第3話 姉ーオンナー
「うっ、うっ……」
茂みから出てきたのはクマではなかった。
人間、一人の少女であった。
一〇代中前後か、セミロングの髪だが、泥汚れがひどく、着ているジャージですら土汚れが酷い。
何より瞠目すべきは、顔だ。
整ったかわいらしい顔立ちなのだが、右頬や額にアザがあり、右唇が切れている。
「あなた、っ!」
近づこうとした虎真は、目じりを険しくすれば、少女よりも遠くを睨みつけた。
「龍太!」
姉の無理難題が弟に飛んできた。
それでも弟は嫌な顔一つしなかった。
*
ぐちぐちと龍太はただグチる。
背後のテントの中からは衣擦れと音がする。
サイズ合ったけ? まあどうにかするだろう。
「ったく、弟使いの荒いお姉様なことで」
テント前で組んだたき火台でポッドを沸かす。
「あ~ちべてえ~」
素足をたき火台の火に濡れた足裏を近づけた。
近からず、なおかつ遠からずの距離を保ちながら輻射熱で乾かしていく。
「ふぃ~!」
重労働の後のささやかな時間。
足裏が乾ききり、靴下を履いていた時だ。
山道から苛立つような声がする。それも複数だ。
「やれやれ」
靴を履いては、しっかりと靴ヒモを縛る。
立ち上がっては軽く屈伸運動。
手足を動かし準備を怠らない。
声の主たちが現れる。
数は六人。
明らかに登山に不向きなラフな服装。顔つきからして一〇代後半から二〇代前半か。髪色も金・黒・茶と個性的だ。
首回りにペンダント、耳にピアスどころか、鼻先にまでしているとはオシャレの最先端を行っている。
またひとりは、鼻先にバンソーコーを張っており、誰よりも苛立ちを隠しもしていない。
「こんにちは」
山であったら誰であろうと挨拶をする。
礼節もあるが、些細なことでも遭難たる万が一の際の糸口となる。
「あんれ~?」
だが、挨拶は返ってこなかった。
誰もがあからさまなほど苛立っている。
中には山の中であろうとお構いなしに、くわえ可燃式タバコの喫煙者までいるときた。
可燃物の宝庫である山中でタバコを吸うなど、登山経験とモラルのない人間で間違いないようだ。
知らないのだ。
火の粉ひとつで、山一つが燃え尽きるのが。
もっともその手の輩に言っても通じないから面倒である。
「おい、女はどこだ?」
「はぁ?」
ご大層な挨拶である。
男のひとりが苛立ち混じりで発した第一声。
女と言われようと、どの女か、名前もしくは特徴を言って欲しいものだ。
「女はどこだって聞いてんだよ!」
鼻先にバンソーコーの男が龍太の胸ぐらを掴む。
鼻先同士がふれ合うまで引き寄せられようと、龍太にあるのは怖気ではなく疑問であった。
その間、残りの男たちが目配せすれば、テントを取り囲んでいる。
ひとりが手を伸ばし、閉じられたテントのファスナーを解放せんとする。
「あ、開けるな! やめろ!」
龍太は血相を変える。
止めたくとも胸ぐらを掴まれて止められない。
男たちの誰もがほくそ笑む。
口端を歪め、なくしたおもちゃを見つけたように。
「手間かけさせやがって、このしにぞ、ぐえっ!」
ファスナーが全開されたと同時、中より飛んできた掌底が、顎先に直撃した。
大きくのけぞった男にさらなる追撃、肘が飛ぶ。
「このヘンタイが!」
タンクトップにジーンズの女性が、男の鼻先めがけて肘打ちを叩き込む。
完全な不意打ちを受けた男は防ぐどころか避けることもできず、打音を響かせる。
「人の着替え中に! 愚弟、誰よ、こいつら!」
姉は着替え中に侵入されたからか、機嫌がすこぶる悪い。
「俺が聞きたいっての!」
胸ぐらを掴む男を前に龍太は、足腰の力を抜く。
重力に引かれるながら河原に腰を落とす。
追従するように胸ぐら掴んだ男が前のめりに倒れ込んでくる。
「よっと!」
胸ぐらを逆に掴めば、半身を反転、背負い投げの要領で投げ飛ばしていた。
鼻先から大きめの岩に激突したのか、嫌な音がする。
河川とは違う水音が岩の方からしだした。
「て、てめ、ぐがっ!」
「う・る・さ・い!」
虎真は掴みかかってきた男のひとりを裏拳のひとつで沈める。
そのまま足首を掴めば、間近に迫る別なる男の顔面に向けてフルスイングで激突させていた。
激突と同時、血に混じって白いものが四方に飛び散った。
「用件があるならアポは取って欲しいね!」
龍太は言おうと、頭に血の昇った相手には通じない。
迫る拳を身を屈めて回避。
屈めた際の速度を乗せて、足払いをかける。
横転しかける間隙を縫うように襟首を掴み、背後から迫る別なる男に押しつけた。
避けきれず、もつれ合うように倒れる男二人に向けて飛び膝蹴りを入れる。
「ちぃ、ズボンが汚れたじゃないか」
眉間を狙ったつもりだが、相手が動いたせいで鼻先に激突した。
お陰で飛び出た血で衣服が汚れてしまった。
「クソが!」
カチャリと金属音が生き残った男からする。
見ればその手に刃物を握っていた。
拳で勝てぬから、次は刃物か。
言動が典型的な小悪党である。
「あ~悪いことは言わん。今すぐそれをしまえ」
龍太は説得を試みる。
一応は。
慌てた口調ぽく。
「ほ、ほら、故郷に友達とか親とかいるでしょう? いくら警察の常連になっている顔、山の中とはいえ、そんな物騒なものを振り回すのは良くない。うん、よくない。目撃者はいないとしてもさ、ダメだよ」
「うっせんだよ! 女はどこだ! 隠しているとぶっ殺すぞ!」
言葉は通じようと、話は通じない。
女にカテゴライズする存在は、荷物を漁る虎真しかいない。
「ぶっ殺すだってよ、どうすんの?」
「そうね、なら撃ち殺しますか」
平坦な口調の虎真は、長大なカメラのレンズケースより長物を取り出した。
かちゃりと金属音を鳴らしては、刃物持つ男に向けて引き金を引いた。
「ぐおっ!」
軽い発破音がしたと同時、男は胸部押さえて呻いていた。
河原の上に、丸いゴムボールが転がり落ちる。
刃物が手から離れたのを見計らうように、龍太は柄を掴むなり、河川に放り捨てていた。
「んで、あんたたち誰よ?」
長物を半分に折っては、円形状の空洞に丸いゴム球を装填する。
再度、一本の長物に戻しては、先端を眼前に突きつけて、詰問していた。
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