第13話 主犯ーアタマー

 秋山沙織あきまや さおりは苛立ちを隠しもしない。

 折角、駒のひとりが献上してくれた金の腕輪で、ご機嫌になろうと、その場しのぎ。

 苛立ち尖った声が山中に響く。

 森に吸い込まれては消えるの繰り返し。

 発生源は山の中腹部にて停められた大型バンからであった。

「ったく、いつまでかかってんのよ!」

 大型バンの後部シートで沙織は苛立っていた。

 ウルフカットの黒髪、整った顔立ちや目尻は、すれ違う男をふり向かせるほど魅了的だが、顔に浮かぶ不機嫌が台無しとしている。

 明らかに夏の山には不向きな服装も目を引く。

 オフショルダーの薄手の白いシャツにデニムスカート。首元で煌めくネックレスや耳のピアスも相当な品質だが、枝葉に引っかかりそうだ。

 瑞々しい脚を組み、サンダルの先は苛立ちで揺れ動いていた。

「あのゴミ、まだ見つからないの!」

 使えないクズ共だと吐き捨てる。

 ムシャクシャする。

 ちょうど良いおもちゃを見つけたと思ったら、最後の、いや最期の瞬間に逃げられた。

 そのまま山中でのたれ死ぬのは、つまらない。

 なんのために、終わるまでのお膳立てをしたのか、苦労に見合う快楽を差し出すべきだ。

「どいつもこいつも使えないわね」

 さらに苛立たせるのは、捕獲に向かった男たちが揃いも揃って返り討ちにあったこと。

 巷では強者で通っていようと、所詮、井の中の蛙。

 己の浅さを知らぬ痴れ者。

 キャンパーの男女ゴミの二人に返り討ちに遭ったなど使えない。

 苛立ちを増すのは、ゴミの足跡を追ったと思えば見失ったこと。

 邪魔をした二人ゴミのせいもあってか、苛立ちが増していく。

「まあまあ、沙織ちゃん、落ち着きなよ」

 軽薄な男が断りなく隣に座ってきた。

 許可なく肩に手を回しては、胸元にまで指先を伸ばしている。

「汚ねえ手で触んじゃないわよ、カスが! あと臭い! 燃えカスの臭いがプンプンしてんだよ!」

 唾棄するように、男の手を振り払う。

 振り払われた男は睨むが、逆に睨み返されたことで愛想笑いを浮かべていた。

 所詮、男が短いのを理由で女にフラレた駒だ。

 メス豚の相手でもしていればいい。

「んっ!」

 金属製の小箱から取り出したのは、葉っぱが巻かれた紙の筒。

 指先に挟んで車外に突き出せば、誰が言うまでもなくライターで火をつけた。

 着火せねば、着くのはヒステリックな怒り故に。

「ふ~ったく、それで、どうなってんのよ?」

 肺に煙を存分に吸い込ませたからか、少しは苛立ちは鎮まった。

 ただし一時的であり、煙が切れれば元の黙阿弥だ。

「はぁ? おまわりと連絡取れない? それだけじゃなく、張ってた奴らもいない? ふざけてんの?」

 ご高尚にも、しっかり感動のお別れをお膳立てしたというのに、指定場所に現れずと。

「ったく、使えないわね。誰のお陰で警察に捕まらずに済んでいると思っているの!」

 警察など、ほんの少し出来心でやった悪さを揺さぶれば、使える駒になる。

 特に美味しい儲けがあると、人や物をあれこれ抱かせれば、後はズブズブと沼にはまるもの。

 おつきあいは大切だ。

 利益ある関係に善し悪しなんて関係ない。

「クソがっ!」

 葉が切れた。

 同時に女も切れた。

 葉の燃えカスを専用のごみ箱に入れず、車外に放り捨てる。

 次いで、床に起きっぱなしである練炭入り七輪を車外に蹴り飛ばした。

 駒の男たちとて不満を抱いているのは百も承知。

 ゴミだろうと、いやゴミにしては上物の身体だ。

 文字通り、掃き溜めにゴミならぬ掃き溜め住まいのゴミ

 存分に遊ばせるご褒美をあげるつもりが、鼻先を噛まれた程度で逃がすなど使えない。

「誰のお陰で好き放題できると思ってるの!」

 人も、金も、薬も誰が融通していると思っているのか!

 教師や警察に見つかろうと、誰のお陰で軽い注意で済んでいるのか!

「なにかしらパパ?」

 ふと携帯端末に父親から通話が入る。

 先のヒステリーな声はどこに消えたのか、借りてきた猫のようにおとなしく、なおかつ、しなやかな声となった。

「今友達と山でキャンプなの。うん、今お仕事忙しいんだ。こっちはこっちで大変よ。一緒に来た友達のひとりがはぐれちゃうし、みんな総出で探してどうにか見つけたところ」

 同一人物か、誰もが目を疑うだろうと、慣れているため男たちは気にするそぶりはない。

「うん、寮は火事になって大変だし、そうよね、まさか友達のひとりが、うん、あんなことする子じゃないと思っていたのに。大丈夫、このキャンプもその友達を元気づけるためだから、うん、お仕事がんばってね」

 声音は嬉しさに弾んでいようと、通話を切る表情は露骨なまでに嫌悪感丸出してであった。

 文字通り、ゴミを見るような。

「ったく、クッソ忙しい時に、電話してくんじゃねえよ、クソオヤジが!」

 メッセージで手短に済むはずが、あの親父は通話でないと認めない。

 娘のために、仕事だけせっせとしていればいいものを。

 昔はクッソがつくほど石頭だったのに、体格同様、丸みを帯びてきたものだ。

「とりあえず、あんたたちはさっさとゴミを捕まえてきなさい!」

 おもちゃは壊れかけが一番面白い。

 このゴミさえいなければ首席でいられた、なんて屈辱、今ではどうでもいい。

 親もいない。

 金もない。

 勉強しかできない。

 そんなゴミが、削りに削れ、疲れに疲れていく姿を見ているだけで滑稽だった。

 ちょっと学校にて、おかしいですよね、とささやかな疑問を出せば、勝手に滑落していく。

 最後の保護者も今では病院の中。

 あれなら一生目を覚まさないだろう。

 あんなボロい住処、目に毒だと独り言を駒共の前で呟いただけなのに気の毒なことだ。

「ちょっと、アツコとマキタ、ミサはどこ行ったのよ!」

 ただでさえ連絡知らず行方知れずが続いている。

 この山の中、人数が減れば減るほどゴミを捕まえる人数が減る。

 数は重要だ。

 強かろうと、数に物を言わせれば簡単に潰せる。

 ゴミを助けたゴミの男女を潰すのに必要だというのに。

「ったく、暢気ね」

 駒の男たちは揃って、近場の茂みを面白そうな顔で指さした。

 暗がりから、かすかにだが頼もしい声がする。

「誰がやるかっての」

 誘ってこようとゴミのように手を払う。

 ゴミ無勢が気軽に触れられる安い身体なものか。

 下半身を満足できる者はしっかりあてがっているはずだ。

 その分、駒として存分に動かしているはずだが、おつむだけでなく下半身も貧相とは駒らしい。

 アソボアソボアソボ――

「あぁ? なんか言った?」

 かすかにだが響いた子供の声。

 鼓膜に張り付くような声は、害虫が肌を這う不快さを湧き上がらせる。

 駒の男たちは誰もが、愛想笑いで首を横に振るうだけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る