午前0時の来客


 このときマネキンは道路を挟んで向こう側に捨てられていたため見間違いも致し方ないという感じだったが、今回は違う。

 黒い髪を肩の上で切り揃え、赤い着物を纏った何者かが、さも来客であるかのような顔をして家の前に立っている。

 

 近付いて確かめてみても、こちらに背中を向けているのではなく、やはりこちらを向いている――家の中を覗き込む(といえるほど近寄ってもいなかったが)ようにして微動だにせず佇んでいる。


 書いていて思い出したが、その者は本当に少しも動かなかった。

 私は無言で数分の間玄関のドア越しにその者を観察していたが、その者は身動ぎひとつしなかった。

 髪が風に靡くくらいはしていたかもしれないが、こちらからその様子は確認できなかった。


 その者にあまりにも動きがなかったことと、前述のマネキン事件を体験していることから、何者かが家の前に人形を置いて行ったのかと一瞬疑いもしたが、もちろんマネキンでも人形でもなかった。


 その者が前を向いていると考えたのは、切り揃えた黒い前髪がぼんやり浮かび上がっていたからだ。

 目を凝らしても顔の造形はなにひとつわからなかったが、昼間に来客があったときでもドアに顔を押し付けでもしない限りは顔の造形まで見えないはずなので、私は『のっぺらぼうの禿』などという属性過積載な人間おちょくり系怪異に遭遇してしまったわけではないだろう。

 顔を押し付けて家の中を覗き込まれたら、人であろうとなかろうと怖い。

 それをしていない、してくる気配もない――ということは、害意があるわけではなさそうだ。

 そう判断した私は警戒を解き、『不思議なものを見たな〜』と思いながら自室に戻り、いつも通り眠りに就いた。

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