第6話:記録照会班の暴走と、止めない選択

 翌日の正午に予定された聖女リリアの「大規模会見」。


 宮廷情報局が仕掛けたこの一手に対し、アイリスは静観を決め込んでいた。


 だが、事態は彼女の予想もしない角度から動き出した。

 きっかけは、水晶ネットワークの片隅にある「考察板(掲示板)」だった。


 そこに常駐する、通称『記録照会班』と呼ばれる視聴者たち。

 彼らは、過去の映像の「粗い画」や「環境音」から、撮影場所や時刻を特定することを至上の娯楽とする魔導オタクの集まりだ。


 彼らが、アイリスの謝罪配信(記録映像)の解析を始めてしまったのだ。


「――嬢ちゃん。まずいことになった」


 切り抜き職人のリーダーから、焦った様子の念話が入る。


「どうしたの? リリアの会見なら、対策は考えてあるけれど」

『違う。味方(視聴者)の方だ。……熱くなりすぎて、暴走し始めてる』


 アイリスは眉を顰め、リーダーが転送してきた「考察板」のログを水晶に展開した。

 そこには、驚くべき推論が並んでいた。


──考察板ログ──

「配信04:12の環境音、聞いたか?」

「微かな水滴音。反響速度からして、石造りの密室だ」

「地下水脈の音に近い」

「王都で地下水脈が響く石造りの部屋って……まさか」

「王城の地下牢じゃないか?」

──────────


 アイリスは目を丸くした。

 水滴音?


 記憶を辿る。

 昨夜、演出のために加湿用の魔道具を置いていた。

 あの水音が、安物のマイク越しに「地下の水滴」のように響いたのか。


 部屋が暗かったのも、「地下だから」という誤った説得力を与えてしまっている。


(……馬鹿げてる。でも)


 人間は、空白を埋めたがる生き物だ。

 「可哀想な被害者」が「行方不明(配信後、連絡がない)」となれば、そこに「幽閉」というストーリーを接続したくなる。


『俺の方で、《固定》コメントを出して鎮火を図ってる。「断定するな」「ご本人の発信を待て」と。……だが、止まらねえ』


 リーダーの声には、珍しく焦燥が滲んでいた。

 画面上のコメント欄は、もはやモデレーターの制御を離れ、一つの巨大な奔流となっていた。


──配信コメント(記録映像)──

「地下牢にいるってマジ?」

「だから声が震えてたのか!」

「王太子、婚約者を牢屋にぶち込んで『教育』してたのかよ」

「助けに行こう」

「場所は王城の北塔地下だ、特定した」

「#アイリスを救い出せ」

《固定》「憶測での行動は控えてください。情報の正確性を――」(モデ)

──────────


 正義の暴走。

 彼らはアイリスを救いたい一心で、間違った真実を拡散し、王宮への攻撃を過激化させていく。

 このままでは、暴徒化した視聴者が王城に押し寄せるかもしれない。それは「反乱」であり、アイリスが望む「社会的制裁」のラインを超える。


「……嬢ちゃん。今すぐ、『私は自宅にいます』と声明を出すべきだ。そうすりゃ、この騒ぎは収まる」


 リーダーの提案は正しい。

 倫理的にも、安全管理上も、それが正解だ。


 アイリスは、冷めた紅茶のカップを指でなぞった。

 沈黙。

 一秒、二秒。


「……いいえ」


 彼女は、首を横に振った。


『なっ……!? 放置する気か?』

「私は、一言も『地下牢にいる』なんて言っていないわ」

『だが、否定しなけりゃ肯定と同じだ!』

「否定すれば、彼らの『熱』は冷める。……彼らは、自分たちが『隠された真実を暴いた』という達成感に酔っているのよ。

 それを私が否定すれば、彼らは梯子を外されたと感じて、今度は私を攻撃し始めるわ」


 それが、大衆心理の恐ろしさだ。

 一度持ち上げた神輿(みこし)がつまらないものだと分かれば、彼らは平気でそれを地面に叩きつける。


「それに……これは使える」


 アイリスは、端末を操作し、短いテキストだけを投稿した。

 場所も、事実も語らない。ただ、今の「感情」だけを。


『……外の光が、恋しいです。どうか、憶測で動かないでください。』


 それは、引きこもりがちな生活への単なる愚痴だ。

 だが、今の文脈においては、「地下牢からのSOS」として誤読されかねない。


『……あんた、悪魔か』

「フィクサーよ」


 投稿された瞬間、同時共鳴値のグラフが跳ね上がった。

 「地下牢説」は、勢いを増し、訂正しづらい空気になっていく。

 これで、明日の聖女の会見は、「無実の罪で投獄された令嬢」対「それを隠蔽しようとする王宮」という、最悪の構図に近づく。


 だが。

 アイリスが勝利を確信したその時、異変が起きた。


 流れるような速さで更新されていたコメント欄が、唐突に「重く」なったのだ。

 物理的な負荷ではない。

 何か、異質な「圧」を持ったコメントが、流れを堰き止め始めた。


──配信コメント──

「地下牢? デマを流すのは罪ですよ」

「神に誓って、そのような事実はありません」

「光の加護があらんことを」

「惑わされてはいけません」

「聖女様を信じなさい」

──────────


 それらのコメントには、通常の光文字とは異なる、金色の粒子が纏わりついていた。

 一般の視聴者ではない。

 組織的な、そして魔術的な干渉。


「……来たわね」


 アイリスは目を細めた。

 リーダーが警告の声を上げる。


『嬢ちゃん、まずい! 神殿の公式チャンネルだ! あいつら、信者総出でコメント欄を浄化しに来やがった!』


 画面の端に、新たな通知が浮かび上がる。

 それは、宮廷情報局とは違う、より宗教的で、より強制力の強い権威からの宣告だった。


──結晶ギルド通知──

【警告】大神殿の要請により、当該チャンネルへ「加護フィルタ」を適用しました。

【効果】「不浄」と判定されたコメントは、自動的に浄化(削除)されます。

【流行】急上昇語句:「聖女の慈悲」「#デマを許すな」

──────────


***


(後書き)


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

暴走する考察と、それを「否定しない」アイリスの選択。そして現れた神殿の介入に「続きが気になる!」と感じていただけましたら、


ぜひ **【フォロー】** と **【★3つの評価】** をよろしくお願いいたします!

皆様の「★(評価)」と「フォロー」が、執筆の力(マナ)になります。


次回、**『第7話:聖女参戦(自爆)、しかし背後は強い』**

ついに聖女リリアが配信を開始。しかし、その「キラキラ」した世界観は、炎上した国民感情と最悪の化学反応を起こします。お楽しみに!

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