第6話 熊ーネツゾウー

「熊地蔵って言われているわ。龍太、地図!」

「えっと!」

 龍太が取り出したのは紙製の地図。

 デジタル化の時代において、電波の届かぬ山中ではアナログが活きる。

 特に紙は、バッテリーを消費しない。

 水濡れしようと乾かせばいい。

 破れてもテープで貼れば簡単に修復できる。

 なにより紙だから軽く、折り畳んでポケットに収納できる。

 燃える?

 端末も火をつければ燃える。

 燃えるどころか、落とした衝撃で内蔵バッテリーが爆発するリスクがある。

「ここが現在地で、この川の上流にあるのが、阿尾あお湖」

 地図を指先でなぞる。

 人差し指が東にかけて移動すれば、縮写図で二〇〇メートル先に大きな湖がある。

 湖の半径は二キロメートル。円周はおよそ一二キロメートルだ。

 まるでコンパスを使ってきれいに円の形に切り取られたような外縁である。

「そのまま右に進むわよ。そこから五つ目の熊地蔵から一キロ東の先に家があるわ」

 住人がいたことに驚きだ。

 姉の口振りからして、何度もその家に足を運んでいるのだろう。

「湖がありますね」

 興味深そうに美鶴が龍太が持つ地図をのぞき込んできた。

 顔にアザが合ろうと、整った顔立ちをしており、メイクをすれば化けると男の直感が走るも今は口に出さない。

「湖に沈んだ金の鉱山都市だよ」

 ポケットから取り出すは一冊の手帳。

 出発前、姉から手渡されたスクラップ記事の資料である。

 阿尾湖と呼ばれた湖は、かつて阿尾街と呼ばれる鉱山都市であった。

 きれいな円なのも、螺旋状に採掘が重ねられた結果である。

「昭和の時代、倉敷くらしきって家の主導で採掘はされていたけど、昭和五八年に地下水が坑道どころか都市部にすら浸水して、丸ごと湖になったんだ」

 ダム湖のように沈んだ都市。

 住人は総出で新たな地に移り住んだ、とされている。

 もっとも歴史の陰に埋もれて、地元福岡でも知る者は少ないようだ。

「そんなことが……」

「その資料集めたの、私だからね」

 執念と妄念でかき集めたと言っていい。

「ですけど、どうして熊なんですか? 九州に野生の熊なんていないはずじゃ?」

 当然の疑問を美鶴が口を出すなり、虎真が目を輝かせた。

「熊に対する信仰があった、と考えるのは順当だけど、それなら祭事用として熊の骨ひとつ見つかってもおかしくないのよ」

 次いで龍太が説明に入る。

「地蔵は、奈良時代、仏教教典と共に伝わったとされる。まあ石像が作られるようになったのは鎌倉から江戸時代。資料だと、ここの地蔵は鎌倉時代からあるみたいなんだ」

「詳しいですね」

「姉さんの資料に書いてある」

 ただ何故、熊の頭部なのか謎のままだ。

 龍太は、口を止めない。

 続けている間、美鶴の曇り顔が少しずつ晴れて行くような気がしたからだ。

「しかも、この熊地蔵、一つだけじゃなく、この湖を取り囲むように設置されているんだ。特に、ここの地点にある熊地蔵は、ひときわ大きくて、祠付きときた」

 地図にある湖の北側を龍太は指さした。

 次いで手帳に添付されている写真を美鶴に見せる。

 写真には、石造りの祠で囲まれた熊地蔵が写っていた。

 他の熊地蔵と比較して、二倍ほどサイズがあり、顔立ちは雄々しく、生きていると錯覚させる。

 その数、確認できただけでも二六。

 マーキングされた地点に熊地蔵が均等間隔で設置されているが、何カ所か、距離が離れていた。

「昔は二八体あったんじゃないかって、姉さんは仮説してる」

 持ち去られたか、あるいは土砂崩れによる災害で喪失したか、今では確認のしようがない。

「この行方不明ってなんですか?」

 ふとスクラップ記事を眺めていた美鶴が声を震わせる。

 下手すれば、自分が行方不明として処理されていたのかもしれないからだろうか。

「水没する前から、近隣の山村から行方不明者が続出したんだ。今でも真相は不明。さらに不明なのが幼稚園バス行方不明事件か」

 改めて当時の新聞記事に目を通すも身震いする。

「遠足に出かけた幼稚園のバスが一台失踪ですか」

 昭和五七年に発生した事件。

 遠足へ出発した運転手一名、保育士一名、園児二七名を乗せたバスが目的地に到着せぬことで発覚。

 当初は事故による遅延と思われたが、警察の捜査にて本来とは違うルートを走行している証言が出る。

 そのルートとは、この地に続く国道ときた。

「犯人は運転手、とされたけど遺体で発見されているんだ」

 発生から一週間後、運転手が主犯と疑われる中、山中にて惨殺遺体として発見される。

 司法解剖の結果、死後、一〇日経過しているのが判明しており、当時誰がバスを運転したのか謎を呼ぶ。

 足跡を追おうと結果として、バスの行方は掴めぬまま、迷宮入りとなる。

 家族も高齢化が進み、ほぼ諦めムードと記事にあった。

「し、知らなかった……」

「世の中そんなものだよ。SNSの流行で、知られる情報量は増えたけど」

 善し悪し関係なく。

 知りたい情報が知れず、知りたくない情報を知るなど珍しいことではない。

「姉さん」

 次なるページにはあの記事がある。

 無関係な人間を巻き込んでいいのか、目線で疑問を送る。

「え、熊写真捏造事件?」

 返答を得るより先に、美鶴は好奇心でページをめくっていた。

 龍太は渋面を作るしかないが、知った以上、語るしかない。

「俺たちがこの地に来た理由だよ」

 正確には、姉・虎真がこの地を訪れた目的であるが。

 生息しない熊を探そうとする確固たる理由。


<熊写真捏造事件>


「俺が生まれる前、写真家であったじいさんによる捏造写真だよ……」

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