第9話 臓物ーナカー

「ん?」

 龍太が家の側面に回り込んだ時だ。

 風に乗って一枚の羽毛が足下に流れてきた。

 赤茶色をした羽毛は、恐らく鶏のものだろう。

「帰ったらフライドチキンでも食うか」

 それもパーティーバレルサイズ。

 重労働の後は、骨の髄まで貪り食べるに限る。

 もちろんのこと、姉のおごり前提で。

「すいません。誰かいませんか~?」

 家屋の影より顔を出しながら龍太は呼びかける。

 目の前には体育館の床面積顔負けの畑が広がっている。

 右端に映るは木組みの飼育小屋。

 左端に映るは同じく木組みの小屋。

 龍太は畑の光景に絶句した。

「こいつは、ひでえ!」

 ナスやキュウリであろう夏野菜の畑が荒れに荒らされている。

 恐らくだが、イノシシかサルによる害獣被害だろう。

 畑を囲う柵は外から倒されているだけでなく、綺麗に整えられたうねは崩されている。

 作物は深く掘り返されていれば、食いかけのまま、土の上に野ざらしとなっていた。

「土の色とか、野菜の葉とか見るに、相当手入れされているのに」

 素人目でも、善し悪しがわかるのは、村おこし番組の影響だった。

 また風に乗って鶏の羽毛が流れてきた。

 ひとつ、ふたつ、たくさんと。

 流れてくる羽毛を目線で追う。

 畑の脇に柵で被われた小屋があった。

 金網のひとつが、大きく引き裂かれていた。

「おいおいおい」

 ゆっくりと用心しながら足を運ぶ。

 イノシシか。

 いやイノシシならば、引き裂くのではなく突き破るはずだ。

 サルだとしても、飛び越えれば事足りる。

 周囲には足場に手頃な木々が多い。

 小屋に近づく度、風に乗る羽毛の数は増える。

 羽虫の音が耳を不快にさせる。

「うっ!」

 小屋の中をのぞき込んだ龍太は口元を抑えて呻くしかない。

 一面に広がるのは白と赤。

 白は鶏の羽毛であり、赤は血だ。

 血は小屋の壁面にまで及び、目を見張るのは、壁に張りついた鶏の死体だ。

 腹を食いちぎられた鶏は、臓物をさらけ出しながら、壁面にへばりついている。

 一羽だけではない。

 六羽ほど、壁面にいる。

 どれもが例に漏れず、臓物を裂かれた腹よりぶら下げ、蠅がたかっていた。

 落ちないのは血が接着剤代わりとなっているからだ。

「……食われたにしちゃ品がねえな」

 吐き気がこみ上げる。

 まるで分別つかぬ子供が、おもしろ半分で投げつけるのを楽しんだような、おぞましさがあった。

「こっちもかよ」

 ヤギがいた。

 ただし、頭部から四肢にかけて、バラバラになった状態であるのを除けば。

 こちらも例に漏れず、腹より臓物をさらけ出している。

「うっえ!」

 吐き気がこみあげる。

 口の中にすっぱさが満ちていく。

 それでもどうにか堪え、おぞましさと共に飲み込んだ。

「食われた、いや、これじゃ……」

 飲み込んだことで違和感に気づく。

 鶏もヤギも、どれもが死体だが、野菜と違って喰われていない。

 鶏は頭部があり、手羽と鳥足がある。

 ヤギとて四肢があり、頭部がある。

 バラバラとなっているだけで、かじり付いた痕跡、つまりは歯形が見あたらないのだ。

「嫌な予感がする」

 怖気が第六感を誘発する。

 フライドチキン云々の状況ではない。

「ってことは……」

 中央の畑が荒らされ、右の飼育小屋も荒らされ、ならば左の小屋もまた同じ末路のはずだ。

 確かめねばならぬ義務感と、無意味とする拒絶感いがみ合う。

 弟に刻み込まれた姉の圧にて義務感が勝つ。

「誰も、いないか、ここは倉庫か?」

 一応ノックするが反応はない。

 窓から中を覗くも薄暗い。

 差し込む日の光から、農具置き場のようだ。

 ならば長居は無用。

 急ぎ足で姉の元に舞い戻らんとした時、悲鳴を目の当たりにした。

「姉さん!」

 姉の悲鳴ではないのは確か。

 そも、あの気丈な姉が悲鳴ひとつあげる玉でないのは百も承知。

 舞い戻った時、悲鳴をあげたのは案の定、美鶴であった。

 視線は室内に向けられている。

 ふらりと膝上から倒れる美鶴を、龍太は滑り込み間一髪で受け止めた。

「嘘、でしょう」

 虎真は、一部屋先のふすまを開けて絶句している。

 縁台に今一度美鶴を寝かせた龍太は、土足だろうと室内に足を踏み入れた。

「こっちもかよ」

 居間であろう和室の中央ではひとりの老人が、目を見開いてことぎれている。

 ただし、畳を己の血と臓物で真っ赤に染めて。

 小屋にいた動物たちと同じ死に様で。

「こっちもって?」

 気丈に聞き返してくる姉だが、肩は震えていた。

「畑の小屋に鶏とかヤギいたけど、このじいさんと同じ有様だった」

「強盗にしてはヤバすぎるけど」

 明らかに人間の仕業ではない。

 仮に人間の仕業だとしても常軌を逸脱しすぎている。

「とりあえず警察に電話ね」

 荷物よりカメラを取り出しながら虎真は、弟に指示を飛ばす。

 事件事故にしろ、これ以上室内に足を踏み入れない。

 下手な行動は現場を荒らし、犯人と疑われてしまう。

「麒麟叔母さんでいいよな?」

「もちろんよ!」

 この山間では下手な電波は届かない。

 一般に普及する携帯電話は、基地局を介して通信通話が行えている。

 あれば使用できるが、なければ使用できない。

 ただし、山に慣れているからこそ、虎真は通信衛星を介して通話できる通信回線を契約していた。

「あ、おばさん、仕事中にごめん。俺、俺、うん、龍太! 今、姉さんと一緒に阿尾湖近くにいてさ、ああ、もう! 家の話は今いいから! それよりさ!」

 姉から借り受けた携帯端末を手に龍太は、あれこれ説明に入っていた。

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