第6話 誘導灯

目的は第四層ゲート。


第三層の空気は、駅じゃない。

湿った土と、焦げた電気。肺にまとわりつく匂いが、呼吸のたびに喉を擦る。


目の前に、二つ。


上へ続く階段。非常口の緑の表示が、暗闇の中でやけに明るい。

下へ続く保守通路のハッチ。暗い。湿っている。安全そうに見える。


視界が割り込む。


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【決断点:00:05】

A:階段を上る(最短)

B:保守通路へ降りる(安全)


【後悔修正:使用不可(23:52:21)】


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安全はB。

でも第三層の踏破条件は「第四層ゲートへ到達」。縦に抜けるなら上だ。たぶん。


俺はAを切った。


「階段。……ただし、光を信用するな」


天瀬が小さく頷く。

「記録する。『第三層初手:階段』」


一段目を踏んだ瞬間、緑の表示が――瞬いた。

瞬いた、じゃない。**見た**。


緑の板の中に、縦の瞳が浮いた。

矢印が、ゆっくりと別の方向へ回転する。


迷わせるために置かれている。

誘導灯のくせに。


視界に表示。


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【SYSTEM:敵性存在を確認】

【名称:誘導灯喰い(小)】

【危険度:D】

【特性:光誘導/方向撹乱】


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「矢印、動いた……」天瀬が息を詰める。


緑の光が、踊り場ごとに増える。増えるほど矢印は勝手に向きを変える。

迷った瞬間、足が止まる。足が止まった瞬間――噛まれる。


視界が割り込む。


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【決断点:00:33】

A:誘導灯に従う(タイム↑/迷いリスク↑)

B:誘導灯を潰す(タイム↓/迷い防止)


【後悔修正:使用不可(23:51:53)】


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Aは速いように見える。

でも“迷い”が混ざった時点で、全体が壊れる。


俺はBを切った。


「潰す。天瀬、画面の明るさ落とせ」


「了解!」


壁際に、小さな配電盤があった。白いラベル。


**誘導灯回路**。


俺は迷わずブレーカーを叩き落とした。


ガコンッ。


踊り場の緑が、一斉に消える。

空気が、少しだけ軽くなる。誘導灯喰いの気配が薄れた――気がした。


だが代わりに、闇が来た。

階段の先が見えない。


見えないのに、上へ行くしかない。


「蓮、足元――!」


天瀬の声。


次の段で、階段の縁が“口”みたいに裂けた。

コンクリートの割れ目の奥に、黒い歯が並んでいる。


噛む。階段そのものが。


---


【SYSTEM:敵性存在を確認】

【名称:階段喰い(小)】

【危険度:D】

【特性:段差捕縛/転倒誘導】


---


誘導を消したら、今度は足元。

この世界は、分岐を変えただけで別の罠を出してくる。


でも止まらない。止まったら終わる。


「段の端、踏むな。中央だけ!」


言いながら、自分がやる。

縁は口。中央だけ踏む。踊り場へ、一直線。


階段喰いが縁を噛み合わせる音が、背中を追う。

ガチ、ガチ。呼び鈴みたいに。


踊り場。

そこに、人が倒れていた。


作業服。工事の人間。

足首が、階段の縁に噛まれている。血が滲んでいる。


「やめ……て……引っ張らないで……!」


本人が叫ぶ。引っ張れば噛み込みが深くなる。罠だ。


視界が割り込む。


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【決断点:01:21】

A:救出する(救助点↑/タイム↓)

B:無視して駆け上がる(タイム↑/救助点↓)


【後悔修正:使用不可(23:51:05)】


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Bを切れば、速い。

でも、ここで誰かが噛まれている場所は“共有される”。次は俺が噛まれる。


救うのは倫理じゃない。**安全確保**だ。


俺はAを切った。


「外す。十秒で終わらせる」


天瀬が頷く。

「数える。……一」


階段の縁――口の外側に、小さな金具が見えた。

コンクリートに埋まった固定具。ボルト。


俺は改札棒(粗)を差し込み、てこの原理で捻った。


ギリッ。


口の縁が、ほんのわずかに開く。

噛み合わせが緩む。


「二、三」


真上に引かない。斜め後ろへ滑らせる。


ズルッ。


足が抜けた。

階段喰いが悔しそうにガチン、と噛み直す。


「四!」


作業員が転がる。

俺は襟を掴んで立たせた。


「走れるか」


「……っ、はい!」


踊り場の壁に、白い縁取りの扉があった。防火扉みたいな形。

闇の中でも縁だけが見える。


「そこに入れ。閉めろ。音を出すな」


扉の縁が強く光り、外の闇が押し返された。


---


【救助点:+1】

【一時保護:1名】


---


救助点は八。


俺はまた階段を駆け上がった。

段の中央。縁は口。息は殺す。音は呼び鈴だ。


階段の終わり。

上り切った先に、青白い線が一本、空間を切っていた。


――通行判定線。


またか。数字が喉に刺さる。


線へ近づいた瞬間、視界が割り込む。


---


【SYSTEM:通行判定】

【判定対象:救助点(累計)】

【判定基準:9】


【あなたの救助点:8】

【結果:通行不可】


---


「一足りない……」天瀬が呟く。


背後で、階段の下から足音が響いた。

軽い。速い。無駄がない。


人間の足音。


「……来た」


黒瀬だ。


そして俺たちは、判定線の前で止まっている。

懐の通行券が硬い。**一度だけ**判定を無視できる。


でも一度だけだ。


視界が開く。


---


【決断点:02:02】

A:救助点をもう1稼ぐ(タイム↓/通行許可)

B:通行券を使って突破する(タイム↑/通行券消費)


【後悔修正:使用不可(23:50:24)】


---


判定線の手前、横の壁から、かすれた声がした。


「……まだ……ここに……」


半開きの扉。

中から、指が伸びている。


救えば、足りる。

でも救う間に、黒瀬が角を曲がる。


俺は息を吸った。

空中に浮いた選択肢へ、指を伸ばす。


迷うな。

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スキル【後悔修正】で異界東京を最短攻略 てゅん @satooooooo

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