第9話:会見、失敗/公式切り抜き投下
翌正午。
王都の「空気」は、張り詰めた糸のように緊張していた。
宮廷情報局(宮廷広報)から予告されていた、王太子エドワードによる緊急会見。
場所は王宮の「謁見の間」。
重厚な石造りの壁、深紅の絨毯、そして玉座の前に立つ王太子の姿が、国中の水晶端末に生中継された。
画角は、威厳を示すための煽り気味の角度。
だが、その選択が最初から間違っていた。
「……国民の皆様。昨今、水晶ネットワーク上で流布している映像について、真実をお話しする」
エドワードが口を開く。
硬い。
緊張のあまり、表情筋が強張っている。
煽り気味に撮られたその顔は、照明の加減で目の奥に影が落ち、まるで「断罪する独裁者」のように見えた。
アイリスは、自室で紅茶を飲みながら、その様子を同時視聴配信していた。
「皆様……殿下の言葉を、聞いてあげてください」
アイリスは、怯えるように肩を縮めて画面を見つめる。
視聴者の目には、画面分割で「威圧的な王太子」と「小動物のように震えるアイリス」が並んで映る。
残酷な対比だった。
『アイリスへの暴力疑惑についてだが、断じて事実ではない! 私は、彼女の不誠実な態度に対し、正義に基づいて指導を行っただけだ!』
エドワードが声を張り上げる。
彼は本気だ。本気で自分が正しいと信じている。
だからこそ、その「熱」は画面越しに「圧」となって伝播する。
拳を握りしめ、青筋を立てて熱弁する男。
それは「熱血」ではなく、「逆上」として受け取られかねない。
──配信コメント──
「顔こっわ」
「指導ってレベルの声量じゃねえぞ」
「やってないって言いながら殴りかかってきそう」
「隣のアイリス様がビクってしてるじゃん……」
「#王太子アウト」
──────────
コメント欄が「恐怖」一色に染まる。
アイリスは、計算通りに呼吸を乱してみせた。
そして、決定的な一言を投下する。
「やめて……殿下を、責めないでください。殿下は……ただ、国のために必死なだけなのです。私が……私が至らないばかりに……」
擁護。
だが、被害者からの「震える擁護」ほど、加害者の罪を重く見せるものはない。
──配信コメント──
「まだ庇うのかよ……」
「もういい、アイリス様は十分耐えた」
「この状況で被害者を黙らせようとする空気、無理」
「王太子、もう喋るな」
──────────
逆効果。
エドワードが言葉を重ねれば重ねるほど、支持率は暴落していく。
宮廷情報局の広報官が、画面の隅で頭を抱えているのが見えた。
「勝負あったな」
裏の回線で、水晶技師が鼻で笑う。
だが、アイリスの背筋には、まだ冷たいものが走っていた。
宮廷情報局は、無能ではない。
前回の「テキスト声明」の失敗から、彼らも学習しているはずだ。
このまま無策で、王太子の恥を晒し続けるわけがない。
その予感は、最悪の形で的中した。
会見の途中。
突如として、王太子の映像が小窓に縮小された。
代わりに、メイン画面に「別の映像」が割り込んでくる。
『――証拠映像を、公開する』
広報官の冷徹な声と共に、一本の動画が再生された。
それは、断罪劇が行われた夜会の「前」の時間の記録だった。
映し出されたのは、学園の中庭。
アイリスと、聖女リリアが対峙している。
『あら、平民出身の聖女様? 調子に乗らないでくださる?』
映像の中のアイリスが、冷ややかな目で見下ろして言い放つ。
扇で口元を隠し、リリアを嘲笑する姿。
それは、まごうことなき「悪役令嬢」の顔だった。
「……ッ!」
アイリスの手から、ティーカップが滑り落ちそうになる。
捏造ではない。
これは「事実」だ。
転生前の記憶を取り戻す前、確かに彼女はリリアをいじめていた。その瞬間の映像を、宮廷情報局はずっと隠し持っていたのだ。
動画は続く。
リリアの足元に水をかけるシーン。
教科書を隠すシーン。
短く編集された「悪行の切り抜き」が、テンポよく畳み掛けられる。
タイトルは、『【真実】被害者は誰か? 悪女アイリスの素顔』。
宮廷情報局による、公式の「切り抜き動画」投下。
「可哀想な被害者」というアイリスのメッキを剥がす、致命的なカウンターだった。
──配信コメント──
「え、何これ」
「アイリス様……?」
「いじめっ子じゃん」
「性格悪っ」
「いや、これは合成だろ?」
「でも口の動きが合ってるぞ」
「どっちが本当なんだ?」
──────────
空気が、割れる。
一方向に向かっていた同情の奔流が、一瞬で濁流と化し、渦を巻き始めた。
信じる者。
疑う者。
掌(てのひら)を返す者。
コメント欄が二分され、罵倒と擁護が入り乱れる地獄絵図に変貌していく。
『嬢ちゃん、まずい! 同時共鳴値は上がってるが、流れが制御できねえ!』
「……っ」
『反発コメントの勢いが止まらねえ! モデレーター班だけじゃ処理しきれないぞ!』
アイリスは唇を噛んだ。
過去の自分(悪役)が、今の自分(演出家)を背中から刺したのだ。
この泥仕合は、もう「演出」では止められない。
その時。
混乱するコメント欄を見透かしたように、新しい通知が冷酷に割り込んだ。
それは、この混沌を「商機」と捉えた、第三の勢力からの通達だった。
──結晶ギルド通知──
【警告】チャンネル内の「治安悪化」を検知しました。
【規約改定】本日より、政治的対立を煽る配信への「広告表示基準」を厳格化します。
【通達】貴殿のチャンネルに対し、一時的な「広告掲載停止」を検討中です。
──────────
***
(後書き)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
王太子の自爆、そして過去の自分による反撃。泥沼化する戦況に「ハラハラする!」「どう切り抜けるの?」と感じていただけましたら、
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皆様の「★(評価)」が、アイリスの逆転の鍵となります!
次回、**『第10話:商機を逃さない/運営という次の敵』**
広告停止の危機。しかしアイリスは、アンチすらも「客」に変える最強のビジネスモデルを構築します。第一章クライマックス、お楽しみに!
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