第8話 スポンジカーラーは『脳喰らいの寄生卵』 その2

「そこまでですッ!!」


 魔王城の中庭に、私の声が凛と響き渡った。

 目の前には、世界を滅ぼせるほどの魔力を溜め込んだ魔王ヴェルザード様と、全てを石化させる魔眼を持つ邪眼将軍ゴルゴーン公爵。

 二人の最強パパは、娘の頭についた「赤い物体(スポンジカーラー)」を敵性生物だと信じて疑っていない。


「どくんだ、ヒナ先生! その寄生卵はすでに根を張り始めているかもしれん! 一刻も早く焼き払わねば、アリスの脳が!」

「そうだ! 我が娘の蛇たちが、あのようなピンク色の拘束具で締め上げられ、ぐったりとしているではないか! あれは蛇の精気を吸っているのだ!」


 ゴルゴーン公爵が、震える指でメドゥちゃんの頭を指差した。

 確かに、カーラーに巻かれた蛇たちは「クルル……」と目を回している(気持ちよくて寝ているだけなのだが)。


「焼き払うですって? 石化させるですって?」


 私は一歩も引かずに、二人の巨体を見上げた。

 背後では、アリスちゃん、メドゥちゃん、リリムちゃんが、お互いの手を握りしめて震えている。


「パパのばか! これ、かわいいのに!」

「お父様やめて! ヘビさんたち、ねんねしてるだけなの!」


 子供たちが必死に訴えているのに、パパたちの耳には届いていない。

 「娘が洗脳されている!」「寄生虫に操られている!」と思い込んでいるからだ。


「ええい、問答無用! 『邪眼解放』――!」

「『消滅の黒炎』――!」


 二人が同時に攻撃体勢に入った。

 子供たちの「おしゃれ」を、大人の勝手な思い込みと暴力で踏みにじろうとする行為。

 絶対に許せません。


 私は大きく息を吸い込んだ。

 両手の拳を腰に当て、頬を限界までプクーッと膨らませる。

 眉を吊り上げ、二人の顔を交互に睨みつけた。

 そして、人差し指をビシッと突きつける。


「もう! レディがおしゃれを楽しんでいるのに、邪魔しちゃ、【めっだよ!】」


 スキル発動――【絶対規律めっだよ!】。


 ズキュゥゥゥンッ!!


 視界がピンク色に染まるほどの衝撃波が炸裂した。

 それは物理的な破壊力を持たない、純粋な精神干渉波動。

 「デリカシーのない父親」の心臓をピンポイントで貫く、慈愛と叱責の矢だ。


「ぐ、はぁぁぁっ……!!」


 魔王ヴェルザード様が、胸を押さえてその場に崩れ落ちた。

 邪眼将軍が、眼帯を掴んだままの姿勢で硬直し、膝からガクリと地面につく。


「な、なんだこの波動は……! 怒っているのに……なぜこんなにも愛らしいのだ……!?」

「叱られた……! 数百年ぶりに、母に叱られたような……いや、それ以上の背徳的な幸福感……!」


 二人の最強魔族が、地面に額をこすりつけて悶絶している。

 スカル先生とザックさんも、流れ弾を食らって遠くで「尊い……」と白目を剥いて倒れていた。


 私は頬の空気を抜き、呆れたようにため息をついた。


「まったく。ちゃんと子供たちの話を聞いてあげてください。これは『スポンジカーラー』といって、髪を可愛くするための道具なんですよ」

「か、髪を……?」


 魔王様が、涙目で顔を上げる。

 私は振り返り、子供たちに合図を送った。


「さあみんな、もう十分時間が経ちましたよ。外してみましょうか」


 私はアリスちゃんの頭から、イチゴ型のスポンジを一つずつ丁寧に外していった。

 スポンジが外れるたびに、銀色の髪がプルンッと弾み、美しい螺旋を描いて落ちる。


「わあ……!」

 全て外し終えると、アリスちゃんの髪は、絵本のお姫様のような見事な縦ロールになっていた。

 リリムちゃんのツインテールも、毛先がふわふわにカールして、小悪魔的な可愛さが倍増している。


 そして、一番の難関だったメドゥちゃんだ。

 私は慎重に、蛇たちを解放した。

 蛇たちは「フワァ……」とあくびをするように目を覚まし、鎌首をもたげた。


 その姿は、いつもの直立不動の威嚇体勢ではなかった。

 優雅なウェーブを描き、くねくねとアーチ状に曲がった、なんともファッショナブルな蛇になっていたのだ。


「すごーい! ヘビさんがダンスしてるみたい!」

「メドゥちゃん、とってもゴージャスよ!」


 アリスちゃんとリリムちゃんが手を叩いて喜ぶ。

 メドゥちゃんは、100均の手鏡を覗き込み、頬を染めた。

 蛇たちも、自分の新しいフォルムが気に入ったのか、鏡の前でポーズを取るようにくねっている。


「……かわいい。これなら、怖くないかも……」


 その笑顔を見た瞬間、石のように固まっていたパパたちが、別の意味で石化した。


「な……なんという……」

「アリス……我が娘ながら、天使を超えた女神のようだ……」

「メドゥ……美しいぞ。歴代のゴーゴン族の中で、最も華麗だ……」


 二人の親バカは、感動のあまりボロボロと涙を流し始めた。

 先程までの殺気はどこへやら、今はただのデレデレな父親に戻っている。


「パパ、みてみて! ふわふわでしょ!」

「お父様、あたし、かわいくなった?」


 娘たちが駆け寄ると、パパたちは膝をついて彼女たちを抱きしめた。


「ああ、世界一可愛いぞ! すまなかった、パパが間違っていた!」

「あのスポンジは神器だったのだな……! 許してくれ、メドゥ!」


 一件落着。

 ……と、思いきや。


「ねえ、パパもやってもらいなよ!」

 アリスちゃんが、魔王様の角を引っ張りながら無邪気に提案した。

「ヒナ先生のまほう、すごいんだから!」


「えっ? い、いや、私は魔王だぞ? そのようなファンシーな……」

「お父様も! お父様の髪も、もっとフワフワにしたほうが怖くないよ!」

 メドゥちゃんも、ゴルゴーン公爵のボサボサの長髪を指差す。


 二人のパパが、助けを求めるように私を見た。

 私はニッコリと微笑み、100均の袋から新しいアイテムを取り出した。

 『パステルリボンのヘアクリップ(大小セット)』と、『キラキラデコシール』だ。


「あらあら、お父様方もおしゃれしたいんですね? 任せてください、特別コースですよ」


「ひぃっ! せ、先生、その笑顔は……!」

「断る権利はないということか……!」


 二人は観念し、子供用の小さな折りたたみ椅子に、窮屈そうに座らされた。

 最強の魔王と将軍が、小さくなって座っている姿はなんとも滑稽だ。


「アリスがやってあげる!」

「リリムもてつだうー!」

「あたしも……!」


 子供たちが寄ってたかって、パパたちの髪や角をいじり始める。

 魔王様の立派な角には、ピンクのリボンが結ばれ、額には「ハートのシール」が貼られた。

 邪眼将軍の陰気な長髪は、無数のカラフルなヘアクリップで留められ、まるでクリスマスの飾り付けのようだ。


「くっ……将軍たちの前では見せられん姿だ……」

「しかし……娘が楽しそうだから、これはこれで……」


 二人は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらも、娘たちの笑顔のためにじっと耐えている。

 その姿を見て、私はこっそりと【絶対母性アイ バブ ユー】を弱めに発動した。


「ふふっ、お二人とも、とっても可愛いですよ。優しいパパですね、えらいえらい」


 私の言葉と波動を受けて、二人の肩から力が抜けた。


「バブぅ……(先生に褒められた……)」

「ウウッ……(悪くない……)」


 こうして、魔王城の中庭には、ゴージャスな髪型の美幼女三人と、ファンシーな髪飾りをつけたおじさん二人の奇妙な撮影会が始まったのだった。

 復活したザックさんが、その光景を「一生の脅迫材料……じゃなくて思い出になりますね」と言いながら、写真に収めていたことは言うまでもない。


————————


【連絡帳(メドゥちゃん)】


ヒナより保護者様へ

今日はお友達と一緒に「美容室ごっこ」をして遊びました。

メドゥちゃんは最初少し緊張していましたが、「スポンジカーラー」を使って蛇さんたちを可愛くカールしてあげると、鏡を見てとても素敵な笑顔を見せてくれました。蛇さんたちも新しい髪型(?)を気に入ってくれたようで、ご機嫌にダンスしていましたよ。

途中からお父様も参加してくださり、メドゥちゃんが一生懸命お父様の髪にヘアクリップをつけてあげていました。親子でのおしゃれタイム、とても微笑ましかったです。


母(ステンノ)より

いつも娘がお世話になっております。

帰宅した夫の頭がカラフルなクリップまみれになっていて、一瞬、新手の呪いを受けたのかと驚きました(笑)。

夫は「これは娘が施した封印術式だ」などと強がっていましたが、鏡を見る顔が完全に緩んでおりましたので、相当嬉しかったようです。

メドゥも、自分の髪の蛇たちにリボンを結んであげたりして、以前より自分の容姿に自信を持てたようです。

あの子のコンプレックスを「可愛い」に変えてくださり、本当にありがとうございます。

追伸:夫の髪のクリップ、本人が外そうとしないので、寝ている間にこっそり回収しておきます。

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2026年1月15日 20:32

魔王城の保育園は今日もてんやわんや ~最強スキル「アイ バブ ユー」で魔王様をバブ堕ちさせ、100均グッズを神器と崇められながら、今日も楽しく育児してます~ サンキュー@よろしく @thankyou_

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