第11話 待伏ーワナー
山中は不気味なまでに静かだった。
ファインダーを覗く虎真は、あからさますぎてため息すら出なかった。
「そりゃ麒麟叔母さんも直属の部下を迎えに派遣するはずよ」
茂みに潜む虎真・龍太・美鶴の三人。
合流地点とされる国道の休憩スペースから三キロメートル離れた茂み潜んでいた。
街頭に照らされる形で一台の覆面パトカーが停車していた。
中にいるのはスーツ姿の男ひとり。
ただし、近隣の木々の裏手に複数の熱反応あり。
息を殺して身を潜めているようだが、生きているからこそ生じる熱を隠しきれていない。
「ひい、ふう、みい、数は多いな、一六か」
河原でぶちのめした奴らはほんの一部であった。
他にもいると警戒していいだろう。
「ありゃグルね」
虎真はサーモグラフィーつきカメラで状況をつぶさに把握する。
その横では、望遠ゴーグルを手にした龍太がいた。
「ここ神奈川だっけ?」
「生憎、地元の福岡よ」
せっせと飲酒運転や速度超過・煽り運転の北九州・筑豊ナンバーを取り締まっている福岡の警察に失礼である。
ただ本当に笑えない話である。
裏と繋がり、裏に染まる警察官は珍しいことではない。
警察=清廉潔白なんてイメージ、某県の不祥事の数々を見れば明白であろう。
「到着が早すぎるもの。麒麟叔母さんの連絡だと、まだ高速道路みたいだし」
「まあ、麒麟叔母さん、敢えて偽の合流ポイントを職員に伝えていたみたいだけど、姉さん、写真は?」
「もう撮って送ってるわよ」
本来なら、夜間にて夜行性の動物を撮影するのに使用するものだ。
まさか、人間を撮影することになるとは思いもしなかった。
「どっかと話しているわね」
表情からして、どこか苦い顔つきである。
警察以外から遣わされた警察官で間違いないだろう。
「ありゃりゃ露骨な舌打ち。あれは上司に居場所を知られた悪党って顔ね」
遠方から覗き見されているのを知らずに。
「なにやらかしたんだか」
姉が覆面パトカーを注視している間、龍太は木々に潜む影に警戒を怠らない。
待てと待てども、ターゲットが現れないからか、誰もが苛立ちを隠し切れていない。
中には、山中だろうと構わず燃焼式タバコを吸う者まで現れた。
直に火をつけて吸うタイプのタバコだからか、生じる熱で正確な位置が丸わかりである。
「ん?」
龍太は違和感を走らせた。
この間隔、試験終了間近に抱く感覚に近い。
つまりは何かが抜け落ちている。
今一度、暗視スコープを覗く。
「いない?」
唇が震える。
ひとり、いない。
最初数えた時、人数は一六であった。
今は一五と一人いなくなっている。
トイレに離れた、ならばまだいい。
こちらの意図に気づいて、敢えて離れたのならば接触する可能性が高い。
「……姉さん」
「言われなくとも。この肌を突く感覚、動物が近隣に潜んでいる感覚に近いわ。ん~ゾワゾワする」
送るべき写真は送り終えている。
隠れ潜み続けるのは得策ではない。
特に姉の虎真は、その身ひとつで世界各地を回って、多くの自然、多くの野生動物を写真に収めてきた。
狩るか、狩られるか。
奪うか、奪われるか。
人間動物問わず、今を生き抜いてきた経験と知識は無碍にできない。
「どうする? 本当の合流ポイントに行く?」
「いえ、張ってる可能性は捨てきれないわ。迎えがちゃんと現場に到着してからでも遅くはないはずよ。美鶴ちゃん、移動するけど、いける?」
「だ、大丈夫、です!」
美鶴は声と肩を震わせている。
強がりではない。
一度心折れたが、家族が生存を知ったからこそ、今を生きようとしている。
まだ目は死んだ魚の目のように濁っているが、その奥にはかすかな希望があった。
「えっと、ルートはどうするかね?」
暗がりの中で龍太が地図を広げた時だ。
アソボアソボ――
「ん?」
龍太は疑問符を浮かべて反射的に振り返る。
だが、あるのは暗闇にてそびえる木々。
イノシシ一匹、サルやシカ一匹いやしない。
「気のせいか?」
子供の声が暗闇の奥より聞こえた気がした。
恐らくだが、風に揺れる枝葉を子供の声と勘違いしたのだろう。
北海道や本州において、茂みからする子供の声は、小熊だから警戒しろと、姉に聞かされたせいだ。
「西側ルートを敢えて行ってみよう」
本当の合流ポイントとは反対側に。
到着まで時間を稼ぐ。
文字通りの体力勝負となる。
「オーラ、ん?」
弟が提案したルートに虎真が賛同しかけた時だ。
暗がりの山肌に、ポツンと篝火が見えた。
「え、ちょっと待って、あそこって!」
声を青くする虎真の横で、龍太はすぐさま地図と照らし合わせた。
「あっちの方角ってじいさんの家じゃないか!」
行くべきか、行かざるべきか、姉弟は互いに顔を見合わせては目線で逡巡する。
生者のいない家で火の手などあがらない。
仮にあがったとすれば、第三者によるものだ。
「誘っているのか、脅しているのか、どうも相手はクソよりクソな奴らみたいね」
虎真は言葉と表情に嫌悪感を隠しもしない。
美鶴の住んでいたアパートは放火された。
仮に、放火犯が追っ手の中にいたとしたら相当危険だ。
火をつけるのに慣れているのは、人を殺すのに躊躇、ためらいがないという意味だ。
いや、もしかしたら火が勝手に燃えただけで、殺意はなかったと弁明するだろう。
「行きましょう。幸いにも家屋と木々には距離がある。よっぽど風が吹かない限り延焼することはないでしょう」
声を張ろうと虎真は落ち着いていた。
写真家だからこそ、風向きを計算に入れて撮影する。
風に匂いが乗って動物に気づかれるからだ。
「龍太、ルート案内お願い」
「任された」
ルートを再構築。
接触リスクを減らすには、敢えて阿尾湖を回るルートが最良かもしれない。
片側が湖面ならば、接触するリスクの方向一カ所減らすことができる。
「先と同じように先頭は私、中央は美鶴ちゃん、殿はあんたよ」
誰もが無言で暗闇を歩き出す。
明かり一つ持たず、
山肌の篝火に気を取られて、三人は気づけなかった。
街頭に照れされた覆面パトカーの運転側のドアが開いていたこと。
損耗激しいアスファルトの上に、小さな子供の足跡が転々と森の中に続いていたこと。
何かを引きずった痕と共に。
アソボアソボアソボアソボ――
――――――――――――――
次回、第二章開始!
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
絶賛開催中のカクヨムコン11。
この回が更新される一月九日時点で、ホラー週間ランキングが15位となっていました。
連載開始から一週間も経っていないのに感謝です、驚きです。
あと上がるのがなんか怖いです。
ホラーよりホラーとはこれ如何に。
続きが気になる方、応援ボタン、レビュー、コメントお待ちしております。
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