来るなの家

菜花

繰り返す声

 ごく普通の中学二年生、黒田心春くろだこはるは親の仕事の都合で、東北地方にある玖菜市くなしに引っ越してきた。

「心春、今から行く土地は不思議な場所に建ってるんだよ」 と父は興奮気味に語っていたが、実際につくと確かに不思議な場所だった。


 家自体が県境に建っているのだ。

 平屋の家は細長い建物で、大部分はA県に建っているが、唯一、一番北の奥にある子供部屋はB県に建っているというのだから驚きだ。


「前に旅番組で見たわ。台所がC国で居間がD国にあるなんて家。この家を建てた人はそれを真似したかったのかしら? でもこうなると住所はどうなるの? いざという時はどっちの県の人に助けを求めたらいいの? たらい回しにされない?」


 慎重な性格の心春の母はそんな風に心配したが、そこは役所でもちゃんと協議が重ねられており、家の大部分がA県にあるからひとまずA県でということになっているらしい。


 そしてこの家を建てた人だが、心春の母の予想が当たっていて、土地の有力者がどっちの県にもアクセスしやすいこの場所にわざわざ建てたのだという。

 が、数年前の流行り病でせっかく建てた家に住むことなく死亡。残った縁者も住む前に大黒柱を失った家なんて縁起が悪いし、今は県をまたいでの移動はあれこれ言われるし面倒、でさっさと売りに出してしまったとか。

 そうして黒田一家が新築同然の家を買えたという訳だ。

 以前は狭い団地に住んでいた心春は、この家に着いた途端はしゃぎまくった。

 家がとっても広い! 音を立てて走っても怒られない! 自分の部屋があって、しかも綺麗で広い!

 奥の子供部屋で意味もなくくるくる回っている心春を母親が「片付けてから遊びなさい」 と注意して、心春は引っ越し業者から受け取った荷物の整理を手伝い始めた。



 それから荷物の片づけが終わらなかったり、ひとまず今日の夕飯がレトルトだったり、お風呂の沸かし方がもたついてしまったりと色々あった。

 諸々に一区切りをつけ、夜も更けたしそろそろ寝ようかなと心春が電気を消して自室のベッドに移動しようしたその時だった。


『来るな……来るな……』


 最初、心春は両親がふざけているのかと思った。だから特に怖がりもせず、扉の向こうから聞こえる声の主を確かめようと音を立てて盛大に開ける。


 そこには暗闇だけがあった。

 誰もいない。


 長い廊下を歩いて両親がテレビを見ている居間まで行く。二人とも、パジャマ姿でソファーに座ってくつろいでいた。……一瞬で移動できる距離じゃない。 

「あら心春? どうしたの?」

「新しい学校で緊張しているのか? でも寝不足はいけないから早く寝なさい」


 両親にそう注意され、心春は不可解さを覚えながらも部屋に戻った。



 新しい学校には問題なく馴染めた。その日の夜、心春が緊張で疲れた身体を休めようと電気を消したその時だった。


『来るな……来るな……』


 二回目ともなるとまたかよという気持ちになる。しかも声の抑揚も昨日と全く同じ。一体何なんだと電気をつけると、声は聞こえなくなった。


 その次の日も来るなの声は聞こえた。試しに何もせずにいたら声は小一時間ほど繰り返し続けたあと、止んだ。



 新しい家に来て一週間、心春は色々試行錯誤して分かったことをまとめた。


①「来るな」 の声は夜、心春が一人で居る時に電気を消すと発生する

②電気をつけるか、扉を開けるかすると消える

③ほっといても小一時間で消える

④聞こえ始めた瞬間に扉を開けても誰もいない。おそらく実体がない?

⑤怪現象ではあるが、今のところこの声以外に心春にも両親も害はない


 転校したてでお化け屋敷に住んでるとか学校で噂になるもの嫌だし、かくなるうえは……!


 心春は日曜日にA県の図書館に向かった。


 まず住んでいる土地で過去に何か事件がなかったか調べた。軽く調べただけではあるが、そもそも過去は家が無かったこともあり、事件らしい事件はないようであった。治安が良い土地だから大きな事件があれば確実に何かに残っているはずなのだが、それらしい話は出てこない。

 とすると近世の話ではないのかもしれない。イギリスの怪談だと、家の地下にローマ時代の騎士が出るなんて話もあるし。

 明治、幕末、江戸、戦国、室町とまで遡って土地の記録を調べたが、やはりそれらしい記録はない。

 参ったなあ。原因が解れば対処も出来ると思ったんだけどなあ。

 心春が思わず溜息をつくと、「どうしたんだい? 何かお困りかな?」 と話しかけてくる影があった。

 お爺ちゃんと言ってもいいような風貌の男性。この図書館の館長だった。

「ああ、急に声をかけて失礼。随分熱心に調べものをしているようだったから……。けれど僕もこの図書館に勤めて長いんだ。良ければ力になれるかもしれないよ」


 心春は一瞬悩んだが、クラスのすぐからかってくる男子達よりは断然この落ち着いたお爺さんだよねと思って謎の声のことを打ち明けた。


「それは……怪奇現象といって差し支えないようだが……そうなると神社やお寺を紹介したほうがいいのかな? A県だと……」


 館長は心春の話を聞くと顔を青くして近辺の神社仏閣を紹介しようとした。


「いえそれは大丈夫です。ちょっとうるさい以外に特に害も無いし。それに毎日毎日声量も声の抑揚も同じパターンなんですよ? ヨーチューブの同じ動画を連続再生してるみたいでどうしても慣れちゃうというか……」

「ヨーチューブ……ああ、同じカセットをずっと再生してるみたいなものってことかな?」

「え、カセット……って何ですか?」

「ご、ごめんね。君が生まれる前の商品だから分からないよね……」


 館長は何故かちょっと傷ついたようだったが、心春にはその理由は分からなかった。


「それにしても黒田さんは中々豪胆なようだね。将来大物になるよ……」

「館長さんでもこの現象に心当たりはやっぱりないんですか? 何か過去に事件があったとか」

「いや聞いたことないな。大きな事件は県都なら昔あったかもくらいだし……事件……来るなという言葉……。…………! 黒田さん、君の部屋だけがB県にあるって言ってたね?」

「はい。ちょうど扉の前でそうなってるって母が言ってました」

「……もしかしたら……」


 館長はどこかへ向かうと、この土地の古い記録が書かれた本を持ってきた。


「奈良に都があった時代くらいの頃かな。ここらへんは中央政府と元々この土地に住んでいた異民族との間で度々小競り合いがあった土地らしい。最終的に異民族は抗争に負けて、北へ北へと追いやられていったけどね」

「! ってことは……あれはその異民族の人達の声?」

「いやそれはおかしい。君の部屋は家で一番北にあるんだろう? そして声は南から聞こえている。古代の資料を見てもちょうど君の家辺りが中央政府の拠点だったようだ。となると……その声の主は中央政府のほうから来た人間達だ」

「え」


 心春にはそうだとしても、そうなる理由が分からなかった。教科書でもその辺の時代は、日本統一をしようと中央政府の人達がまつろわぬ民――異民族を武力で制圧していたと聞いた。戦争ふっかけておいて「来るな」 とは? そう言いたいのは普通に暮らしていた異民族達のほうでは?


 心春のそんな考えが顔に出ていたのか、館長は神妙な顔つきになってこう言った。

防人さきもりって知ってるかい?」

「ええっと……確か九州あたりにいた軍人さん……?」

「そう。もっと詳しく言うと、九州防衛のために各地から連れて来られた一般人だ。遠くは関東からも来ているね」

「え? 昔って移動するのも大変だったんですよね? 何でそんな遠くから……」

「当時の政府による義務だったんだ。兵役がね。地元に帰れない人達もたくさんいた。当然嫌々兵役についている人もたくさんいただろう。そしてそれは、中央政府からここに来た人達もそうかもしれない……」

「……!」

「下っ端はね、上の人達の言うことに逆らえなかったんだ。地元を離れて遠くに行けと言われたらそうしないといけないし、戦えと言われたら戦わなくてはいけない。だから……せめてもの抵抗と僅かな希望を乗せて毎晩祈ったのかもしれないね。『来るな』 と。その声はおそらく、土地の記憶なのだろう」

「……」

「そういえばこの市の名前も、由来がいまいち分かっていないんだけどね、一説には『来るな』 が訛って『玖菜』 になったんじゃないかって言われてるよ」



 心春は館長にお礼を言って別れた。

 そしてその晩も、その声は聞こえてきた。


『来るな……来るな……』


 慣れたもので、心春はその声をBGMにしながらベッドに潜り込む。

 ただ、今までだったら「あーはいはい」 で終わらせていたかもしれないけど……。


「誰も来ないよ……もう、全部終わったんだから」


 土地の記憶ならこんなことを言っても無駄だろうとは思ったが、心春は言わずにはいられなかった。

「貴方達も休みなよ。休んで、いいんだよ」

 そう言いながら寝ようとして気づいた。

 あれ、いつもならこの声は小一時間続くのに……何も聞こえない?


 次の日も、その次の日も、来るなの声は聞こえなかった。

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