第4話 脂づくり。あと、決意表明。
「なんだこれ。」
あれから、数日後。
結局、オオメロアは捕まらなかった。
しかし、その後も定期的に毒餌の様子を見に来ていた成海だったが、妙な生物を見つける。
その生物はぐったりとして動かない。試しに突いてみるが、反応はなかった。
どうやら、毒餌を食べて死んだようだ。
そっと、触れてみる。
「あ、ちょっと温かい…。」
死にたてホヤホヤだ。
抱えてみる。
「ぐううう。でけぇぇ。」
駄目だった。その生物は、成海の身長とほぼ同じくらいの体高をしている。普通に無理だった。
仕方がないので、その場で解体して持っていけない分は捨てて行くことにした。
「これは…持ってくか。」
成海は牙を二つ、懐にしまった。
─家。
「随分、持ってきたね。」
ミュエットが成海が抱えて来た肉を見ながら言った。
「いやあ、何か変なやつが掛かっててさ。」
「変なやつ?」
「ああ。こう、僕くらいの体高で足はとても短くて。あ、そうそう、こんな牙も生えてた。」
そう言って成海は懐から牙を取り出す。
「ふうん。多分、シラキバメロアだと思う。」
「メロア…ってことは、狙ってた奴らの仲間ってことか…。」
「うん。にしても…運がいいね。シラキバとオオメロアの餌場が被るなんて、滅多にないことだからさ。」
「へ〜。コイツは味覚が鈍いの?」
「う〜ん。というよりは、味覚よりも色覚が強くなってる。って感じ。」
「だから、今回みたいに、食べ物に細工をされてる場合は気付かないんだと思う。」
「成る程、まあ、取り敢えず脂をつくるか。」
「確か、動物の脂だと─。」
まず、脂身を剥がす。
「ん~~。硬い!」
「まあ、しょうが無い。この石だと鋭さが足りないから。」
次に、脂身を茹でる。
「ねえ…これどうやって火にかけよう?」
「うーん。…持つ?」
浮いてきた脂をすくい、冷やし固める。
「あ、そう言えばさあ。」
脂が冷えるのを待っている時に、ミュエットが話し出した。
「うん?」
「さっき森を探索してたんだけど、こんな物があってさあ。」
そう言ってミュエットが件の石を成海に見せる。
「なにこれ?」
その石は、青色と黄色の縞模様が入っており、何かの欠片のようにも見える。
「うーん。私も詳しくは知らないんだけど、多分、魔晶の一つだと思う。」
「魔晶?」
「うん。」
「私の魔力で振動したからさ。」
「…魔力。え、もしかして魔法が使える?!」
ミュエットが発したその単語は、成海にとってとても魅力的なものだった。
魔力。
ファンタジーでは魔法だとか、そういう、平たく言うと異能力というものの源となる力。
今は、退屈など感じてなどいない。否、感じる暇さえ無い成海ではあるが。元々は、そういうファンタジーなものに憧れを持っていた人間なのだ。
「あ、えっと…まあ、簡単なやつなら。」
「見せて欲しい!」
「え…いや、あの。」
成海の要求にミュエットは応じるのを渋る。
「だ…だめ?」
「うーん。」
「お願い…。」
だが、成海はそんなのお構いなしにミュエットに詰め寄った。
「…そんなに凄くないけど…。ガッカリしたような顔しないでね!」
そう言ってミュエットは目を閉じ、表情を引き締める。
「今から、成海の方に風を送るから。」
「うん。」
「じゃあ、行くよ。」
ミュエットがそう言うと、成海の顔面に爆風が──。
来なかった。
その代わり、成海の頬をそよ風が撫でる。
「?」
「やったよ。」
「え、もしかしてさっきのそよ風?」
「そう。」
「……。」
成海は黙ってしまった。
何故なら、成海が期待していたのは全てを吹き飛ばす暴風。だとか、全てを灼き尽くす極炎。だとか、そんなものだったのだ。
「…だから、嫌なの。これでも人並みにできる方なんだよ?」
ミュエットは少し悲しげな表情をする。
「…これで、人並み?」
しかし、成海は気にしない。
「いや、他の子は風を吹かすことすら出来ないんだよ!」
「え…。」
だがしかし、ミュエットの発言を聞き、成海の感情は落胆から驚きへと変わった。
「じゃあ、魔法をまともに使える人って少ないの?」
「まあ、自分の身体を使う場合は…。」
「それ以外だと…魔道具みたいなの?」
「魔道具…そう言うところもあるんだ。こっちだと魔法器って言う。」
それから、成海はミュエットからこの世界の"魔法"について、"魔法器"についての説明を聞いた。
──数十分後。
「…成る程。」
「つまり、実用的な魔法を発動するには、膨大な"演算能力"と"魔力"、"魔素"が必要になると…。」
「うん。」
「成る程。じゃあ、生身でまともな魔法を使うのは、到底無理なことということか。」
「まあ、一応。成海が思ってたようなもの、いや、それ以上のことが出来る人も居るけど…。」
「マジか…。」
「いや、居た…かな。」
そう言ったミュエットの目には、何処か遠くの景色が映っていた。
「えっと…てことは、もう…。」
「うん。魔王とその王妃。お父さんとお母さん。」
「…そっか。」
「…聞かせて欲しいな…。君の親…お父さんとお母さんの話を。」
「!」
最近のミュエットは、笑うのが少し下手だった。心に何かが引っ掛かってるような。そんな風な笑い方をする。
成海は、それが少し気掛かりだった。
彼女はまだ、少女なのだ。
この前は、逃げ出してしまったが、今度は逃げない。成海は決意を固め、しかし柔らかい表情で少女に向き合う。
「…分かった。」
ミュエットは、話し出した。
「お父さんはね。優しかったの。」
「私が、欲しいって言ったものは何でも買ってくれるし、私の頭を優しく撫でてくれたの。」
「そっか。」
「お母さんもね。優しいの。」
「私が寝る時にはいつも本を読んでくれるし、私のことを抱きしめてくれるの。」
「うん。」
「お父さんはね。かっこいいの。」
「とっても、強くて、どんなことからも皆を守ってくれるの。」
「お母さんもね。かっこいいよ。」
「誰かがね、困ってたらね。その人のことを助けてあげるの。」
「…そっか。」
「おどうさんはね!──。おがあざんはね!──。」
ミュエットの言葉は、段々と涙で掠れて聞こえなくなっていく。
最後に残ったのは嗚咽。長い長い嗚咽。
一年間その小さな体に抑え続けた悲しみが、ボロボロと零れだす。
「頑張ったね。」
成海はミュエットを抱きしめて、頭をそっと撫でる。
「あ。」
そして嗚咽は、号泣へと変わる。
「う…あ…あああ…。うああああ──。」
少女の悲しみを、成海はただただ受け止め続ける。成海には、それしかできなかった。
─二時間後。
「……ありがと。」
「落ち着いたみたいだね。」
「うん。」
一通り悲しみを吐き出したミュエットは、少しすっきりとした顔をしている。
「あのさ。」
ミュエットが切り出した。
「聞いてほしいことがあるの。」
「うん。」
ミュエットの目は真っ直ぐに成海を捉えている。
「…私…私ね。」
覚悟は決めたはずだった。しかし、いざ話そうとすると言葉が出てこない。
「あ…あの。」
喉元まで上がってきているのに、あと一歩なのに、その一歩はミュエットにとって重すぎたのだ。
しかし、ミュエットは決めたのだ。
信じると。
成海ならきっと受け止めてくれると。
成海なら──。
「私、魔王になる!」
ミュエットのその言葉は、森全体に響き渡った。
「…そっか。」
「……。」
「分かった。」
そして、成海にも。
「きっと、ミュエットが国を作ったら、どっち付かずで、優柔不断な王様になるよ。」
「……。」
「きっと、国民も苦労するだろうね。」
「………。」
「だから、─。」
「?」
「だから、僕がミュエットを支えるよ。」
「君の直ぐ側で、君の荷物を一緒に背負うさ。」
「!」
「ま、でも、まだ君じゃあ魔王には届かない。」
「…うん。」
「だから、探す。魔王、いや。」
「『大魔王』の育て方を。だから、僕を頼って欲しい。そして、見せて欲しい。君の造る国を理想郷を。」
「うん!」
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