第6話 命の優先順位。

「ねえ!お願いだから〜!」


ミュエットが成海に縋り付く。


「いや、あいつらペットじゃないから。」


「分かってるけど…分かってるけど〜!」


ミュエットが泣きじゃくる。

というのも、数分前、そろそろ家畜を屠殺しようという風に成海が言い出したのがきっかけで、ミュエットが殺さないでほしいと懇願しているところなのだ。


「いや、だってこのまま数が増えていったら、僕らの食べ物がなくなっちゃうから。」


「でも、だって、あんなに可愛いんだよ?」

「あんなに可愛い子たちを殺すなんて、あんまりだよ〜!」


ミュエットは必死に訴える。


「可愛くても家畜は家畜!愛玩動物じゃないんだから。」


だが、成海も引かない。

成海にとって彼らは、農作物と一緒で育てて刈り取るものでしか無かった。手塩にかけて育ててきた作物を収穫するななんて余りにも無理がある。


「あの子たちの目を見てよ!あんなに純粋な目をしてるんだよ!この世の全ての存在は善いものばかりだと信じてやまない目なんだよ…。」

「ねえ…わかってよ…。」


「………。」

「はあ。」


成海は溜息を吐く。この一年ちょっとの間、ミュエットがここまで退かないことは珍しかった。


「…分かったよ。」


成海は折れることにした。


「ほんと?」


「うん。」


「ほんとに?!ほんと?!」


「そうだよ。」


「─ッ。ありがと!」


成海は心の中で呟く。"今は"と。


「まあ、取り敢えずそれはいいとして…。」

「実はね、凄いものが出来たんだ。」


「凄いもの?」


「ああ、それは…。」


そう言って、成海は懐から一本の刃物を取り出した。


「え?これって…。」


その刃物の刃はギラギラと光を反射している。


「そう、金属製のナイフだよ!」


「おお!ついに!」


成海は興奮のあまりナイフを振り回す。


「ちょっ、危ない!」


ミュエットが静止する。


「まあ、まだ腕が悪いから大した怪我はしないよ。」


「いや、そういう問題じゃ…。まあ、いいや。」


「まあ、当然ながらこれだけではないんですよねえ。」


そう言って、成海は机の上にコップを置いた。

そのコップは木製だった。


「見ての通り、木材の加工精度も数段階上げることができるんだよ。」


「へー。」


「まあ、それが何を意味するかというと──。」


そんな感じで、成海の成果発表会場は数時間に及んだ。


「さあて、何か面白いものはないかなあ?」


そう言いながら、ミュエットは森の中を進む。

最近、家の辺り探索は終えてしまったので、少し遠くの探索を行うようになった。


「まあ、あんまり変わらないよねえ。」


そんな事を呟いていたミュエットだったが、不思議なものを見つける。


「え?何あれ…。」


それは、枯草の山の様なものだった。

だが、かなり距離があるため分かりづらいが、大きさ的に積もってできたものだとは考えにくい。


ミュエットは近づく。


距離が縮まるにつれて、その辺りが平野であることが分かった。そして、奥に川も見える。


段々と距離が近くなってくると、その大きさが顕著なものとなった。大体、ミュエット三人分とちょっと。


「い…え?」


かなり至近距離まで来た時、ミュエットはそう呟いた。茅葺きのテントのような建物。それは、竪穴式住居だった。


ミュエットが、その光景に驚いていると、建物の中から誰かが出てくる。


出てきたのは、青や緑の肌に一つ目そして極めつけには頭に生えた角。

ミュエットは、その見た目に覚えがあった。


邪鬼。


「──な。──だ。」


邪鬼たちの話し声するが、遠くなのでよく聞こえない。


ミュエットはおそるおそる近づく。


「トロール。最近。不作。」


「動物。少ない。お腹。すいた。」


「もっと。食べ物。トロール。持ってる?」


「トロール。持ってる。食べ物。奪う!」


「駄目だよ!」


「「え?」」


「あ。」


話を聞いていたミュエットだったが、思わず飛び出してしまった。


「誰?誰?」


「敵?敵?」


見知らぬ存在に邪鬼たちは警戒心を剥き出しにする。


「違う。違う。敵じゃないよ。」


「誰?誰?」


「私は、ミュエット。向こうの方に住んでるの。」


「ミュエット。何?目的。何?」


「えっと、いくらひもじくても、奪うのは駄目だよ。」


「食べ物。無い。子供。腹。減ってる。自分。腹。減ってる。」


「それでも。」


「食べ物。無い。食べない。死ぬ。」


「なら、私が助けてあげる。だから、奪ったら…駄目だよ!」


「助ける。ミュエット。自分。助ける。」


「うん。助けてあげる。だから、待ってて。」


そう言って、ミュエットは駆け出した。


─家。


「な〜る〜み〜!」


「ミュエット?」


「大変大変!」


「ど、どうしたの?」


成海は、ミュエットの焦り様を見て尋ねる。


「今直ぐに食べ物を!いっぱい!」


「え?」


「いいから!」


「えと、今あるのってこれくらいだけど…。」


そう言って、成海は食糧を持ってくる。全部で二人の3日分しかなかった。


「え?なんで!」


「だって、あの子たちを食べないんでしょ?そうなると、今は備蓄してた分しかないよ。」


「え?」


「えっと…何かあったの?」


ミュエットの反応を見て、成海が心配そうに尋ねる。だが、ミュエットはその問いには答えず。さらなる問いで返す。


「…あの子たちを、お肉にしたら…何人分になるの…。」


「うーん。仮に全部捌いたとしたら、少なくとも20人分は行けると思う。」


ミュエットは、頭を抱える。

先程見ただけでも、あの辺りには3軒あった。

恐らく、軽く見積もっても10人近くいるだろう。いや、邪鬼の性質を考えるともっと多いかも知れない。


「ねえ、今から食糧を集め直すとしたら…?」


「多分、…。」


今、ミュエットの中には、三つの選択肢がある。


一つ。

邪鬼を見捨てる。

邪鬼とトロールで争いが起こるだろうし、餓死する者も出るとだろう。


二つ。

屠殺はせずに、自分たちの食糧を渡す。

ある程度は救えるだろう。しかし、溢れてしまった者たちはどうなるのか…。それに、自分たちが飢えるかもしれない…。成海は、きっと許してくれるだろうけど…。


三つ。

屠殺をする。

そうすれば、彼らを救えて尚且つ自分たちの生活に影響が少ない。一番、助かる命は多い。

だが、それは…。


「…どうしよう…。」


「ねえ…。」


決めあぐねていたミュエットに、成海が声を掛けた。


「何?」


「悩んでることがあるんだったらさ、僕にも一緒に悩ませてほしい。」


「……。」


「だめ…かな?」


「……成海は…さ。」

「大勢の人と、一番大切な人と、自分が愛している人達。誰を犠牲にする?」


ミュエットの問いかけに成海は、暫し考える様な素振りを見せ、言った。


「大勢の人…かな。」


「そっ…か。」


「だけど─。」


「!」


「だけど、これは僕の正義だから。」


「正義?」


「うん。正義。僕はどんなに世界を敵に回しても、自分とその周りを守る。そう決めてるから。それが僕にとっての正しさだから。」


「正…しさ。」


「だから、迷った時には、自分の心に従えばいい。けど、それでも迷うのならば、自分の正しさを信じればいいと思うよ。」


「…私は、私の正しさは…。」


ミュエットは目を閉じ息を整える。


「…うん。決めた。」

「成海──。」

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