第5話:王太子、最悪の反撃
王都の朝は、異様な熱気とともに始まった。
通勤する人々、学園へ向かう生徒たち。誰もが手元の水晶端末を食い入るように見つめている。
画面に映っているのは、昨夜拡散された一五秒の「切り抜き動画」だ。
『【速報】王太子殿下、激怒』
その動画は、すでに結晶ギルドの「王都エリアおすすめ枠」に鎮座し、再生数は桁違いの勢いで伸び続けていた。
「……ッ、なんだこれは!」
王宮の執務室。
豪奢な調度品に囲まれた部屋で、王太子エドワードが端末を机に叩きつけた。
ガンッ、と硬質な音が響く。
「誰がこんなものを……! 私は、あんな暴力的なことはしていない! 少し声を荒らげただけではないか!」
「殿下、落ち着いてください」
側近の一人が、蒼白な顔で諫める。
だが、エドワードの怒りは収まらない。彼は正義感が強く、潔癖な男だ。
だからこそ、自分の名誉が「不当に」傷つけられることに耐えられない。
「国民に真実を伝えねばならん! 今すぐ、私も水晶を使って反論する!」
「なりません!」
鋭い声が、執務室の空気を裂いた。
声の主は、宮廷情報局から派遣された広報官だった。灰色のローブを纏った、目つきの鋭い男だ。
「なぜだ! アイリスは嘘をついているのだぞ!」
「殿下。水晶ネットワークの規約をご存知ですか? 王族による直接の配信は『政治的中立性』の観点から、結晶ギルド(運営)による事前審査が必要です。
申請には最低でも三日かかります」
「三日だと!? そんなに待っていたら、私は国中の笑い者だ!」
エドワードが吠える。
広報官は冷静に眼鏡の位置を直した。
「それに、今の殿下の『表情』は危険すぎます。その怒りに満ちた顔で配信を行えば、国民は『やはり暴力的だ』と確信するでしょう。映像は、言葉よりも雄弁に嘘をつくのです」
「ぐっ……では、どうしろと言うのだ!」
広報官は、一枚の羊皮紙を差し出した。
そこには、整然とした筆致で、事実関係を羅列した文章が書かれていた。
「公式声明(テキスト)を出します。宮廷情報局の名義で、冷静かつ論理的に、事実誤認を指摘するのです。文字ならば、感情のノイズは入りません」
それは、宮廷の理屈としては正解だった。
しかし、この「映像戦争」においては、致命的な悪手だった。
* * *
昼休み。
学園の食堂で、アイリスは優雅にサラダを食べていた。
周囲の生徒たちが、ヒソヒソと彼女を見ては「可哀想に」「やつれてる」と囁き合っている。
今朝のメイクも完璧だ。
その時、端末が一斉に鳴った。
宮廷からの公式通知だ。
──宮廷情報局通知──
【宮廷情報局(宮廷広報)】昨夜の配信に関する事実関係について
──────────
アイリスは、その長大なテキストを開いた。
全二千文字。
冒頭から、「遺憾の意」や「事実誤認」といった堅苦しい言葉が並んでいる。
『……当該配信において、王太子殿下が暴力を振るったかのような示唆がなされているが、これは事実に反する。殿下は教育的指導の一環として、熱心に語られたのみであり……』
(……長い)
アイリスは内心で溜息をついた。
正しすぎる。そして、つまらなすぎる。
誰がこの忙しい昼休みに、こんなお役所言葉の長文を読むというのか。
案の定、コメント欄の反応は冷淡だった。
──公式声明コメント──
「長っ」
「要するに『やってない』って言いたいだけ?」
「言い訳だろ」
「文字なら何とでも書けるよね」
「映像の方がリアルだったけど」
「#アイリスを守れ」
──────────
完敗だ。
映像のインパクトに対し、文字の反論はあまりにも無力だった。
むしろ、「必死に言い訳をしている」という印象すら与えてしまっている。
「……ふふ」
アイリスは口元をナプキンで隠し、小さく笑った。
相手がこの土俵(テキスト)で戦おうとしている限り、こちらの負けはない。
だが、その余裕はすぐに消えた。
手元の水晶に、裏の回線から着信が入ったからだ。
切り抜き職人のリーダーからだ。
『アイリス様、妙な動きがあります』
「なに?」
『宮廷情報局の公式チャンネルが、テキスト声明の不発を受けて、次の手を打とうとしています』
「動画でも出すつもり?」
『ええ。ですが、ただの動画じゃない。……“場所”を押さえにかかってます』
アイリスの眉が動いた。
場所?
『王都中央広場の大スクリーン。あそこを、明日の正午に独占予約しました。……どうやら、殿下本人じゃなく、“別の誰か”を使って、大規模な会見を開くつもりです』
別の誰か。
アイリスの脳裏に、一人の人物の顔が浮かんだ。
王太子よりも遥かに厄介で、そして「映像映え」する唯一の天敵。
(……聖女リリア)
宮廷情報局は、論理(テキスト)が通じないと見るや、即座に「感情(アイドル)」を投入してくるつもりだ。
組織戦が、始まる。
端末の画面が切り替わった。
宮廷広報からの、第二の通知。
──宮廷情報局通知──
【予告】明日正午、聖女リリア様による「真実の祈り」を生中継いたします。
【場所】王都中央広場・特設ステージ
──────────
***
(後書き)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
王太子の悪手と、迫りくる聖女の影に「続きが気になる!」と感じていただけましたら、
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皆様の「★(評価)」と「フォロー」が、執筆の力(マナ)になります。
次回、**『第6話:記録照会班の暴走と、止めない選択』**
聖女の登場を前に、水晶ネットワークの「記録照会班」がとんでもない誤情報を発見してしまいます。アイリスはそれを止めるのか、それとも……? お楽しみに!
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