第5話 生徒ーモトー
最低限の荷物を背負い、龍太は山道を歩く。
すぐ背後では、撮影機材を背負った虎真が、女の子から話を聞いていた。
「え、えっと、わたし、
姉弟の自己紹介の後、弱々しい口調だが、女の子は答えてくれた。
顔や身体にあるアザが痛ましい。
「あいつらに、やられたの?」
優しく語りかける虎真に、美鶴は無言で頷いてくれた。
「……し、死のうと思ったんです」
自殺志願者か、龍太は一人ごちる。
山に女ひとりいる理由なら珍しくないだろう。
ただし、追っ手は明らかに死にたい連中には見えなかった。
「じ、自殺サイトで、集った人たちだったん、ですけど、実際は、あの人の、仲間で、それで、ら、乱暴、されかけて、イヤで、鼻噛みついて、逃げて、きたんです」
「ほぉ?」
虎真のほんの、短い発声には義憤が圧縮されていた。
「高校生?」
「はい、高二です。も、元ですけど……」
「元?」
「放校、されまして……」
顔に影を作りながら美鶴は唇を震えさせている。
放校とは、文字通り学校から放逐することだ。
退学との違いは、退学は在学していた記録が残ろうと、放校は、在学した記録が抹消される。
「失礼だけど、あなた、放校になるまでやらかす人間には見えないわよ」
姐弟揃って、父親の仕事を手伝ってきた身。
悪人善人、清濁併せ持つ人間と多くの出会いがあった。
培われた経験が告げる。
この子は虫も殺せぬ優しい子だと。
「学校からは、試験での不正行為、万引き、違法薬物所持、寮内での喫煙及びボヤによる火災、他に色々ありますけど、それが……理由だそうです」
話すだけでも心を痛めつけるのに、初対面であろう姉弟に事情を話してくれている。
助けてくれた信頼か、それとも死を望んだ故の自棄か、わからない。
「寮のボヤ……ああ、二ヶ月前、どっかの女子校の寮で火事があったって聞いたけど、あそこか」
学校名は敢えて小声で。おおっぴらに出すのは野暮なだけだ。
「え、どうして知っているんですか? 学校を通じて父兄が方々に圧力かけて、外に漏れないようにしたって聞いたんですけど」
「蛇の道は蛇」
「どうせ知り合いの記者からだろう――あいた!」
「前見てシャンシャン歩く!」
後頭部を叩かれた龍太は、不満げに口先を尖らせるしかない。
「アパートに帰っても、燃えてて、消防はわたしの部屋が出火元だって、ほとんど帰らないのにわけわからなくて。他の住人は逃げてて無事だったんですけど、大家さんが逃げ遅れて、意識不明で……」
「ご両親は?」
わたしの部屋が、姉弟揃って背筋に寒気を走らせる。
「お、お父さんはわたしが生まれる前に病気で亡くなってて、お母さんも……二年前、ひき逃げで亡くなっているんです」
大家は、ひとりとなった美鶴の保護者となってくれた。
「腹に来るわね」
不幸の重なりではない。
ゲスの勘ぐりだろうと、不幸を重ねている輩がいる。
虎身は不快さを隠さず、怒りで額にシワが走るほどだ。
「元いた学校も、女子校で寮があるからって大家さんが薦めてくれたんです。成績は良かったので、推薦で合格して、そ、そのまま特待生になって、わたしのせいで大家さんが……」
「あ~そういうことね」
「どういうこと?」
「あんたは黙ってなさい」
龍太は口先を立てない。
立てるのは聞き耳だ。
文句は、ポケットから取り出した塩分補充用タブレットと共に水で嚥下する。
「親なし・金なし・後ろ盾なしの特待生が気にくわないのがいるってことよ」
酷い言いようであるが、元の学校の校風を踏まえれば当然かもしれない。
「成績は、学年首位でした。友達だっていました。寮は特待生の特典で一人部屋ですけど、よく遊びに来てくれました。ある日を境に、みんな、わたしから離れ行って、身に覚えのないことが次々と起こるようになったんです」
それが放たるる理由の数々であった。
「どうせ、あれでしょう? 自分が中心でないと気が済まない。知恵はあっても悪知恵が働き、親の後ろ盾でわがまま放題、教師も注意しない、いやできないから増長してなお好き放題する。典型的な小悪党の仕業ね」
正解か不正解か、美鶴は唇を震わせるだけだ。
(その小悪党を学生時代、残らずぶちのめしたのが言うと説得力あるわ)
沈黙は金故、龍太は口に出さない。
家柄故に、善し悪し絡まれることが多かった。
姉も例に漏れず、裏で小汚いことを散々やられたそうだが、相手が悪かった。
やられるフリをしては、証拠をコツコツ集めに集め、入試や就職時期に公開して弁護士同伴で倍返しを敢行した。
まさに名前の通り、眠れる虎を起こすな、である。
その反動か、学生時代の友達はこぞって距離を置き、悲しいかな、友達は弟と違っていない。
「しっかし、放火とか薬物、終いには自殺サイトとか、相当ヤバいわね」
黙過している学校もだが、好き放題させている保護者も保護者だ。
いや、保護者から倫理が欠落しているならば、当然の帰結かもしれない。
「悪い噂は元からありました。ですけど、学校では優等生だし、お家は大企業で、結構な寄付金を出しているみたいで、先生の誰もが、僻みやっかみの悪い噂と流していました」
「典型的な仮面優等生ときた」
「つまりは、あの追っ手の男たちは……」
「はい、その人の、仲間、かと」
「仲間というか、当人は下僕と思ってそうだけど」
不良というよりは半グレに近い雰囲気があった。
薬物、暴力上等の自由な世界で生きてきた。
特に人を殴り、傷つけるのに躊躇が一切なかった。
やられるのには慣れていなかったが。
「あの手の輩はあれこれやりなれているからね。仮に証拠を突きつけてもしらぬぞんぜぬでしらばっくれるのがオチよ」
認めなければ犯罪とならない。
強要されたと言えば罪にならない。
未成年故、未来ある故、更正の余地ある故、逮捕されることはない。
よくある話である。
むかつく話でもある。
「あ、地蔵あった!」
時間にして一五分ほど歩いた時だ。
左右の分かれ道の中央にひとつの地蔵がある。
田舎に行けば見かける石造りの地蔵だが、目の前にある地蔵は、ひとつだけ違いがあった。
「クマ、のお地蔵さんですか?」
頭部が人間ではなく、熊であった。
僻地だろうと、手入れがされており、赤い前掛けが新しかった。
「熊地蔵って言われているわ」
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