第7話 誰ーアンター

 龍太が生まれる前の話。

 そのため当人は祖父の顔と名を知る程度だ。

 亡き祖父は、自然をありのままに撮影する写真家として、外国ですら名を知られていた。

 記事と共に添えられた写真は、樹木の幹に鋭い爪痕が刻まれている。

 北海道出身者が見れば、ヒグマの爪痕だと警戒するだろう。

「けど、それは爪痕じゃなくキュウシュウジカの角の痕跡と結論づけられた」

 九州地方に鹿はいようと、熊は生息していない。

 生息できるはずがないと。

 確かに九州の山中にて、熊の死骸が発見された前例はある。

 あるも遺伝子調査により、本州から意図的に持ち込まれた熊だと判明していた。

「ただ、撮影したじいさんは、熊に襲われたような負傷だった」

 生々しい写真である。

 一目見た美鶴は、すぐさま顔を背けている。

 写真には背中をえぐられたような爪痕がある。

 背中だけではない。

 頭部や腕、足も同じように負傷している。

 祖父の身体らしいが、証言は取れなかった。

「頭部負傷が原因で認知症を発症、クマ、クマと譫言のように繰り返して、亡くなったんだ……」

 捏造も時の流れにより風化され、事件を知る者は家族以外いない。

「負傷箇所が熊に襲われた場合と同じだから、警察が一応、山を調査しても、結局は空振りだった……」

 資料には、足跡どころか廃棄物ひとつなかったとある。

 であるならば、熊は実在しない証明になる。

(後、一緒にいたじいさんの友達が行方不明だけど、この子に語ることじゃないな)

 心的負担を増さないために沈黙を選ぶ。

「な、なら、なに、に、お、襲われたんですか?」

 声を震わせる美鶴から当然の疑問。

 熊一頭を余所の土地から運んできた、なら矛盾しない。

 なんのために?

 酔狂な動物愛護団体が、熊に新たな生息地を提供するために。

 ないないと脳内妄想だと龍太は内で否定する。

 保護大好きな人種は、自分の活動を公然と功績・実績として大々的に語るもの。

 実際、お腹をくぅくぅ空かせた熊がかわいそうだと餌を集めて、山に放擲するシーンをSNSにアップしている。

 故に却下である。

「それに……」

 熊の生存は疑わしいが、熊とは無関係とはいえないのが熊地蔵だ。

 証言となるであろう、都会に移住したであろう住人を姉は探しているようだが、見つけられずにいた。

「ほ、本当に家がある」

 姉の指示通り、歩きに歩いた先、文字通り一軒家を発見した。

 木造作りの古い平屋だ。

 周囲は高い木々に囲まれ、衛星写真から見つけだすのは難しい。

「電話でも借りるの?」

 見れば、家屋から森へと延びる黒い線がある。

 電気が通っているのは明白であり、連動して有線電話も借り受けられるかもしれない。

「事情を説明して、まずは、この子の手当よ。警察は……」

 ちらりと、姉弟は揃って美鶴を見る。

「警察は警察でも市警より県警に直接連絡したほうがいいわね」

「ああ、県警で課長やってる麒麟きりん叔母さん?」

 父親の妹だ。

 性格も兄妹だけによく似ているが、龍太からすれば少々口うるさい親戚の印象でしかない。

 兄妹仲は良く、酒の席では、兄の逮捕は自分がすると、笑えない笑い話をするほどだ。

 兄である父親は眉をピクつかせていた。

「あの人なら、すぐ動くと思うわ。仮に余計な横やりがあっても、父さんの名前を使えばいいだけだし。いたいけな学生がレイプされかけたって言えば、銃殺する勢いで犯人確保に動くはずよ」

「俺、あの叔母さん、苦手なんだが……」

 龍太はぼやきながら後頭部をかく。

「あんたが苦手なのは、あれこれ家から逃げ回っているからでしょうが!」 

 額をこ突かれる。

 事実故、龍太は口内を苦くして反論を飲み込むしかない。

「え、えっと、おふたりは、写真家に、大学生ですよね。なんか、話が、見えないというか、大きすぎるというか……」

 美鶴は眉根を寄せて困惑している。

 いや情報を脳内で整理できるほど、心的余裕がないのが原因かもしれない。

「わかりやすく言うと、私たちの大叔父や父親が政治家なのよ」

 もっとも祖父の弟である大叔父は、龍太が中学入学前に亡くなっている。

 その政治基盤を引き継いだのが、甥にあたる父親だ。

 堅牢実直な手腕から、地元の支持基盤は堅く、政権交代が起こった時ですら、議席を確保していたほどだ。

「両方とも衆議院議員で、兄さんは親父の秘書やってる」

 あっけらかんに答えるが、美鶴は表情どころか思考を直立姿勢でフリーズしていた。

「お~い、もしも~し」

 虎真は動かない美鶴を揺さぶるも反応がなかった。

「どうする?」

「運ぶしかないでしょう?」

「誰が?」

「あんたが」

 姉のにっこり笑顔の握り拳つきは、弟の拒否を許さない。

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