第7話 スポンジカーラーは『脳喰らいの寄生卵』 その1

 魔王城の空は、今日も今日とて毒々しい紫色に染まっていた。

 時折、遠くの火山から噴き上がった溶岩が花火のように炸裂し、重低音が地鳴りのように響いてくる。

 そんな世紀末な景色の真ん中に、ぽっかりと異質な空間が存在した。

 魔王城中庭、ひだまり保育園。

 そこだけは結界のおかげで春のような陽気に包まれている。


 今日は、園庭の隅にある木陰のベンチで、小さな女子会が開かれていた。


「ねえねえ、アリスちゃん。おひめさまって、髪型がきまっているのよね?」

「そうなの! えほんでみたわ。くるくるってなってて、ふわふわなの!」


 熱心に話しているのは、魔王の娘・アリスちゃん(5歳)。

 その向かいに座っているのは、今日アリスちゃんが誘った新しいお友達二人だ。


 一人は、夢魔サキュバス族の少女、リリムちゃん(5歳)。

 背中には小さなコウモリの羽が生え、お尻からはハートの形をした尻尾が伸びている。将来は魔界一の美女になると噂される、おませさんだ。


 もう一人は、蛇髪族ゴーゴンの少女、メドゥちゃん(5歳)。

 彼女の髪の毛は、本物の生きた「蛇」でできている。普段は恥ずかしがり屋で、緊張すると髪の毛の蛇たちがシャーッと威嚇してしまうのが悩みだ。


「……あたし、髪型なんて無理だもん。ヘビさんたちが暴れちゃうし……」


 メドゥちゃんがうつむくと、頭の上の緑色の蛇たちがシュンと元気をなくして垂れ下がった。

 それを見たアリスちゃんが、励ますように身を乗り出す。


「そんなことないわ! 先生におねがいすれば、きっとかわいくなれるわよ!」

「そうよそうよ! ヒナ先生は魔法使いだもん!」

 リリムちゃんも尻尾をパタパタさせて同意する。


 その様子を微笑ましく眺めていた私は、エプロンのポケットから手帳を取り出した。

 女の子たちが「おしゃれ」に興味を持ち始めるお年頃。

 これは保育士として、全力で応えなくてはならない。


「みんなー、どうしたんですか? 何か悩み事?」


 私が声をかけると、三人が駆け寄ってきた。


「せんせー! 私たち、おひめさまみたいになりたいの!」

「髪の毛、くるくるにして!」

「……あたしのヘビさんも、かわいくなれる……?」


 メドゥちゃんが、不安そうに上目遣いで私を見上げてくる。頭の上の蛇たちも、チロチロと舌を出して私のご機嫌を伺っているようだ。

 私はしゃがみこんで、メドゥちゃんの頭(の蛇)を優しく撫でた。


「もちろんです! 先生に任せてください。今日は特別に『ヘアサロンごっこ』をしましょう!」


 私は立ち上がり、虚空に手をかざした。


「スキル発動――『100均市場ディメンション・マーケット』!」


 ブォンッ!

 空間が裂け、真っ白な光の中から、日本の100円ショップの美容コーナーの棚が現れる。


 私が選んだのは、以下のアイテムだ。

 ・『いちご型スポンジカーラー(4個入り)』×5パック

 ・『パステルカラーのヘアゴムセット』

 ・『キラキララメ入りコーム』

 ・『ハートの手鏡』


 特に今回の秘密兵器は、スポンジカーラーだ。

 イチゴの形をした可愛いスポンジに髪を巻き付け、切れ込みに差し込むだけで、熱を使わずにカールが作れる優れもの。柔らかいので、メドゥちゃんの蛇さんたちも痛くないはずだ。


「まあ! かわいい!」

「いちごだー!」


 アリスちゃんとリリムちゃんが目を輝かせる。

 しかし、その平和な光景に戦慄している者たちがいた。


「ヒッ……!! せ、先生!? また何を取り出したんですか!」


 物干し竿の影から顔を出したのは、雑用係の影魔族・ザックさんだ。

 そして、日向ぼっこをしていた園医のスカル先生(リッチ)が、ガタガタと骨を鳴らして後ずさる。


「ヒナ先生……その赤くてブツブツした海綿状の物体は……まさか!」

「これは『スポンジカーラー』ですよ。髪を巻く道具です」

「嘘だ! 我輩の魔眼は誤魔化されんぞ! あれは魔界の深層に生息する『脳喰らい(ブレイン・イーター)』の卵ではないか!?」


 スカル先生が、私の手にあるイチゴ型のスポンジを指差して絶叫した。


「見ろ、あの鮮やかな赤色は獲物を誘う警戒色! そして表面の無数の穴……! あそこから寄生根を伸ばし、宿主の頭皮に食いついて脳を支配するのだ!」

「違います。ふわふわで気持ちいいですよ」


 私はスカル先生の妄想を無視して、園庭にレジャーシートを広げた。

 そこに100均の『折りたたみ椅子』を三つ並べ、即席の青空美容室の開店だ。


「さあ、お客さま。こちらへどうぞ」


 三人の女の子たちが、ちょこんと椅子に座る。

 まずはリリムちゃんからだ。彼女のサラサラした銀髪を、クシでとかして二つに分ける。


「いたくない?」

「ううん、きもちいー!」


 私は手早くツインテールを作り、毛先をスポンジカーラーに巻き付けた。

 くるくる、パッ。

 イチゴの形をしたスポンジが、リリムちゃんの頭の両サイドにぶら下がる。


「次はアリスちゃんですね」

「アリスはね、いっぱいくるくるにしたいの!」


 アリスちゃんの銀髪には、たくさんのカーラーを使った。

 頭中に赤いイチゴが実ったような状態になり、アリスちゃんは鏡を見て「わあ、あたらしい!」と喜んでいる。


 問題は、スカル先生たちの反応だ。


「ああっ! アリス様の御髪みぐしに、寄生卵が次々と産み付けられていく!」

「ザック、止めろ! あれが孵化したら、アリス様の人格が乗っ取られて『イチゴ人間』になってしまうぞ!」

「無理ですよスカル先生! あんな得体の知れない物体、影の私でも触りたくないです!」


 外野がうるさいけれど、いよいよ最難関、メドゥちゃんの番だ。

 彼女の頭には、十数匹の緑色の蛇が生えている。

 蛇たちは「シャーッ!」「カッ!」と私を警戒して鎌首をもたげていた。


「大丈夫ですよー。怖くないですよー」


 私は【絶対母性アイ バブ ユー】を指先に薄く纏わせ、蛇の一匹を撫でた。


「シャー……シャ……クルル……」


 殺気立っていた蛇が、とろんと目を細めて大人しくなる。

 その隙に、私は蛇の胴体を優しくスポンジに巻き付けた。

 普通なら嫌がるかもしれないが、このスポンジは柔らかくて温かい。


「クルゥ……(あったかい……)」

「キュウ……(ふかふかだ……)」


 蛇たちが次々と、スポンジの感触に骨抜きにされていく。

 私は手早く全ての蛇をカーラーに巻き込み、可愛らしく固定した。


「できた! 少し時間を置くから、みんなでジュースでも飲みましょうか」


 三人の頭には、無数の赤いイチゴ(スポンジ)がくっついている。

 その光景は、端から見れば奇妙かもしれないが、子供たちは「おそろいだー!」と大はしゃぎだ。


 しかし、その時。

 魔王城の上層階から、殺気を含んだ魔力が膨れ上がるのを私は感じた。


「おのれ、何奴だ……! 我が愛娘の頭に、寄生植物を植え付けたのはァァッ!!」


 ドォォォン!!

 空気を震わす怒号と共に、中庭に二つの影が降り立った。

 一人はもちろん、魔王ヴェルザード様。

 そしてもう一人は、両目に眼帯をし、全身に包帯を巻いた不気味な長身の男――魔界の情報網を牛耳る『邪眼将軍』ゴルゴーン公爵。メドゥちゃんのお父さんだ。


「パパ!?」

「お父様!?」


 アリスちゃんとメドゥちゃんが声を上げる。

 しかし、パパたちの目は血走っていた。


「アリス! 今すぐその赤い卵を引き剥がしてやる! 動くんじゃないぞ!」

「メドゥよ、恐れるな! 貴様の誇り高き蛇髪を封じ込め、養分を吸い取る卑劣な罠……この父が全て石に変えて粉砕してくれる!」


 邪眼将軍が眼帯に手をかける。その下の魔眼が解放されれば、中庭にあるもの全てが石化してしまう!

 魔王様の手には、どす黒い破壊の魔力が渦巻いている。


「ひぃぃ! 先生、やっぱりこうなりましたよ!」


 ザックさんが頭を抱えて逃げ惑う。


 せっかくの楽しい女子会が、パパたちの暴走で台無しになりそうだ。

 女の子たちが「キャーッ!」と悲鳴を上げて抱き合う。

 その怯えた顔を見た瞬間、私の保育士スイッチがカチリと音を立てて切り替わった。


「……ちょっと、お父さんたち?」


 私はジュースの入ったコップをテーブルに置き、仁王立ちで二人の前に立ちはだかった。

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