第4話 撃退ーコブシー
「答えたほうが、おっと!」
龍太の背後から拳が強襲する。
気絶したふりで欺こうとしたが、影の動きでバレバレである。
身を屈めるように拳を避けては、右脚による足払いをかける。
見事に横転した瞬間、両足首を掴み、そのままグルグルとジャイアントスイングで振り回していく。
「愚弟、程々にしなさい」
「姉さんこそ、それ、持ってきてたの?」
「害獣用にね」
嘘だ。
絶対に嘘だ。
物理的に回転している龍太は、頭を回さずとも、虎真たる姉が如何なる人間が生まれた時から把握している。
何が害獣用だ。
硬質ゴム弾を打ち出す単発式のゴム銃だ。
一応、許可書を所持していようと、人間相手に使うものではない。
「なにいってんの? 私こそ法、私こそ世界よ?」
まさに姉THE姉の発言。
唯我独尊ならぬ唯我独姉。
この世に姉より強いものはない。
弟は奴隷、兄ですら使いパシリ。
知力・腕力・迫力に勝てるものか。
もし勝てるならば、一家の大黒柱たる父親が根をあげていない。
母親は、昔の自分そっくりだと腹を抱えていたが。
「ほらよっと!」
ほどほどに振り回してから、掴んでいた足首を河川に向けて投擲した。
激しい水音がすれば、深みに落ちたのか、ばしゃばしゃと溺れている。
「はて、ここらへんは浅瀬なんだけどな?」
龍太は演技臭く流れていく男を暢気に眺めていく。
必死こいた顔で、反対河川に流れ着けば、肩で激しく息をしている。
「はぁ~ん、さてはカナヅチだな」
対岸より睨みつけてくる男に、龍太は冷笑するしかない。
癇に障ったのか、まるで突撃前のイノシシのように鼻息を荒々しくして渡河せんとする。
「おい、お前ら、足跡あるぞ!」
だが、渡ることはなかった。
河川から離れていく形で、刻まれた小さな足跡。
この声を聞くなり、呻いていた男たちが起きあがり、姉弟を放置して我先にと反対河川に渡ってしまった。
「なんなのよ、あいつら?」
「悪党らしい捨てぜりふすらはかないなんて」
足跡が遠ざかっていくのを姉弟ふたりは、呆れた目で眺めている。
山中の静寂が戻った時、頃合いだと弟は姉にアイコンタクトを送った。
「もう大丈夫よ?」
虎真は、テント近くにある茂みに優しく声をかける。
茂みが動く。
モソモソと動き、小柄な人型となって起きあがった。
「も、もう行ったん、ですか?」
茂みの正体は迷彩スーツの一種、草木や枝葉を張り付けたギリースーツである。
虎真が野生動物を撮影する際、茂みにカモフラージュするために着用するものだ。
鼻の効く野生動物から身を隠すために、生地を下地に、現場に生えている草木や枝葉を表面に張り付ける。
コケもあるとなお良い。
上手く行けば、野生動物の鼻や目から隠れ潜めるが、欠点があった。
冬用ジャケットのように通気性は最悪であり、熱がたまり、夏場の着用は地獄だ。
逆に冬場の着用とて、雪や霜で重量が増し、その熱気でバレるリスクもあった。
「た、助かりました、あ、ありがとう、ございま、す……」
弱々しく、今にも廃れそうな声。
身体は震えており、気温ではなく恐怖が原因なのは明白であった。
「時間は稼いだわ。龍太、撤収するわよ!」
「テントは!」
「囮として敢えて置いておく!」
姉の企みに龍太は無言で撤収作業を開始する。
まず、たき火台に水をかけ鎮火、熱が台より消えるのを待つ時間が惜しい。
このたき火台もテントと同じように敢えて囮として置いていく。
「時間は稼いだけど、気づかれるのは時間の問題だよ!」
「あんたがヘマしてなきゃ問題ないでしょう!」
女の子からギリースーツを脱がしながら、虎真は龍太を睨む。
「ヘマなんてするか! この子から借りた靴で足跡は刻むだけ刻んで、バックトラックでしっかり撒いてるよ!」
わからない顔を女の子はしている。
バックトラックとは、動物が敵の追跡から逃れるために、自ら足跡を踏みながら後退し、途中で別方向に飛ぶ行為だ。
もっとも、女の子にご丁寧に説明している時間はない。
「悪いけど、自分で歩けるかしら?」
「あ、はい、な、なんとか」
「オーライ、なら行くわよ」
「どこに? 警察か?」
遭難者には見えない。
そも山に来るような服装でもない。
仮に学校行事の登山だとしても、明らかにお呼びではない人たちが動いているのは変だ。
「ちょっと知り合いのところ」
この姉の知り合いなら、間違いなく野生児のはずだ。
「あぁ?」
鋭利な睨みつけが姉から飛ぶ。
怖い怖いと龍太は露骨に視線を逸らす。
内心では、拳が飛ばなかったことに安堵していた。
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