、一斉に動員されたのだ。


 批判的な意見は「自動浄化(削除)」され、肯定的な意見だけが「神聖な言葉」として残る。

 そこには、対話も議論もない。

 あるのは、圧倒的な「数」と「権威」による、言論空間の塗りつぶしだった。


 画面の中のリリアは、満足げに微笑んでいる。

 彼女は知っているのだ。自分が「絶対に負けない仕組み」の上に立っていることを。


 アイリスの手元に、切り抜き職人のリーダーから緊急の念話が入る。


『嬢ちゃん、撤退だ! こっちのコメントが全部弾かれる! 「不敬判定」だとさ。……くそっ、これが神殿のやり方かよ!』


 個人の「共感」対、組織の「教義」。

 局面が変わった。

 これはもう、単なる炎上騒ぎではない。

 国そのものを相手取った、思想統制との戦争だ。


 生中継の最後に、厳かなファンファーレと共に、巨大な文字がスクリーンに焼き付けられた。

 それは、神殿と王宮が手を組んで発した、アイリスへの事実上の「宣戦布告」だった。


──大神殿公式布告──

【認定】聖女リリアの言葉を「正史」と認定する。

【異端審問】アイリス・ラナ・ベルウッドの配信を「社会を惑わす虚偽」とし、結晶ギルド(運営)に対し、当該チャンネルの凍結を要請する。

──────────


***


(後書き)


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

自爆からの、理不尽な力の行使。ついに牙を剥いた「組織」の力に、「続きが気になる!」「負けるな!」と感じていただけましたら、


ぜひ **【フォロー】** と **【★3つの評価】** をよろしくお願いいたします!

皆様の「★(評価)」と「フォロー」が、理不尽な力に対抗するアイリスの武器になります。


次回、**『第8話:投げ銭は、魔力供給』**

チャンネル凍結の危機。アイリスが生き残るために選んだ手段は、民衆の「応援」を「物理的な魔力」に変える禁断の秘術でした。お楽しみに!

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