行方不明者は救われない

イミハ

サトル生存説

 海は、

 人を飲み込むくせに、

 たまに吐き出す。


 それが救いかどうかは、

 吐き出された側が決めることじゃない。


 サトルは、

 名前を捨てた。


 正確に言えば、

 使わなくなった。


 港町の役所で書いた新しい名前は、

 彼にとって紙切れ一枚分の重さしかなかった。


 生き延びるための、

 最低限の記号。


 ニュースでは、

 今も「消息不明」だ。


 大学生二名が崖から転落。


 一名は重体で発見。


 一名は行方不明。


 サトルの名前は、

 もうどこにも出てこない。


 それが、

 世界の優しさだった。


 港の朝は早い。


 魚の匂い。


 錆びた鉄。


 濡れたコンクリート。


 サトルは、

 誰にも見られない仕事を選んだ。

 選んだというより、

 残っていた。


 誰も、

 彼に過去を聞かない。


 聞く価値がない顔をしているからだ。


 それは、

 助かった理由のひとつでもある。


 夜、

 安いアパートでスマホを開く。


 通知は、

 ほとんど来ない。


 ある日、

 広告が流れた。


 恋愛診断。


 性格診断。


 相性チェック。


 よくあるやつだ。


 ——でも。


 画面の一瞬の切り替わりで、

 サトルは見た。


 懐かしい配色。


 見覚えのあるUI。


 もう存在しないはずの、

 LOVEタイプ診断。


 指が、

 止まった。


「……終わったんじゃ、なかったのかよ」

 独り言は、

 誰にも届かない。


 その瞬間、

 サトルは理解した。


 消えたのは、

 サービスだけだ。


 考え方は、残っている。


 正しいことをした。


 それだけは、

 今も信じている。


 操作された恋は、

 間違っている。


 嘘は、

 暴かれるべきだった。


 でも。


 結果は、

 何一つ、

 想像通りじゃなかった。


 キメルは、

 罰せられきらなかった。


 ユメは、

 救われなかった。


 サトルは、

 裁かれなかった。


 ただ、

 生き残った。


 それだけ。


 贖罪は、

 相手がいて初めて成立する。


 でも、

 ユメは遠すぎて。

 キメルは眠ったままで。


 謝罪は、

 行き場を失った。


 だからサトルは、

 毎日、

 何も起きない一日を生きる。


 英雄にもならず、

 悪者にもならず。


 ニュースにも、

 記録にも、

 残らない。


 それでも夜になると、

 あの岬を思い出す。


 踏み越えた理由。


 叫ばれた名前。


 落ちていく影。


 全部、正しかったはずなのに。


 ある晩、

 サトルはスマホを海に投げた。


 診断も、

 広告も、

 正しさも。


 全部、

 沈めたつもりだった。


 翌朝、

 港で拾った別のスマホ。


 画面に映っていたのは、

 偶然にも——

 「相性100%」

 笑えなかった。


 世界は、

 何も学ばない。


 ただ、

 形を変えるだけだ。


 サトルは今日も生きている。


 救われないまま。


 裁かれないまま。


 忘れられたまま。


 それが、

 行方不明者の結末だ。

 正義は、

 人を殺さない。


 でも、

 生かしたまま、

 終わらせることはある。


 サトルは、

 それを知っている。


 誰よりも、

 深く。


END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

行方不明者は救われない イミハ @imia3341

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る